全体報告
大学が掲げる「学士力」や教育の質の保証を実現し、次代を担う人材育成、国際化への対応や生涯学習など、大学教育に対する時代の要求に応えていくためには、戦略的な計画立案と教育環境の構築が不可欠であり、大学職員には、大学の直面する課題について、その解決に必要な情報を収集、分析、評価し、解決策を提案・実行する、情報活用能力と実行力が求められる。
本協会では、大学職員に求められるこれらの能力養成を支援するために、「基礎講習コース」(本コース)と、専門性を考慮した分科会を構成して、事例研究を踏まえて研究討議する「応用コース」(11月開催)の、2つの研究講習会を実施している。
本年度の本コースは、7月6日~8日の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルで開催し、参加者数は、加盟校・非加盟校合わせて82の大学・短期大学から180名(昨年101大学 202名)であった。
参加者の内訳は、所属別では、学事・教務系が32%、情報システム系が13%と多数を占めるが、就職支援、総務、人事、財務、経理、管財、広報、図書館と全分野にわたる。在職年数別では3年以下が76%(昨年75%)、年齢別では20代が69%(昨年77%)を占めている。今年度は募集要項では、IT系を中心に経験者採用が増えていることに鑑みて、「他業種からの転職者には大学という職場や職員の役割を学ぶ機会」という記載を追加したが、経験年数3年以下の参加者が増える一方で20代が減少した理由は、この現われとも考えられる。
本コースは、冒頭に掲げた大学および大学職員に求められる課題の解決において、情報を活用することの重要性を理解し、職員の共通能力としての情報活用能力を高めることを目的として、以下の成果を獲得することをねらいとして掲げた。
・大学を取り巻く環境、社会が大学に求める役割についての認識を深める。
・大学職員に求められる役割と能力(「職員力」)について理解する。
・情報を活用することの重要性を理解し、その活用による問題解決能力を高める。
・問題解決のプロセスを実践し、理解する。
・参加者間の人的ネットワークを構築する。
講習会は、本協会常務理事(大学職員情報化研究講習会担当)岡本史紀(芝浦工業大学教授)による、大学職員情報化研究講習会(基礎講習コース、応用コース)開催の趣旨や大学職員に期待することを含めた挨拶に始まり、以下のプログラムにより実施された。
【第1日目】 情報提供と事前準備のステージ
イントロダクションと講義により、大学を取り巻く環境の変化や職員として具備すべき能力、大学の情報化のあり方についての説明と、情報技術を活用した教育支援や人材育成支援の事例紹介を行い、グループ討議のオリエンテーションを経てグループ討議の第1ステップとして課題の洗い出しを行う。
【第2日目】 問題解決プロセス実践のステージ
グループ討議の第2、第3ステップとして、課題の掘り下げと解決に向けての討議を行い、問題解決のプロセスを実践する。
【第3日目】 成果整理と省察のステージ
グループ討議の成果の発表、他グループとの意見交換を行い、自グループや自己の成果について省察を加える。
これまでに重ねた講習会やアンケートの分析から、参加者の「気づき」がグループ討議や個人の成果に大きく影響を及ぼすことが浮き彫りにされており、オリエンテーションでは、イントロダクションや講義で重要と感じた点を振り返り、グループ討議で取り組む課題やその要点について整理して「気づき」を誘導する時間を設定した。また、Jimmy Carter著“Why not The Best?”(日本語訳「なぜベストをつくさないのか:ピーナッツ農夫から大統領への道」)の一文を引用して、自己の気づきの重要性を紹介した。
1.イントロダクション
大学職員に求められる能力
説明者:木村 増夫氏(上智大学学生局長、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員長)
本コースのねらいとするところについて、その背景にある大学教育への社会的要請、大学職員への課題と結びつけた説明に続き、合宿研修という形を活かして、実り多い3日間とするために、全員参加で取り組むこと、そのような場となるよう全員が努力すること、集団思考のメリットを活かすことが、基本的な約束事として示された。
次に、大学を取り巻く状況について、18歳人口の推移と多様な学生への対応、大学教育の質の問題、国際化や情報化等を背景に大学が果たす役割等を例とした説明を踏まえて、経済産業省による「社会人基礎力」や、中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育のあり方について」で示された内容を例示して、大学職員に求められる能力、資質について説明が加えられた。
社会的要請に対して大学が対応していくためには、職員一人ひとりが自律的に取り組むことが求められ、傍観者でなく、実質的に貢献できる職員となるためには「情報」を収集し、分析し、それに基づき解決策を考えて行動に移すことが必要で、そのためには「情報活用能力」と「実行力」が重要であると結ばれた。
2.講義
講義は、大学の運営や意思決定における情報活用、学修支援や学生指導における情報活用、それらを支える人材育成や職員が具備すべき姿勢について、体系的に理解できるよう構成した。
講義-1 「大学運営と情報の活用」
講師:齋藤 真左樹氏(日本福祉大学執行役員、大学事務局長)
【ねらい】
大学は、教育・研究の成果をはじめとして情報の宝庫といえる。しかしその情報は活用されなければ意味を持たない。情報を活用するためには情報環境の整備もさることながら、それを活用する能力が問われる。高等教育のユニバーサル化、グローバル化、大学認証評価と教育の質保証など、大学を取り巻く環境変化に迅速かつ柔軟に対応するために、情報を最大限活用することによって、教育改革、業務改革、経営支援などを行う時代である。
学生・教員に、より充実した学問・研究の場を提供し、大学の使命を果たすために、大学運営の根幹を支える情報の活用の重要性について、経営戦略や組織改革など、組織における意思決定のプロセスを中心に、本学の事例も紹介しながら解説する。
【概要】
第2クールに入った大学認証評価においては、基礎達成度評価から達成度評価へ、また、外的質保証から内部質保証へと軸足が移されている。このことは、PDCAサイクルにたとえると、従来はPlanとDoまでを求められていたが、これからはCheckとActionまでを実施して、PDCAサイクルを回すことが求められることになる。換言すると、より実質的な質の保証が求められている。これらの要求に対応していくためには、イントロダクションの繰り返しになるが、職員には「情報活用能力」と「実行力」が求められる。
大学における「情報」とは何か、大学業務の根幹を支える「情報」について、教育、事務管理、経営、連携の4つの場面に分けた説明、大学職員に必要な「情報活用能力」とは何か、職員が「情報」を活用する意義等について解説が加えられ、日本福祉大学における事例として、科目ガイダンスによる教職協働による教育改革の概要が紹介された。
講義-2 「情報技術を活用した教育支援・人材育成支援に求められるもの」
講師:斉藤 和郎氏(札幌学院大学教務部事務部長、大学職員情報化研究講習会運営委員会副委員長)
【ねらい】
教育改革を推進する手段として、情報技術の活用は有効である。一方で、単に情報技術を導入しただけでは本来の目的を達成できないことも確かである。
目標を明確化し、その到達度を適正に評価・分析し、次の改善につなげていく。こういったプロセスを教職員の組織的な連携によって展開し、例えば、「自分たちの大学も変わることができる」、「何よりも自分たち自身が変わることが大切だ」という気づきの中で人と組織がともに変革していくような場の形成が求められているのかもしれない。
本講義では、先行事例を参照しながら、情報技術を活用した教育支援・人材育成支援を展開する際に、わたしたち職員が備えるべき視点、担うべき役割について受講者と一緒に考えてみる。
【概要】
冒頭に、本講義にて獲得していただきたいこととして、3つの到達目標が提示された。
・情報技術を戦略的に活用する際に備えるべき視点を獲得する。
・教育改革への職員の関与について具体的なイメージを獲得する。
・教育活動を評価することの萎靡について基本的な考え方を理解する。
(1)情報技術を活用するということ
「情報活用」と「データ処理」はどう違うのか。それは、自身が担当する業務を「教育目標」との関係で捉えなおすことができるかどうかによる。すべての業務は教育支援、人材育成支援に関与し、個々の教職員の活動の総体が大学の教育活動につながっている。
(2)情報技術を戦略的に活用するということは?
単に情報技術を導入しただけでは所期の目的は達成できない。それに先立ち、「目的」は何なのか?「目標」は明確か? 成果について適正な評価手法が用意されているか。これらの事前の準備を入念にすること、常に「建学の理念」や「教育目標」を念頭に置き、協業や連携の中から情報を活用しようとする「心がまえ」が重要である。
(3)職員に求められる役割とは?
大学職員に求められる役割とは、情報や知識を活用した「新たな価値創造の場」を形成し、教職員の協働と連携をマネジメントすることにある。求められる能力を有する職員に成長するためには、何よりも自己変革の意識が重要である。そして、戦略的に活用するための組織・環境を創り出すことが重要である。
(4)目標を設定し、評価するということは?
「戦略は試行錯誤の中から生まれる」という考え方に立てば、成功や失敗を積み重ね、これをしっかりと評価しながら組織にふさわしい戦略を創り上げていくことが求められる。漫然とデータ眺めるのではなく、複眼的な視点から省察を行うなど、「PDCA」サイクルの実質化を図ることが重要である。
参加者アンケートでは、日本福祉大学での事例として紹介された科目ガイダンスやe-Learning、札幌学院大学の「はぐくみ」に高い関心が寄せられており、このことは、参加した職員の多くが、所属大学の多くにおいて、教職協働による学生の学修や生活支援が重要な課題と認識されている現われと考えられる。
自分が「情報活用」できていたと思っていたことは、単なる「データ処理」に過ぎなかったことに気づかされた。「情報活用」と「データ処理」の違いについて明確に分かり、これを意識して取り組んでいきたい。新入生を「種」に例えた説明から、学生をはぐくみ育てることの大切さを痛感した。入職後思うようにならず悩んでいたが、自分から動かねばならないことに気づいた。「出来ない」とあきらめず自ら不足している部分を補うべく動くことを学んだ。「建学の理念」「教育目標」という一番大切で根底にあるものを忘れていたが、基本を思い出すきっかけとなった等、大学職員としての基本姿勢を学び、モチベーション向上につながったという趣旨の感想、意見も多数寄せられた。
3.グループ討議
討議は7~8名を1グループとして、講義やそこで紹介された事例を参考に、大学が抱える課題を1テーマ選定し、情報や情報技術を活用した課題解決の方策を検討した。グループの構成は年齢、性別、業務部門等の偏りに配慮し、4~5グループに1名、コーディネーター役の研修運営委員を配置した。
討議は以下に示す4つのステージに分けて、段階的な目標を設定して進め、最終日にまとめと発表の場を設けた。各ステージに到達度評価項目と3段階の評価規準を提示して、参加者が自己評価により到達度を確認できるようにした。
討議においては、活発な意見交換が行われるようブレーンストーミングを、問題点を見える化し、共有して討議が進められるようカードを用いた整理法を適宜取り入れた。
第1ステージ
・相互理解のための自己紹介
・役割分担(グループ討議の進行係、記録係)、グループ名設定
・グループ討議のテーマ設定
テーマ例) 「職員力」向上のための情報活用と自己研鑽
学生によりよい学修環境を提供するための情報・情報技術活用
戦略的な大学運営を支える情報基盤のあり方等
<到達度評価>
・課題発見能力:大学が抱える諸問題について、その本質的な課題を探るため、多様な観点から事象を分析しようとする態度を持つ。
第2ステージ
・課題解決に向けてのディスカッション
午前:討議テーマについて、問題点の掘り下げを行う。
ブレーンストーミングやカードを用いた整理法を活用し、問題点の洗い出しと掘り下げ、整理を行い、問題の本質(何が問題なのか?)と目的(何のために?)について正確に把握し、グループ内での共有を図る。
午後:解決策を検討する。
グループには担当業務や経験が異なるメンバーが含まれる。それぞれの視点から、全体として多角的視点から問題を捉え、解決策を検討し、その実行計画を立案する。結果の評価、そのフィードバックについてまで立案できると、一歩上の成果につながる。複数の解決策が出た場合は、1つに絞る必要はなく、それらを比較・評価することにより、新しい視点や方向性の発見も期待できる。
<到達度評価>
・創造的思考力:課題解決を図るため、独創的かつ斬新なアイデアを提示し、創造的な議論を促そうとする態度を持つ。
・コミュニケーション能力:他のメンバーの意見やアイデアを尊重し、議論を発展させるためにお互いに協調しようとする態度を持つ。
第3ステージ
・研修成果のまとめ
グループとしての結論をまとめる。
発表資料を作成する。
研修で得たものを各自振り返る。
<到達度評価>
・スキルを使う姿勢と態度:討議を通じて学んだ成果を認識し、これを常に磨きながら、自身の大学の教育改善に使おうとする態度を持つ。
第4ステージ
成果の発表、他グループとの意見交換を行う。
<到達度評価>
・プレゼンテーション能力:グループでの討議内容を他のグループに分かりやすく伝えるため、相互に協力しながらポイントを取りまとめ、簡潔に発表する。
・人的ネットワーク:大学に戻ってからもメール等で交流を続け、相互に刺激し合えるような人的ネットワーク(人脈)を形成する。
第1日目のグループ討議に関する各運営委員の報告から、講義における事例紹介の影響が強くでたためか、「何のために」という目的や根本となる事項の議論が不十分なままに、学生カルテやe-Learning等のシステムづくりやツールの活用について話し合われているグループが多いことが判明した。第2日目の午前中に、研修運営委員から目的について「気づき」を与えるサポートを行った。これにより、それまでのHow中心の議論においては、学生カルテやe-Learningに関する知識レベルによって議論への参加度合いが制約されていたが、「学生」を中心に据えて、「何のために」という目的に遡って討議をやり直すことにより、グループ員が同じ土俵に乗ることができ、いろいろな職場や経験に基づく意見が活発に出されるようになり、グループの一体感も創成された。
4.研修レポート
事後研修として、討議のまとめと発表内容を基にグループとしてのレポートを課した。
2泊3日という限られた時間の中で議論を尽くせなかったこと、発表ではまとめきれなかった部分について手が加えられたものが多く、レポート作成を通じて、研修の成果をより着実に自身のものにされた方も多いと思われる。
5.まとめ
今年度の本コースの運営おいては、参加者にいかに「気づき」の機会を提供するか、これを重点課題として取り組んだ。「気づき」にたどり着かずに討議が進められたグループがあったことは、それに先立って行ったオリエンテーションの進め方に改善が必要であると考えられる。一方で、「気づき」を与えてから見られた変化の大きさは「気づき」の重要性を裏付けるものと言える。
「気づき」を与えることの難しさと、「気づき」の効果を痛感させられ、この点は運営側の次年度以降のプログラムに反映していきたいと考える。
本コース終了直後に提出いただいたアンケートでは、問題解決に向けてのプロセス(PDCA)について、講義での説明により理解を深められたこと、グループ討議で実践できたことに対して満足度の高い評価が寄せられ、他大学の方との交流や人的ネットワークの構築も、研修参加の成果として数多く挙げられていた。また、「今回の研修は「考える」研修でした。これまで自分がいかに「考える」ということを怠けていたか痛感しました。」、「最初は勤続年数、所属がバラバラで、まとまるか不安だったが、多角的な視点で課題に取り組むことができた。」、「自分が勤務している大学のことしか知らないのは考えが狭くなる。このような機会をもっと活用していきたいと思った。」等、本コースの参加が職員力向上に向けての自己啓発につながる趣旨のコメントも多く寄せられており、本コースのねらいは達成されたものと考える。
文責:大学職員情報化研究講習会運営委員会