人材育成のための授業紹介・教育学

“Learning Community”形成をめざすICT利用
〜「比較教育学」を事例として〜


五島 敦子(南山短期大学英語科准教授)


1.はじめに

 教育学を学ぶものにとって、学びの意義を理解することは重要な課題ですが[1]、一方向授業では達成できません。学びとは、他者や自己との対話であり、他者との協同を通して自らの思考を生み出すことだからです[2]。そこで、私は、2006年度から「学びのコミュニティ」というホームページ[3]を作成し、講義毎に電子掲示板(BBS)と講義記録(講義日記)を掲載して、学生同士の学び合いを促してきました。ただしICT利用といっても、無料BBSと個人ホームページを利用した、ごくささやかな試みです。今回は、2008年度「比較教育学」を事例に、その実践を紹介します。


2.授業の目的と受講状況

 「比較教育学」は南山大学人文学部心理人間学科の選択科目です。2008年度は「諸外国と日本の教育を比較考察して、子どもが学ぶ意欲をもつにはどうすべきかを考える」(レポート課題)をテーマにしました。教育学の専門科目でありながら、受講者(47名)は2年生から4年生までと幅広いうえ、他学部開放科目のため、短期大学も含めて多様な学部学科の学生が受講しました。当然、教育制度の基礎知識が共有されていないので、系統的に知識を伝達することが必要です。したがって、討論に当てる時間は限られ、グループ研究など授業外の共同作業も困難です。しかし、多様であるだけに、一人ひとりの意見を引き出せれば、学び合いの効果が高まります。そこで、私は、BBSとミニプレゼンテーションを用いた協同学習に取り組み、主体性を引き出すよう試みました。


3.BBSを利用した協同学習

(1)「リーダーシステム」によるBBSリレートーク
 協同学習には、メンバー全員が互いに貢献し責任をもつことが必要です。講義では、最初に4人前後のグループを作り、14回分の当番日を決めます。当番は、リーダーとして、グループ討論の司会を務めるとともに、BBSに翌週の講義日までに授業内容の意見や感想を投稿します。学期中に4回以上の投稿を単位認定条件としていますので、当番週以外にも1〜2回の投稿が必要です。BBSは一般の無料サイトを利用していますので、自宅PCで も携帯電話でも閲覧・投稿できます。投稿するときは、少なくとも5件前までの投稿を読んでレスポンスするリレートークで行います。セキュリティに対する配慮として、受講者のみが閲覧できるようパスワードを設定しています。本講義では、受講者同士でも名前を知られたくないという声が多数でしたので、氏名のかわりに投稿用番号を割り振って匿名性を高めました。私はこの方式を「リーダーシステム」と名付けました。

(2)講義日記とコメント集
 BBSの投稿記事は、原文のままコメント集(図1)にまとめ、翌週に全員に配布します。講義最初の5分で目を通し、先週の復習を兼ねてコメント集に対する意見を求めます。コメント集は、講義中の配布資料とともに講義日記にアップロードします。講義日記には、授業内容、資料の説明、キーワード、課題の指示などをまとめて、授業翌日に掲載します。

46番さん: 落ちこぼれの定義は私にも分かりませんが、学校で教わる勉強だけが学習であるとは思いません。自分の興味あることが1つでもあるなら、それを極めるのもいいのではないでしょうか?それこそ、おバカタレントと呼ばれる人達はいい例だと思います。学習においてはただ学習量が少ないだけだと思います。でも、演技力だったり、歌唱力であったりは才能に溢れていると私は思います。いろいろな教育政策について学びましたが、生徒と先生の学ぶことに対する意識とその学びは誰のため、何のために自分がやっているのかを考えることが大切なのではないかなと思いました。
3番さん: 46番さんの「自分の興味あることが1つでもあるなら、それを極めるのもいい」という意見に大賛成です。入試のための勉強や、テスト・模試の重視を繰り返していると、子どもたちの内に秘められた可能性が開花することのないまま終わってしまう気がします。音楽とか技術家庭科とか、主要教科以外が未だに軽視されているのがいい例で、ただ単に「学力」を上げようとしているから上手くいかないのでは無いでしょうか。生徒一人ひとりが、「自分の興味あること」を発見し、様々な分野で活躍出来る。もしそんな学校があったら、私の人生も変わっていたのかな。しかしそれをサポートしていく教師は、幅広い知識を持っていなくてはならないので大変ですね・・・。
図1 11月17日コメント集から抜粋
(a)ホームページ「学びのコミュニティ」
(b)講義日記
図2 ホームページと講義日記の画面

(3)ミニプレゼンから全体プレゼンへ
 授業時間の半分以上はパワーポイントによる一方向授業ですが、資料を読解する場合は、バズ学習(注1)の形式でグループ討論をします。その発展として、第11・12回の講義では、個々のレポートを持ち寄り、グループ内でプレゼンテーションを行います。第11回は、小グループで発表し、投票で優れているレポートを2点選びます(ミニプレゼン)。選ばれた学生は、第12回に約10人の中グループで発表し、1点を選びます。最終的に選ばれた6人は、第14回に全体の場で発表します(全体プレゼン)。プレゼンは、私が評価するのではなく、学生が選んだレポートに順次加点していくピア・レビュー方式にします。プレゼンの場合、聞き手の集中力が欠ける傾向がありますが、グループを徐々に拡大し全員で投票することで、参加意識と責任感を持てたと思います(図3)。

24番さん: 自分の提案を発表し他の人の提案を聞く、学びあい教えあう「協同学習」は、自分ひとりでなにか勉強するより楽しくできるなという感じがしました。それと同時に人に発表するものであるから、それなりにしっかりしたものでなければならないとも思います。前回4人グループで行ったのが、今回はさらに人数が増えるということで、また違った刺激をうけることができたのではないかなと思いました。話し手以上に聞き手が重要ということなので、2番さんも言っていますが、私もいい聞き手でありたいと思います。
40番さん: 発表を聞き、それに関して人と話してみて(言語として表現して)初めて考えを持てるのだと感じました。私は聞き手として先回授業に出席していましたが、自分の中で思っていてもあまり質問等できなかったので、深く学ぶことができるいいチャンスを逃したなぁと少し後悔しました。でも、発表を聞くだけでも比較の仕方とか、テーマの焦点の当て方を人の発表から学べるので、とても有意義に感じます。小グループから中グループにと発表する規模が大きければ大きい程緊張するものです。発表者が発表しやすいように聞き手は雰囲気を作れるといいと感じました。
図3 12月15日コメント集から抜粋


4.成果と課題

(1)自宅学習の促進
 ICT利用の成果の一つは、自宅学習を促進したことです。図4は講義最終日に実施したアンケート(回収率95%)結果の一部です。「掲示板には利点がある」とする学生は、「当てはまる」「やや当てはまる」の合計で90%と、概ね肯定的です。理由として、「授業外でも授業のことを考えたり、テレビをみるときでもアンテナを張っている状態でいられた」「皆の意見を気軽に見ることができ、何度も見返すことができたから」というように、書き込む内容を考えながら、授業外で何度も講義内容を振り返っている様子がうかがえます。アクセス手段でも、学内PC13%、携帯16%、自宅PC72%であったように、自宅学習として利用されています。

図4 掲示板に対する意見

(2)学びの深化と支え合う関係づくり
 もう一つの成果は、自己省察の機会が増え、学びの深化が見られたことです。自由記述で最も多かったのは、「自分の意見を文章化することで、はっきり自分の意見が現れる」というものでした。たとえば、「一番大きな利点は、他の人の意見と自分の意見との交流ができること、それによって、自分の考えが深まる」「毎回の授業で学んだことに対する自分なりの考えを持つことができた」「授業でいえなかったことがいえる」という記述です。学びは、知識が一度自分の中に沈み込み、それまでのあらゆる経験と結びついて再構造化されたとき、はじめて意味ある出来事として認識されます。講義時間内のミニッツペーパーでも学生の考えは把握できますが、授業後に一定期間をおいて省みるBBSのほうが、自己や他者との対話ができ、学びの深まりが期待できます。
 2008年度秋学期は、100年に一度という不況が訪れ、不安に駆られた3年生が12月から就職展に日参する事態となりました。やむなく欠席した場合にも、「皆の意見を読み返すことで、その日講義を休んでしまっても大体どんな内容をやったかが分かった」「みんなの意見を身近な感じることができた」というように、学生のリアルな反応がわかり、一体感が得られたようです。また、講義中は無関心のように見えても、BBSでは論点整理に貢献しようする学生もおり、別の一面を知ることができます。このように、ICTは、協同的な学びを深め、支え合う関係づくりに生かすことができます。

(3)今後の課題
 今後の課題は、BBSの利便性を高めること、携帯電話をもっと活用することです。図4のように、「投稿を負担に感じた」学生の割合は、約半数にのぼります。問題は、無料サイトのため、広告が邪魔をして発言をたどりにくい点です。自由記述にも「掲示板の形式が過去の意見を見るのが面倒だったり、誰がどこに対して意見しているのか分かりにくかった」とありました。私の勤務校は、英語科のみの単科短期大学のため、講義におけるICT利用に関して、学内支援も研修機会もありません。現在は、組織的な支援がない中で、個人でもできることをいかに探し出すかが課題です。


5.2009年度の取組み−ポートフォリオ作成

 2009年度は、講義日記やBBSを、ポートフォリオ作成に生かす取組みに着手しました。学生主体の授業設計といっても、その成果は、学生が何をどのように学んだかをアセスメントしてこそ明らかになります。そこで、南山短期大学教職履修者を対象にして、「教職に関する科目」にシャトルカード(注2)を導入しました。加えて、学習目標表、学習計画表、講義資料、ノート、レポートなどを収集し、各自が省察を加える「ラーニング・ポートフォリオ」をまとめさせています。その合わせ鏡として、教師自身も、自らの教育実践を振り返る「ティーチング・ポートフォリオ」が必要となります[4]。ICTは、学生にとっても教員にとっても、こうしたポートフォリオ作成のツールとなります。私自身、BBSと講義日記を照らし合わせて講義で不十分だった点を発見し、資料や解説を補足した経験が何度もありました。学生の学びが深まれば、教員の学びも深まります。こうした相互作用によって、学び合い教え合う“Learning Community”を形成することが、私がめざすところです。

 
(1) 少人数のグループに分けて一定時間討論し、その結果をグループ代表が全体に発表する学習方法。
(2) 学生と教員の双方向性授業の確立を目的に開発されたカード。授業に対する学生の反応や理解度を確認するため、学生と教員の間をシャトルのように往復する。
   
参考文献および関連URL
[1] 社団法人私立大学情報教育協会: 分野別『学士力の考察(中間報告). 2008.
[2] 佐藤学: 学校の挑戦―学びの共同体を創る. 小学館, 2006.
[3] 五島敦子「学びのコミュニティ」
http://www.m1.mediacat.ne.jp/~agoshima/index.html
Learning Community(学習共同体)について、確定した定義はないが、学習環境全体の中で教材の理解を深め統合する機会と、学生同士や教員との接触を増やす機会を提供すると考えられている.アメリカ高等教育では、二つ以上の科目を意図的にまとめたカリキュラムのアプローチとして主に導入されている.
[4] 土持ゲーリー法一:ラーニング・ポートフォリオ―学習改善の秘訣. 東信堂, 2009.



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