全体報告
本協会では、大学職員に求められる情報活用能力養成を支援するために、職員の共通能力としての情報活用能力を高めることを目的とする「基礎講習コース」と、コーディネート力やマネジメント力などの資質向上を目的とする「応用コース」の2コースの研究講習会を実施している。
本年度の「基礎講習コース」は、7月6日~8日の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルで開催し、参加者数は、加盟校・非加盟校合わせて111の大学・短期大学から234名(昨年188名)であった。
本コースは、大学の運営や意思決定、学修支援や学生指導における情報の活用について事例を踏まえた講義と、日常の勤務では経験できない組織の枠を超えた、多様な職務経験や価値観を持つ他大学職員とのグループ討議を通して、情報を活用することの重要性を理解し、職員の共通能力としての情報活用能力を高めることを目的として実施した。具体的な到達目標としては、1)大学職員に求められる能力「職員力」について理解する、2)情報を活用することの重要性を理解し、情報活用能力を高める、3)参加者間の人的ネットワークを構築する等の成果を獲得することを目指した。グループ討議においては、参加者が自身の達成度について点検・評価できるよう、目標と評価規準を予め提示した。
1.イントロダクション
「大学職員は天職か」~未来を担う皆さんへのメッセージ~
講師:山田 憲男氏(日本女子大学管理部長)
大学が社会からの信頼に応えるためには、環境の変化に的確に対応した大学自身の組織的な取り組みが不可欠である。私たち大学職員は、ひとり一人が“組織に必要とされる人材”となるべく意識改革と能力開発に努め、継続的な自己実現を目指すことが大切である。
イントロダクションでは、高等教育機関としての大学の使命や役割、そこに働く大学職員に求められる「人間力」の重要性について、大学に関わる法令、行政の動き、国内外の大学を取り巻く環境変化に関する説明を交えて解説し、引き続き行われる講義やグループ討議を通して、大学人とは何かを各自が考えるヒントが提供された。
2.講義
講義は、大学の運営や意思決定における情報活用、学修支援や学生指導における情報活用、それらを支える人材育成や職員が具備すべき姿勢について、体系的に理解できるよう構成した。詳細は次の通りである。
講義-1 「大学運営と情報の活用」
講師:梶田 晶子氏(東海大学総舗報センター情報システム開発課課長)
社会ニーズの変化や国際化に伴う環境の変化は、大学や大学教育のあり方にも多大な影響を及ぼし、私学においては建学の精神を礎として変化を取り込みつつ、学生が最善の教育を享受できるよう、継続的な取り組みが求められている。変化やニーズを迅速に把握・分析し、教育・研究機関として的確な判断を下して組織的に改革に取り組むことが必要であるが、それを支えるのが、情報や情報技術を活用した情報戦略といえる。本講義では、経営戦略や組織改革といった大学の意思決定にまで活用される情報システムについて事例を交えながら解説を行った。
まず、大学が置かれている状況理解の一助として、ユニバーサル化やグローバル化による環境変化が及ぼす影響、国、社会から「学士力」の保障に対する要請が強まっていること、基礎学力不足や学習意欲低下の学生の増大という現実を踏まえて、学部教育の再構築が必至の事態であること、外部評価の義務化などについて解説した。
変化へ柔軟に対応するには、学内情報の分析・解析による問題の発見と本質の見極め、情報収集による社会の変化の素早い察知や他大学データとの比較による自大学の強みや弱みの把握、ランキング情報などから社会的評価はどうか等の現状把握、ステークホルダー間の情報共有による様々な課題解決などを、組織として継続的に実践する必要があるが、この目的達成には、以下に示す特徴を有する情報技術の活用が効果的であることを示した。また、大学改革の目標に向かって計画を遂行する場合には、一部門部署の取り組みではなく、大学全体の組織的な共通の取り組みとなることが重要である。縦割り組織の弊害による自部署優先(部分最適で全体不最適)の問題や教員・職員間の壁を解消するために、縦割り組織を情報で貫き、目標や課題を可視化し共有することが重要であることを示した。
加えて、実現へ向けての考え方について、目標の共有や最適な解決策の選択等のポイントを示した。
情報技術の特徴には「効率的な大量データ処理」「情報共有」「時間・空間を超えた連携」「協業」等があるが、これらは、変化やニーズに関する情報を迅速に収集・蓄積し、必要に応じて的確な形に加工された情報を関係者で共有し、多角的視点からの判断に供する、まさに大学改革を側面から支える情報戦略にうってつけといえる。具体的な利用事例として、私立大学の教育への様々な取り組みをデータベースに集約した私情協の「私立大学間教育情報交流システム」、東海大学における「DWH」(データウェアハウス:情報の倉庫)を取り上げて解説した。
最後に、情報システムを安心・安全に利用するためにコンプライアンスの問題を取り上げ、セキュリティポリシー、個人情報保護、システム管理基準の制定やそれを順守するためのICT技術や組織体制の重要性を説明した。
講義-2 「学士力の確保を支援する新たなICT環境の構築」
講師:山崎 達朗氏(芝浦工業大学学術情報センター事務部長)
中央教育審議会は、平成20年12月の「学士課程教育の構築にむけて」と題する答申に引き続き、本年6月には大学分科会から「中長期的な大学教育の在り方に関する第一次報告―大学教育の構造転換に向けて―」を報告した。これを契機に、大学においては学部教育とその支援について、実践的な取り組みが急務となっている。本講義では中教審大学分科会の報告内容を基軸に、学習成果(Learning Outcomes)の観点からICTを援用した教育支援について、芝浦工業大学での実践事例をもとに解説した。
まず、中教審大学分科会の報告が、「社会や学生からの多様なニーズに対応する大学制度及びその教育の在り方」、「グローバル化の進展の中での大学教育の在り方」、「人口減少期における我が国の大学の全体像」の三つのテーマから構成されており、大学教育の質的保証システムを構築するために構造転換が必要であることを述べている旨をOECDの主導するAHELO(Assessment of Higher Education Learning Outcomes)のフィジビリティ・スタディ参加や学習成果の可視化による出口管理の強化という方向性のもとに打ち出していることを述べ、具体的な学士力確保の指針を解説した。また、就職活動の早期化が、現状のリベラルアーツと専門教育の積上げ型カリキュラム構成を阻害する要因となっており、これを回避するため4年間を通じた相互補完型のカリキュラム編成へと移行する必要性があることを述べた。
次に、授業の質保証を支援するI C T環境について、機材の写真や図面を例示しながら解説した。また、導入や維持に係る経費について、費用対効果と情報セキュリティに対する重要性を示しつつ、経費規模の妥当性を概観した。続いて、学習成果の可視化について、MIMAサーチを用いた構造化シラバスを取り上げ、学習者にとっては学習過程における学習成果の確認やキャリアパス設計に、カリキュラムの編成においては社会のニーズとの整合性をとる上で有効な点を説明した。
次に、e-Learningにおける事例として、授業コンテンツへの字幕付与の試みを紹介した。芝浦工業大学はマレーシアへの授業コンテンツ配信において、日本語聞取り能力に配慮した日本語字幕付コンテンツの作成を試行している。現在、講師の発話データをテキスト化することにより映像コンテンツへのインデクシングの可能性が検討されている。
最後に、学習成果からみた学士力の確保のためには、ICT環境の整備によって学習成果を測定できることが具体的な指針を作り出すために必須であること。そのためには、教育者および教育支援者と学習者自身が、個々の教育学習過程での立ち位置を常に確認できることの重要性を説明した。
講義-3 「情報技術を活用した教育支援・人材育成支援に求められるもの」
講師:斉藤 和郎氏(札幌学院大学情報処理課長)
教育改革を推進する手段として、情報技術の活用は有効であるが、単なる技術導入では目的は達成できない。企画・実行し、到達度を評価・分析し、次の改善につなげるプロセスを継続的に行うこと、それらを実践できる組織体制や職員の能力育成が必要である。本講義では、下記の3点について、実践事例として後掲の「学生カルテ(はぐくみ)」、「共通学士力育成のための情報共有」を参照しながら、戦略的な情報活用モデルを導き出す際に備えるべき考え方を解説した。
(1)情報技術の戦略的な活用
「データ処理」と「情報活用」はどう違うのか。それは、自身が担当する業務を大学のビジョンとの関係で捉えなおすことができるかどうかによる。すべての業務は教育支援、人材育成支援に関与し、個々の教職員の活動の総体が大学の教育活動につながっている。常に「建学の理念」や「教育目標」を念頭に置き、協業や連携の中から情報を活用しようとする「心がまえ」が重要である。
(2)教育改革への職員の関与
単に情報技術を導入しただけでは所期の目的は達成できない。これを戦略的に活用するための組織・環境を創り出すことが重要である。大学職員に求められる役割とは、情報や知識を活用した「新たな価値創造の場」を形成し、教職員の協働と連携をマネジメントすることにある。求められる能力を有する職員に成長するためには、何よりも自己変革の意識が重要である。
(3)活動を評価することの意義
「戦略は試行錯誤の中から生まれる」という考え方に立てば、成功や失敗を積み重ね、これをしっかりと評価しながら組織にふさわしい戦略を創り上げていくことが求められる。漫然とデータ眺めるのではなく、複眼的な視点から省察を行うなど、「PDCA」サイクルの実質化を図ることが重要である。
講義のまとめとして三つの視点を提示し、2日間のグループ討議では全国から集まった仲間たちと「新たな価値を生む創造的な思考と対話」を楽しんでほしいと結んだ。
1)本質を見抜くこと
自らの業務を「建学の理念」や「教育目標」との関連で見つめなおし、広い視野から新たな価値やサービスを創出していかなければならない。情報活用戦略を考える際には、「なぜ必要か」、「何を解決するのか」ということを徹底的に考え抜くなど、物事の本質を探究する姿勢が求められている。
2)創造的な思考と対話を重んじること
「データ処理」中心の業務スタイルを「創造的な仕事」に変革するためには、職員が「新たな価値を創り出す人材」に成長しなければならない。これからの職員には、創造的な思考と対話ができる豊かな「人間力」が問われている。
3)科学する心を持つこと
「何となく良さそうだからやってみる」では戦略とは言えない。ゴールを明確にし、達成度を省察的に振り返る科学的なアプローチが不可欠である。場合によっては教育工学や組織経営の理論などを援用しながら、教育効果を多面的に評価する視点を持つことが重要である。
3.グループ討議
討議は7~8名を1グループとして、講義やそこで紹介された事例を参考に、大学が抱える課題を1テーマ選定し、情報や情報技術を活用した課題解決の方策を検討した。
グループの構成は年齢、性別、業務部門等の偏りに配慮し、6グループに1名、コーディネーター役の研修運営委員を配置した。討議は四つのステージに分けて段階的な目標を設定し、最終日にまとめと発表の場を設け、グループとしてのレポートを課すことにより、単なる情報交換や議論の発散にならないように配慮した。また、各ステージの終了時点で、参加者が到達度評価項目と指標を参考に自己点検を行う仕組みを取り入れた。
なお、職務経歴や年数による講義への理解度の違いや、創造的思考を助ける実践的技法(KJ法等)の有無によってグループ間で問題発見プロセスや課題解決のためのディスカッションのレベルに差異が認められたことから、事前研修によって参加者の準備性を高めるなど運営面の改善を図っていきたい。
4.レポート
事後研修として、討議のまとめと発表内容を基にグループとしてのレポートを課した。職場に戻ってからのレポート作成は、定時後や休日を割いての作業、電子メールを使ってのやりとりとなり、レポートを担当された方に限らずメンバーの方も苦労をされたものと察する。その内容を拝見すると、合宿研修では限られた時間の中で議論を尽くせなかったこと、発表ではまとめきれていなかった部分についてブラッシュアップされたものも見受けられ、レポート作成を通じて議論を深めることにより、研修の成果をより着実に自身のものにされた方も多いと思われる。
5.まとめ
アンケートでは、「講義内容は自身の業務内容の効率化に大きなヒントを与えてくれ、それは同時に『自分のなりたい将来像』の実現のためのヒントでもありました」、「行き詰った議論も何度もありましたが、グループで何度も観察し、一つの提案に結びつくまでに到達できたのは、大きな経験となった」、「実践形式でのPDCAサイクルが体感できて勉強になりました。日々の業務では、計画して実行することにとどまっているが、今回checkとactionを実践したことで仕事に生かすきっかけになりました」など、講義内容、問題解決に向けてのプロセス(PDCA)をグループ討議で実践できたことに対して、満足度の高い評価が寄せられていた。また、「他大学と情報交換するということで自分の大学の強み・弱みを知るきっかけになった」「他大学の方とディスカッションすることで、自身の大学を客観的に見ることができました」など、他大学の方との交流や人的ネットワークの構築も、研修参加の成果として数多く挙げられていた。
文責:大学職員情報化研究講習会運営委員会