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インターネット利用と心理社会的な健康との関係

島井 哲志出口 弘(神戸女学院大学・人間科学部)



1.はじめに

 この数年間における、インターネット利用の浸透はきわめて著しい。本学でも、情報科学の導入コースで、インターネットの利用法の実習授業が、1年生のほぼ全員を対象として、実施されている。また、授業で使用されていないときには、学生が情報科学教室のコンピュータからのインターネット利用を自由に行うことができ、図書館ではノートパソコンを貸し出して、学内LANを経由したインターネットの利用が可能な環境を提供している。
 反面、こうしたインターネットのリテラシー教育や環境整備の結果、インターネットを過度に利用する学生が生じる可能性がある。K. Youngの「インターネット中毒」[1]という本に示されているように、小中学生がテレビゲームにはまるように、インターネットにはまってしまうことがあり、このような過度のインターネット利用は、さまざまな心理社会的な問題をもたらすという指摘がある。
 インターネット利用における最近の傾向は、女性の利用者が増加していることであり、ポストペットの流行に代表されるように、若年層では、女性の利用者の増加がソフトの動向にも影響を与えている。本学においても、これまで、男子学生の問題と考えられがちであったコンピュータの過剰な利用が、インターネット利用の導入後、女子学生にもかなりみられるという印象をもっている。したがって、女子大学生において、インターネット利用と心理社会的な健康状態の関係を検討することは、今後の情報教育の問題としても重要であると考えられる。
 そこで、ここでは、女子大学の1年生を対象として、インターネットのリテラシー授業に続くインターネット利用の程度が、心理社会的な健康状態にどのように関わるのかを、縦断的な追跡調査で検討することで、女子大学生に対する情報科学教育の方向性を考えたい。


2.インターネット社会における心理社会的な健康

 コンピュータの利用と心理社会的な健康について大きく取り上げられたのは、1984年に、C. Brodによるテクノ・ストレスという本が出版されたことによる。そこでは、職場や家庭にコンピュータが導入されることによって生じる問題点が指摘された。彼は、コンピュータを用いて仕事をする人たちにおける心理的な問題として、テクノ依存症とテクノ不安症という二つの症状を取り上げた。コンピュータへの過度の適応と、コンピュータへの適応の失敗である。その後、コンピュータ労働については、その労働時間の基準を設定するなどによって改善がはかられるようになってきたが、テクノ依存をもたらすような、コンピュータと人間の関わりについては、効果的な対策はとられてこなかったということができる。
 1990年代に入ると、コンピュータがパーソナルからネットの時代へと変化を遂げ、コンピュータ利用による心理社会的な問題もネット化されたコンピュータによるものが出現してきた。すなわち、1980年代には、個人が占有して使用することができるパーソナル・コンピュータが、職場から家庭に導入され、高性能のコンピュータが提供する擬似的社会環境の影響が問題になったということができる。そして、1990年代には、そのコンピュータが相互に情報交換をするものとなった結果、コンピュータのネットワークが擬似的な環境を提供し、それが実際に機能をもつという意味で現実の環境になったということができるだろう。
 このような社会的変化に対応して、人間とインターネットの関係について、さまざまな研究が行われるようになってきた。この中でも特に注目されるのは、1998年に発表された「インターネット・パラドックス」という論文である。これは、Carnegie Mellon大学のR. Kraut[2]らの研究グループが行った研究である。彼らは、インターネットを利用していない家庭にコンピュータを貸し出して、その利用を1年から2年にわたってモニターし、同時に、利用者の心理的な要因をインターネット利用前も含めて調査した。
 彼らの研究のタイトルがなぜパラドックスかというと、ネットワークを使うことで、より人間同士の結びつきが強められ、社会的活動が増加するだろうという楽天的な予想に反して、ネットワークに深く関係すればするほど、社会的に孤立し、孤独感やうつ状態が強くなるという結果を示したからである。そして、この傾向は、特に青年層に顕著であった。また、インターネット導入前に孤独であるかどうかは、インターネット利用には結びつかないことも示されている。


3.女子大学生のインターネット利用と心理社会的な健康状態

 そこで、われわれは、Krautらの研究に準じて、本学の1年生について、個人ごとの情報科学実習室のコンピュータ利用、WWWアクセス、および、メール送受信の実態をモニターし、同時に、Webによる心理的な要因の調査を実施した。調査対象は、本学の女子大学1年生412名で、平均年齢は18.3歳であった。研究計画としては、Krautらと同じように、コンピュータおよびインターネット利用量と、利用前と6ヶ月の利用後の心理社会的な健康状態を検討するものであった。心理社会的な健康状態を測定した尺度は、UCLA孤独感尺度、社交性尺度、CES-Dうつ尺度と身体的健康状態であった。
 はじめに、事前の心理社会的な健康状態がインターネット利用量に与える影響を分析するために、事前調査の孤独感得点の中央値から、高孤独群と低孤独群に分け、コンピュータおよびインターネット利用状況を検討した。その結果、図1に示したように、夏休み後の後期のコンピュータ延べ使用時間とWWWアクセス数のどちらにおいても、高孤独群が低孤独群よりも統計的に有意に高い値を示していた(どちらもp<0.5)。メール数も同様の傾向であったが、有意な差ではなかった。つまり、孤独な人のほうが、WWWに多くアクセスするということが示された。これに対して、事前のうつ状態は、インターネット利用と無関係であった。
 この結果は、先行研究であるKrautら(1998)の結果とは、大きく異なるものである。彼らは、インターネットを利用する前に孤独であるかどうかは、インターネット利用量に影響を与えないとしているが、女子大学生では、孤独な学生ほど、統計的に有意に、コンピュータを長時間使用し、WWWへのアクセスが多く、また、傾向としてはメール数も多かったのである。つまり、彼女たちにとっては、孤独であることが、インターネット利用を促進する因子であったのである。
 次に、インターネットを利用することが、その後の心理社会的な健康状態に与える影響を分析するために、コンピュータの使用時間、WWWアクセス数、メール数についての高使用者群と低使用者群間で、半年後の心理社会的な状態を比較したが、孤独感などの得点に2群間に統計的に有意な差はなかった。さらに、重回帰分析を行った結果、孤独感やうつ、および、身体的健康状態については、コンピュータ利用の影響は見出せなかった。しかしながら、社交性得点については、事前の社交性の影響ほどは強くないが、WWWアクセスが多いことも社交性を低下させる方向に影響を与えることが示された(β=-.197)。
 本調査は、Krautらと同じように、追跡して調査している。このことによって、事前の心理的状態がインターネット利用に及ぼす影響や、インターネット利用が、その後の心理社会的な状態に及ぼす影響を分析することができた。しかし、追跡調査の限界があり、半年後の調査では、授業の関係もあり、追跡できたサンプル数は半数以下である点に問題がある可能性がある。また、この間に、自宅におけるコンピュータ利用が進み、ここで捕捉しているインターネットの利用状況が、どの程度、学生のインターネット利用の実際を表しているかが不明であり、iモードをはじめ、ネットワークの利用方法が変化していることも考慮する必要があるだろう。


図1 高孤独群と低孤独群のコンピュータの使用時間とWWWへのアクセス数


4.おわりに

 本調査の結果をKrautらのものと比較すると、女子大学生においても、WWWにより多くアクセスすると社交性が低下するという、インターネットパラドックスに一致した結果が得られている。このことは、女子学生においても、インターネット・リテラシーの授業において、これまで実施してきた、安易に個人情報を提供しないことや、メーリング・リストについての注意に加えて、過度にインターネットを利用することへの注意を行う必要があることを示している。
 一方、Krautらとは異なり、女子大学生においては、事前の心理的な状態としての孤独感が高い人は、WWWにより多くアクセスするという結果が得られた。このことは、孤独感に対する対処方法としてWWWへのアクセスが用いられている可能性を示している。WWWへのアクセスが、孤独感の根本的な解決には結びつかないことを考えると、これは、必ずしも、適当な対処方法であるとはいえないだろう。したがって、学生相談室などで、孤独感やうつなどの心理的な問題があることが分かっている学生に対しては、相談の中で、インターネットの利用について適切な指導が必要な場合もあるだろうと考えられる。
 学生の心身の健康増進という立場から考えると、インターネット・リテラシー教育だけでなく、学生の社交性を向上させるような活動を奨励したり、そのような場を提供することが望ましいであろうと考えられる。お茶の水女子大学のグループ(坂本, 2000)[3]では、インターネットを社会性を増すためのツールとして用いることを提案する実験的な試みが行われている。本学では、これまで学生にホームページを作成する課題を、インターネット・リテラシー教育の一環として行わせてきているが、今後は、学生同士が、互いのホームページに対する意見や感想などを、ネットワークを介して交換する課題を与えることなどによって、情報教育によって、単に情報処理のスキルを修得するだけではなく、よい心理社会的状態をもたらす手段として、ネットワーク環境を利用するスキルを身につけることが可能であるかもしれないと考えている。
 本調査では、女子大学生を対象として、インターネット利用と心理社会的な健康の関連性を考えてきた。Krautらの研究対象者では、女性であることはうつ状態に寄与していなかったのだが、一般的には女性のほうがうつ状態になりやすいことが知られている。したがって、女性が男性と同じようにインターネット使用するようになれば、それがうつ状態への新たなリスク要因となる可能性もある。先に述べたように、インターネットのひとつの側面を、対人的なネットワーク形成のツールと位置づけて、社会化を促進するようなインターネット利用の指導を行うことによって、これを軽減できる可能性があ り、そのような具体的な指導カリキュラムを今後検討することが必要であろう。


謝辞

 本調査のデータ収集にあたってご協力いただいた立野裕季さん、井本絵里子さん、大辻直子さんに感謝します。


引用文献
[1]Young, K. S.(小田島由美子訳): Caught in the net. John Wiley, (インターネット中毒.毎日新聞社), 1998.
[2]Kraut, R., Patterson, M., Lundmark, V., Kiesler, T., Mukopadhyay, T., & Scherlis, W.:Internet Paradox. A social technology that reduce social involvement, American Psychologist, 53, 1017-1031, 1998.
[3]坂本章(編):インターネットの心理学. 学文社, 2000.

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