特集 学修者本位の教育の実現、学びの質の向上を目指した大学教育のDX構想(その1)

社会変化に対応する未来型次世代教育の実現
〜クロスリアリティを活用したデジタルトランスフォーメーション
による教育改革〜

前田ひとみ(熊本大学 副学長・前医学部保健学科長)

田代 浩徳(熊本大学 医学部保健学科長)

1.はじめに

 根拠に基づいた医療の実践には、基礎となる知識や技術の習得と、知識や技術を活用して課題を解決するための思考力、推論力、判断力が求められます。しかし、学生にとって、経験している現象に思考や記憶を自動的に適応させて実践することは容易ではありません。臨床現場での複雑な状況の中で優先性を判断し、確実に役割を果たすためには、医療に関連する単語や知識・技術の習得とともに、批判的思考や省察的思考を発達させることが重要です。
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的パンデミックにより我々の生活は大きく変化し、急速に社会全体のInformation and Communication Technology(ICT)化が進んで、virtual reality(VR)等による学修教材の開発も進んできました。ICTとシミュレータを活用した教育は、学生の知識・技術のレディネスを踏まえた上で、学修者中心の学修計画に基づき、繰り返しトレーニングできる場を提供できるという利点があります。
 本稿では、本学全体で取組んできた総合情報環構想のもと、保健学科で採択されました「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」の【取組みA】「学びの質向上」について紹介させていただきます。

2.保健学科における本事業の具体的取組み

 多様化・複雑化する医療のニーズに対応できる医療人の育成においては、学生が「何を学ぶか」に加え、「どのように学ぶか」が重要です。生涯にわたる学びを継続するためには、学生個々が学修に自律的・主体的に取組み、実践する態度を習得できる教育の工夫が必要だと考えます。そこで、本事業では、図1に示すように、社会変化に対応する未来型次世代教育の実現を目指し、「学生が自律的に学び続ける力の育成」「行動と経験の見える化による教育の高度化」「デジタル化による教育の効率化」を目標に、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)などのクロスリアリティ(XR)やシミュレータによる仮想学修環境を構築することで、学生の【スキルの育成】および【学ぶ意欲と態度の育成】と【熟練者暗黙知の形式知化】を図ることを目的としました。

図1 本事業の狙い:社会変化に対応する未来型次世代教育の実現

 【スキルの育成】では、医療機器を用いた実験・実習での密を回避し、学修を効果的に進めるために、シミュレーション教育とMRを組み合わせ、従来の学修環境では実現困難だった多次元的な体験学修を可能とする学修コンテンツを作成しました。
 具体的には、病院や在宅を再現した環境を作り、学生が患者の身体状態を観察したり、ME機器の操作を体験できるよう、実践能力の習得を促す操作のポイントを実空間上に仮想表示するシステムを構築しました。
 【学ぶ意欲と態度の育成】では、臨床での学びにくい事例について、VRやMRによる体験型実習を取入れ、さらに臨地実習と学内実習を組み合わせることで、短期間の臨地実習でも学びの質を向上できる環境を構築しました。具体的には、感染予防策や無菌操作を確実に実施できるような技術と態度の習得を促すために、吸引や口腔ケア時の飛沫を可視化し、病原微生物による特殊な環境を体験できるコンテンツを作成しました。
 【熟練者暗黙知の形式知化】では、AIを用いた熟練者の行動分析から熟練者のノウハウを解明できるシステムを開発することで、熟練者の暗黙知を形式知化し、教育にフィードバックできるシステムを構築しました。具体的には、処置時の熟練者と新人による対象者への視線、声かけ、技術の違いを分析し、熟練者のノウハウを形式知化できるシステムを構築しました。

3.本学の総合情報環構想と本取組みとの関係

 本学のDX推進計画は、「情報サービスの環」「インフラ基盤の環」「IR(Institutional Research)データベースの環」「セキュリティ基盤の環」「組織連携の環」の5つの環による総合情報環構想によって進められてきました。
 図2に示すように、本事業における仮想学修環境の整備は、5つの環のうち、「情報サービスの環」と「インフラ基盤の環」を推進するものです。

図2 本学DX推進計画における本事業の位置づけ

 また、本事業を進めるにあたって、コンテンツに必要な題材の収集やシミュレーションのシナリオ作りは、保健学科の教員だけではなく、医学科や大学病院の教員の協力を得ながら進めることができました。その結果、部局間の連携がより強化されたとともに、バーチャルシステムを使った次世代型教育に向けた各教員の講義改善のアイデアの種を刺激して発芽させる仕組みが構築できたと考えます。このように、コンテンツ作成において教員間でディスカッションし、技術を共有することで、総合情報環構想の「組織連携の環」が強化されました。

4.今後の展望

 本事業で作成したコンテンツを学内外を越えて活用することによって、組織的・人的連携の充実による、さらなる組織連携の環の強化が期待できます。また、仮想体験型のオープンキャンパスや高大連携による体験型講座を企画し、活用することで高校生に対する進路選択の機会を提供することも可能だと考えます。大学病院と連携することで、今後求められる医師からのタスク・シフトにも対応できる医療人育成に向けた教材開発も期待できます。
 今後は、作成したコンテンツや仮想学修に対する学生評価や講義改善のアイデアを取入れ、コンテンツを充実させながら、学生と共に学ぶ意欲を高める組織作りを実現していきたいと思っています。

謝辞

 コロナ禍において臨地実習が制限される中で、学生が座学で得た知識を行動に移せるまでにどのように教育したらよいのか悩み、苦慮していました。この度、文部科学省の大学改革推進等補助金「デジタル活用教育高度化事業」に採択いただき、様々な教育コンテンツを作成する機会を与えていただいたことに心から感謝いたします。また、本事業を遂行するにあたってご協力、ご支援いただきました多くの皆様に深くお礼申し上げます。


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