特集−IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み

工学部におけるITを利用したファカルティディベロップメントへの取り組み
〜情報公開とデジタルコンテンツの開発〜

加藤 潔(工学院大学情報科学研究教育センター所長)



1.はじめに

 工科系大学におけるITを活用したファカルティディベロップメント(FD)への取り組みについて、筆者の勤務する大学における事例を中心として述べます。工学院大学は学部としては工学部だけのいわゆる工科系単科大学であり、機械系、化学系、電気系、建築系の四つの学科系列があります。2003年現在での規模は、第1部が11学科で、学年あたり学生数は約1,200名程度となります。また第2部は4学科で学年あたりの学生数は約300名です。都心型の高層ビルである新宿キャンパスと、緑の豊かな八王子キャンパスで教育研究が行われています。情報科学研究教育センター(以下「センター」と記す)は、大学の情報システム機器とネットワークを運用し、研究と教育を支援する組織です。
 工学院大学は1887年に工手学校として発足し、110年を超える歴史を持ちます。90年代には大学としての自己点検・評価等のプロセスを実施し、1999年に大学としての理念目標を「持続型社会をささえる科学技術をめざす」としました1)(図1)。この目標のもと、学内の教育委員会および、そのサブ組織であるFDワーキンググループにより検討が行われ、シンポジウムの開催を始め、各種の取り組みが実施されています。外部評価としては、1999年度に財団法人大学基準協会による「相互評価」を受けました2)。また、国際工学プログラムが日本技術者教育認定機構から2001年度より私立大学としては第1号となるJABEE認定を受けています3)。本稿ではこれらの背景のもと、IT関連のFDに関する取り組みについて述べます。

図1 自己点検・自己評価のページ


2.情報発信の環境

 WWWによる情報の公開は、外部に対する情報発信の重要な手段となっております1)。シラバスや学習便覧については、従来は印刷物として学生に配布しておりましたが、ISO14001(注)認証を受けたこともあり、ホームページ上で公開することになりました。(ただし、当面は新入生のみ冊子を配布。)また、学生は、各種授業情報(休講、補講、各種掲示、行事予定)をPCあるいは携帯電話でホームページとして閲覧することができます。さらに、希望者には指定したアドレスあてに、個人ごとの履修登録に基づく授業情報、呼び出し、成績表などの情報を、電子メールで配信するパーソナルサービスが提供されています。
 工学院大学では、1994年頃の早い時期から、学生全員に入学時にIDを付与し、電子メール、電子掲示板、WWWの閲覧などの利用を可能にしています。また、学生は大学のサーバ上に個人のホームページを作成して公開することができ、これは、課外活動や就職活動などで有効に活用されております。利用環境として、センターの演習室は講義でふさがっていない限り、22:00まで開放されており(八王子は18:40で閉室ですが、一部は22:00まで可能)学生が利用することができます。
 また、今年度は無線LAN設備を学生ホール、卒論生や院生のいるフロアに設置することになり、学生は自分のノートパソコンから学内のネットワークに接続することが可能となります。


3.授業のIT化

 各キャンパスには基幹GigabitEthernetと支線100Base-TXのネットワークがはりめぐらされており、キャンパス間は100Mbpsのラインで結合されています。そして、大部分の講義室には、液晶プロジェクター、スクリーン、天井吊TV(大教室の場合)、各種入力装置(ビデオ、OHC、PC入力)と制御装置(照明の制御含む)が設置されています。プロジェクターは明るい室内でも視認できる輝度のものであり、スクリーン表示と同時に白板(黒板)が利用できるように配置してあります。このように、IT化のためのインフラは十分であり、かなりの割合の先生が、AV機器を利用したり、PCからPowerPoint資料を提示しながら講義を行っております。
 そして多くの先生がホームページで教育に関する特色のある情報を学生に提示しています。例えば、筆者の場合、教育用のホームページを通じて、学習のヒント、講義で使用するPowerPointファイル、テキストの正誤表、過年度の試験問題、課題の解答例、定期試験の合否と問い合わせなどを提示して活用しています4)
 いわゆるe-Learningについては、以前から検討が行われてきましたが、近年、まず、CALL教室(1室、30名規模)で語学系の講義が実施されています。このLLは当面は、Language Laboratory ですが、将来は、Learning Laboratory に展開する含みも持っています。そして、2002年度から、試行的に「教材の電子化促進事業」が、補助金対象事業として開始されました。学内で、電子教材の作成を希望される方の公募を実施し、個々のプロジェクトにおいて、コンテンツの開発を進めるものです。このとき、実際に採択され、開発が行われたのは、1)構造力学、2)流れ学I及び演習、3)物理学I、II、4)物理学および量子力学、5)情報工学実験の5テーマでした。2003年度は、これらの開発されたコンテンツを講義の展開の中で活用して効果測定や評価を行い、その結果をフィードバックした上で、さらにコンテンツの開発を促進していく予定となっています。
 これらの開発された教材のうち、いくつかのものは、講義で利用しているPowerPointファイルをベースにスタジオ録音で音声解説を連動させ、目と耳から講義の内容を提示する形式のものです。先に述べたように電子化された素材の資産は学内に相当量あるので、開発方法が定着すれば、次々とコンテンツ化できる可能性があります。これらのコンテンツはe-LearningのシステムソフトであるInternet Navigware5)(富士通インフォソフトテクノロジ)の管理下におかれ、個々の学生の進捗状況や、閲覧時間、確認問題の得点などを、クラスの担当者が随時モニタできるようになっています。その結果はCSV形式に変換して取得することができるので、成績評価にも活用が容易となります。


4.今後の課題

 対面型の講義が教育の基本であることは間違いありませんが、今後、e-Learningを教育のなかでどう位置づけていくのかは、まだ本学の中での議論が尽くされていません。コンテンツ学習を中心とした学習で単位を与えることができるのか、他大学で公開されているコンテンツ利用も含めるのかなどの点について、社会人教育など広い発展性も含めて教育委員会での検討が必要です。
 本学の場合、八王子では1、2年生の、新宿では3、4年生の教育が行われています。FDの一つとして成績評価の厳密化を推進すると、少なからぬ不合格者が発生することは避けられません。再履修を支援するためには、遠隔授業を導入することも必要となってくると思われます。
 現時点では、比較的意欲とスキルのある先生がコンテンツを作成しようとしています。しかし、e-Learningの本格的な導入には、普通に授業をやっている先生であれば、どなたでもその講義をコンテンツ化できる環境と支援体制が必要です。この要素が、まだ、学内でe-Learningに関する位置づけが未定であることもあって、本学では不十分であると言わざるを得ません。もちろん現在のセンターもその一翼を担うわけですが、限られた人員で従来の業務をこなしながら、e-Learningの開発運用支援に乗り出すにはマンパワーが不足です。
 今後の課題は多いのですが、いずれにしても1単科大学でやれることには限界があり、私立大学情報教育協会の支援や情報交換、その枠組みにおける大学間協力等にも大きく期待したいと考えています。


参考URL
1) http://www.kogakuin.ac.jp/ 工学院大学のホームページ。
[教育活動]から理念、自己点検・評価、シラバス、
各学科などへのリンクがあります。
2) http://www.juaa.or.jp/ 大学基準協会のホームページ。
3) http://www.jabee.org/ JABEEのホームページ。
4) http://www.navigware.com/ Internet Navigwareのホームページ。
5) http://www.ns.kogakuin.ac.jp/~ft82039/index.html
筆者のホームページ。
 
(注)
国際標準化機構(ISO)が定めるISO14000s(シリーズ)「環境マネジメント規格」。


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