特集 社会的・職業的自立に向けたキャリア形成教育を考える
東京女学館大学は、東京都町田市にキャンパスをもつ、入学定員115名の小規模な単科大学です。国際社会で活動するリーダーシップを備えた女性を育てるという理念のもと、45年続いた短期大学を閉校し、2002年に国際教養学部国際教養学科が設置されました。
東京女学館大学の教育の特色は徹底した少人数教育にあり、ほとんどすべての授業で、教員と学生による双方向・対話型の授業が行われています。開学7年目にあたる2008年、社会で必要とされる基礎力を通常の授業で高めようという取り組み「卒業成長値を高める『10の底力』」(以下、『10の底力』プログラムと表記)が、「学生支援GP(新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム)」に選定され、教育課程全体を通してキャリア教育を行う大学として注目されるようになりました。
キャリア教育の推進に際しては、多くの大学でキャリア関連の科目や講座が開講されています。本学においても、1年次から履修可能なライフデザイン科目群の中に、「キャリアマネジメント」(必修科目)、「キャリアプラン講座I・II・III・IV」(いずれも選択科目)、「インターンシップ実習」(選択科目)を設置しており、進路選択にあたって一定の効果が得られています。
これに加えて東京女学館大学では、非常勤講師担当科目を含めたすべての授業を対象に『10の底力』プログラムを導入し、その分野の専門知識に加え、学生が伸ばしたいと思う能力や社会で必要とされる基礎力を効果的に高めることができるよう取り組んでいます。
授業の中で身につけてほしい『10の底力』とは、1)コミュニケーション能力、2)プレゼンテーション能力、3)ディスカッション能力、4)国際感覚・多文化理解能力、5)外国語運用能力、6)調査能力、7)IT能力、8)クリティカル思考、9)コンセプチュアルスキル(問題発見・提案・実行力)、10)自己理解能力です。それぞれの能力の目標となる基準(各4〜5項目)は『授業案内』に記載され、学生、教職員に配布されています。
1)コミュニケーション能力 相手の意見や気持ちを理解できる。理解するために上手に質問したり、自分と異なる意見をもつ人に自分の考えを表現できる。
2)プレゼンテーション能力 自分の見解を図版や画像を用いて的確に要約したプレゼンテーションができる。第二言語によるプレゼンテーションを行える。
3)ディスカッション能力 相手の主張や論点を理解し自分の意見を適切に説明できる。十分な知識をもってディスカッションを円滑に進行できる。
4)国際感覚・多文化理解能力 外国に対する地理的・歴史的知識、実情や文化に対する情報収集力がある。文化の多様性を理解する柔軟な思考をもつ。
5)外国語運用能力 外国語を読む、聴く、話す、書く能力。基礎的な文法を理解し活用できる。TOEFL、TOEICなど各種外国語能力試験で成績を上げる。
6)調査能力 調査の基礎知識および調査方法の基本を習得している。統計学を理解し、量的なデータ解析方法を用いて報告書を作成できる。
7)IT能力 コンピュータをセットアップでき、ワード、エクセルなどが使いこなせる。ホームページの作成、管理ができる。
8)クリティカル思考 じっくり観察し、いろいろな原因を探ることができる。物事を多面的にとらえ、情報を収集し、客観的に判断して結論を出すことができる。
9)コンセプチュアルスキル(問題発見・提案・実行力)
課題を分析し問題を発見することができる。また、解決方法を見出せる。行動計画を立て実行に移すことができる。
10)自己理解能力
失敗したとき、不満や怒りを感じたとき、自分と向き合うことができる。自分の長所と短所を知っている。
図1 授業で身につく『10の底力』
10個の「底力」を設定するにあたっては、開学当初の教員によるディスカッションで、身につけてほしいリーダーシップスキルとして挙げられていた15のスキル(コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、タイムマネージメント能力、計画と組織化・目標設定、クリティカルシンキング、交渉能力、意思決定と問題解決、コンフリクトマネジメント、システム思考、人々を動機づけ影響を与える力、ポジティブ思考、他者への権限委譲と委任、自己理解と他者理解、異文化理解、自己表現・アサーティブネス)のうち、教員が授業方法を工夫しながら伸ばすことができるものを選び出しました。図2は、学生、教員別にプログラムの流れを示したものです。このプログラムは、通常の授業を生かした取組であるため、セメスターごとに“始まり”と“終わり”が繰り返されます。
図2 プログラムの流れ
学生は、新学期を迎えると授業ごとのシラバスと時間割を受け取り、各自履修登録科目を決定します。その際学生は、自分が学びたい専門分野と合わせて、自分が伸ばしたい能力を考えながら授業を選択します。その手助けとなるのが『授業案内』に掲載された『10の底力』マッピング表(図3)です。
図3 『10の底力』マッピング表
この一覧表を見れば、どの授業でどの「底力」を伸ばすことができるのか一目でわかります。同一の科目名でも担当者が違えば伸ばせる「底力」が異なることもあります。担当教員の教育方法の違いが多様な学習成果をもたらすからで、これが『10の底力』プログラムの特長です。
自分が伸ばしたい「底力」をもとに授業科目を探したい学生は、大学ホームページに置かれた「シラバス検索システム」を利用することもできます。それぞれの科目のシラバスには、どのような方法で「底力」を高めていくのか、担当教員が教授方法(授業の進め方)を明示しています。
学生たちは少人数教育の中でどの力を伸ばしたいと考えているのでしょうか。入学後のアンケート調査で多く選ばれたのは、「コミュニケーション能力」「外国語運用能力」「プレゼンテーション能力」でした(2008〜2010年調査)。
学生は授業期間中、「底力」が高まるように努力し、最終授業において、その授業で身につくとされた「底力」が伸びたかどうかを自己採点します。評価の基準は、2点(非常に身についた)、1点(やや身についた)、0点(とくに変化なし)となっており、この評点と教員による評点がレーダーチャート(図4)となって新学期の始めに学生に手渡されます。学生はこれを活用して次のセメスターの履修計画を立てていきます。
図4 『10の底力』レーダーチャート
(入学から卒業までの成長値)
コミュニケーション能力 | 調査能力 | ||
プレゼンテーション能力 |
IT能力 | ||
ディスカッション能力 |
クリティカル思考 | ||
国際感覚・多文化理解能力 |
コンセプチュアルスキル(問題発見・提案・実行力) | ||
外国語運用能力 | 自己理解能力 |
希望する進路と履修計画が一致しているかどうかアドバイスをするのがキャリアカウンセラーで、東京女学館大学には、現在3名のキャリアカウンセラーがいます。就職活動のサポートをはじめ、『10の底力』を仕事やキャリアに生かす方法や、履修についてアドバイスを行います。学生は、伸ばしたい力、関心分野、就きたい仕事がそれぞれ異なります。それらを丁寧にすくい上げて個人のニーズに合った支援を行う、まさに「オーダーメイドのキャリア教育」です。
さて、授業を担当する教員は、シラバスを作成する段階で、特に学生が伸ばすことのできる「底力」を二つ選びます。開講されている授業の9割が20人以下という教育環境のもと、一方通行の講義はほとんど行われておらず、教員たちはそれぞれの専門分野を教えながら学生の「底力」を伸ばせるよう授業を工夫しています。双方向・対話型授業を実践するため、演習形式の小さな教室を多く用意しています。
セメスターが終了すると、授業担当者は学生一人ひとりについて「底力」評価を行います。評価の基準は学生による自己採点と同じく2、1、0です。学生による評点も教員による評点も、全員の参加意欲が持続するように成績評価とは区別しています。
写真 授業風景:地域研究
(中東・イスラム圏)
学生の「底力」を高めるよう教員がどのように授業を運営しているのか、以下は専門科目における実践例です。基礎力を高める授業は、教養教育に限定されるものではないことがわかります。(番号は「図1」に対応)
a.労働とジェンダー
1)コミュニケーション能力、3)ディスカッション能力を高める(一人ずつ発表して全員が質問、ディスカッション、それをもとにレポートを作成する)
b.地域研究(中東・イスラム圏)
2)プレゼンテーション能力、6)調査能力を高める(与えられた課題に対して、各種媒体を活用し調査する、レジュメを作成して発表し議論する)
c.国際開発
4)国際感覚・多文化理解能力、5)外国語運用能力を高める(開発援助に関する英文テキストを用いてレジュメを作成する、英文レポートの作成方法を学ぶ)
d.国際情報論
4)国際感覚・多文化理解能力、7)IT能力を高める(世界のIT情報を収集し、各国のIT戦略や情報格差をついて考える)
e.経営戦略論
8)クリティカル思考、9)コンセプチュアルスキルを高める(企業の事例を用いて課題を発見し、優れている点、弱点、改善点について討議する)
f.学習心理学
8)クリティカル思考、10)自己理解能力を高める(客観的、多面的な視点で心理現象を観察できるようにする、自己理解を深める課題を扱う)
ところで『10の底力』プログラムの導入により学生の基礎力は伸びたのでしょうか。2009年度最終学年へのアンケート調査によると、「コミュニケーション能力」「プレゼンテーション能力」「クリティカル思考」が伸びたと自己評価をする学生が多く見られました。
また、各セメスターの最終授業日には、それぞれの授業で「『10の底力』が伸びるように授業が行われていたか」という授業評価アンケートを実施していますが、2009年度は、7割の学生が「その授業で伸びるとされた力が伸びるように授業が行われていた」と回答しており、教員が学生の『10の底力』向上に積極的に取り組んでいることがわかります。
『10の底力』プログラムを推進する中で、東京女学館大学の学生たちは、社会で必要とされる基礎力を強く意識するようになりました。これを持続させていくためには、学内の推進体制が不可欠です。現在、GP推進室を中心に、教務委員会、FD委員会、キャリア開発委員会がプログラム推進に関わっており、一層の連携強化に努力しているところです。加えて教職員間の連携も重要です。FD・SDに『10の底力』を取り入れ、プログラムの充実を図っていくことが今後の課題であると考えています。
文責: | 東京女学館大学 |
国際教養学部教授 |
GP推進室長 加藤 千恵 |