巻頭言

3万人のLearning Journeyの
羅針盤としての教育DX推進

矢口 悦子(東洋大学 学長)

 本学は1887(明治20)年に哲学者井上円了博士により「私立哲学館」として創立された。2021年現在創立134年目となり、4キャンパスで13学部15研究科を有し、合計31,283名の学生が学ぶ総合大学である。
 本学の建学の精神のひとつである「諸学の基礎は哲学にあり」は、どのような学問分野で学ぶにしても、まず求められるのは、「なぜそれを学ぶのか」という問いに向き合うことであり、とことん本質を追究する姿勢を重視することを意味する。この言葉は、コロナ禍にあっても全く揺るがず本学の柱となっている。さらに、建学の理念にふくまれる「他者のために自己を磨き、活動の中で奮闘する」という「東洋大学の心」は、コロナ禍において奮闘する医療、福祉関係等の人々の姿に思いを寄せ、自己の在り方を捉え直そうとする学生たちを鼓舞してきた。
 教職員もまた、コロナ対策と学びを止めないたために奮闘してきた。昨年4月、緊急にオンライン授業に切り替え、学生に対する環境整備のための支援金の支出や教員向けのICTにかかわる技術支援、各種相談対応などを開始した。そうした中、学生たちが課題や情報の渦の中にいるという、これまで経験したことのない現象も見えてきた。各授業の教員からレポートが課され、睡眠時間を削っているという悲鳴が聞こえてきた。同時に、大学からの「お知らせ」が何種類も届き、どれが重要なものかわからなくなり、SNS上で学生同士がSOSを出し合っていたこともわかった。さらに、仲間のいない新入生は、混沌とする情報の海の中で溺れかかっていた。
 こうした経験や気づきをもとに、学生を受動的な「お客さま」としてではなく、キャンパスライフの「主人公」とした教育機関にならなければならない、との強い思いを抱き、本学の生き残りをかけて、DX(デジタル・トランスフォーメーション)を手段として活用することに思い至ったのである。
 まずは、2020年7月に遠隔授業における課題を洗い出す委員会を発足させ、その検証と授業の質を向上させるための検討を始めた。本学は2000年以前にLMSを導入しており、履修にかかわる手続きのペーパーレス化、出席確認アプリなどは全学で導入されていたが、活用状況にはばらつきがあった。また、事務局各所からの情報がどのように学生に届いているか、異なるシステムを導入したポートフォリオや掲示機能とポータルアプリなどについても確認を開始した。
 さらに、本学には全国的にみてもICT環境とその教育手法において最先端として誇ることのできる情報連携学部(INIAD)が2017年度に開設され、デジタルとアナログの使い分けを巧みに行い、コロナ禍でもほとんど影響を受けずに授業が展開されていた。ICT環境や技術の成熟度など様々な環境が異なるために、一体化はできないものの、折に触れ助言を得ながら、教育DX推進基本計画を練り上げた。そして、文科省の「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」補助事業に申請。幸運なことに採択を受けたが、高等教育機関をはじめ社会に対して重要な責任を担ったものと認識している。
 計画の内容は、「3万人のLearning Journeyの羅針盤」としてのCLMS(キャンパス・ライフ・マネジメント・システムと名付けた)の開発を第1計画として構想したものである。具体的には、小さな入り口が用意され、学生たちが自らの判断で、適切な情報を獲得し、その先に豊かな学修と交流の機会があり、それは現実の世界に直結し、縦横無尽に広がっている。そのツールを活用しながら、過去から蓄積された膨大な知に学び、教室での議論はもとより、多様な価値観を持つ人と語り合い、サークル活動やボランティアなどの体験を重ねることのできるキャンパスでの学び。それを記録し、折に触れじっくりと自己と向き合うことのできる場の提供ができればと考えている。その基盤としてデータの統合が必要となり、教職員もそれを学生たちの伴走のために活用できる。
 3万人を超える学生が集うキャンパスは、密を避けなければならないコロナ禍にあっては難しい対応が求められている。しかし、今後は多様性や共生力を身につけるうえで強みであると捉え、3万通りの豊かな未来への学びの旅に寄り添えることを喜びへと変えていきたいと考えている。


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