特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その1)

山口大学のデジタル教育戦略:
デジタル技術を活用した「知の伝授と技の伝承による智の育成」

佐藤 晃一(山口大学 共同獣医学部・学部長)

1.はじめに

 今回、【取組み②】「学びの質の向上」に採択を受けた本事業「デジタル技術を活用した知の伝授と技の伝承による智の育成」は、【取組み②-1】「xR技術を活用した臨場型実習と遠隔Hands-On実習システムの構築」と【取組み②-2】「マルチ・ハイフレックス型遠隔授業システムによる教育改革の推進」の2つの取組みで構成されています。
 【取組み②-1】では、最新のxR技術[1]を用いた臨場型実習コンテンツ作成と、遠隔Hands-On実習システムを進化させた3次元ホログラム(MRヘッドマウントディスプレイ:MR-HMD)による次世代型遠隔Hands-On実習システム等を構築します。【取組み②-2】では、マルチ・ハイフレックス[2]型遠隔授業システムを構築し、WebexやZoom等他の遠隔会議システムとの接続連携を容易にすること、対面と遠隔を融合することによりアクティブラーニング授業の実践を目指します。
 最終的には、通常講義に加えて、ウエアラブルカメラを用いた臨場感ある実習や、【取組み②-1】で作成する3Dコンテンツを用いた実習を実施することで、ニューノーマル・アクティブラーニング教育を推進し、さらなる学びの質の向上を図ります。

2.取組み概要

【取組み②-1】:xR技術を活用した臨場型実習と遠隔Hands-On実習システムの構築

① 3D実習システム(VR・ARによる組織や機器3Dコンテンツ作成)の構築

 近年、様々な分野で3Dコンテンツの利用が進められています。3Dコンテンツにはスマートフォンでも利用可能な簡易コンテンツや、安価なHMDのVRゴーグル(VR-HMD)を利用したコンテンツ、さらにはHoloLens等の高額なMR-HMDを用い、より精細なコンテンツの利作を可能等するシステムなど、様々な実習レベルにおいての活用が可能となってきています。
 本事業では、これら各種レベルのコンテンツを作成し、医学、獣医学、工学の各実習に適した3D実習システムを構築します。

② 仮想現場実習システム(VRによる仮想現場実習コンテンツ)の構築

 医学、獣医学、工学分野では、学生に対してHands-On実習と呼ばれる体験型実習の提供が望まれます。しかし、人や動物の手術室、獣医師が働く食肉処理場の現場、豪雨災害現場など分野によっては学生がその場所に入りにくいものが多数あります。そこで、手術室や技術現場の現実世界を学生が複合現実社会として認識することで、低学年から現場を体感できる臨場型実習を構築します。
 具体的には、実際の現場を360度カメラで撮影し、学生はVR-HMDを介して視聴することで、現場を体感することが可能となります。また、新たに教育用VR動画閲覧システムを開発することで、複数の学生と教員が同一の仮想空間に入り、同じ動画コンテンツを共有することで、教育効果を高めるシステムを構築します。

③ MR実習システム(次世代型遠隔Hands-On実習システム)の構築【図1】

 獣医学教育では、実際の動物を用いるHands-On実習(生体実習)が重要な位置づけとなっており、多くの動物を生体実習に用いてきました。近年、共同獣医学部では、動物福祉の観点から学生が繰り返し動物に触ることで生じる動物への苦痛を可能な限り減らしつつ、学生の習熟度を高めることを目的として「モデル動物実習」の開発を進め、Hands-On実習の一環として実施してきました。しかし、コロナ禍においては、学生が大学へ登校することすらできなくなってしまったことから、実習器材を受講生へ事前送付し、教員と受講生を遠隔システムで継ぐことで、リアルタイムの「遠隔Hands-On実習」を構築し、次世代型実習として実施しました。
 今回私たちは、遠隔Hands-On実習をさらに進化させ、複数台のカメラを用い3D映像を構築するSide_by_Side撮影システム、MR-HMDによる3次元映像、5Gを用いた低遅延型リアルタイムマルチ配信を組み合わせた、次世代型遠隔Hands-On実習システムを構築します(図1)。

図1 次世代型遠隔Hands-On実習システム

【取組み②-2】:マルチ・ハイフレックス型遠隔授業システムによる教育改革の推進

 本学では、2012年度の共同獣医学部設置当初より、本学と鹿児島大学の400kmという物理的距離を解消するために、2大学教室間をセキュアな回線で接続したリアルタイム双方向性遠隔講義システムを設置し、対面と遠隔を組み合わせたハイフレックス型遠隔授業を実施してきました。
 一方、コロナ禍においては、学生が登校できなくなったことから、一般的な商用遠隔会議システムを導入せざるを得なくなりました。また、本学ではWebexを鹿児島大学ではZoomを推奨としたことから、複数のシステムが相乗りできるマルチシステムが必要となってきました。そこで、9年間にわたり培った遠隔講義システムの運用実績と知見を基盤として、WebexやZoom等他システムとの互換(マルチ)と対面・遠隔の融合(ハイフレックス)を可能とする「マルチ・ハイフレックス型遠隔授業システム(MHシステム)」を構築することにしました(図2)。

図2 MHシステム

3.取組みの目標と目差す成果

 本学のDX推進計画目標は、「先端デジタル技術を活用した学修者本位の教育と学びの質の向上による教育の高度化を加速させ、山口大学版・教育DXを確立する。その成果の普及により、ニューノーマル社会において新しい価値を創造できる“デジタル人材”を育成する。」ことです。そして、取組みAにおいては、遠隔地においても臨場感ある講義と実習を受講できる「山口大学式DX教育スタイル」を構築し、ニューノーマル・アクティブラーニング教育を推進し、学びの質の向上による教育の高度化を実践することを目差します。
 今回の私たちの取組みにより、アフターコロナのニューノーマル時代の実習環境が整備され「学びの質の向上」の推進が可能となります。将来的には、他学部における実習や大学が保有する技術財産継承への展開、AIテクノロジーを用いたHands-On臨床実習環境の開発が可能になると考えています。さらに、インドネシアとの獣医学教育連携(機能強化事業)やアフリカとのOne-Health連携教育(世界展開力強化事業)などへ、マルチ・ハイフレックス型遠隔授業システムを活用し、獣医学教育のさらなる国際化を図ることを目指します。

[1] xRとはextended Reality:VR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)の総称
[2] マルチ・ハイフレックスとはZoomやWebexなどの異なる遠隔システムとの容易互換(マルチ)と対面・遠隔の融合(ハイフレックス)の造語

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