開催報告
私立大学における職員の職務能力の開発・強化を支援するため、主体的な学びを促す教育環境の工夫等、ICTを活用した大学改革の基盤づくりについて認識を深めることを目的として基礎講習コースと応用コースの2つの研究講習を実施している。
本年度の基礎講習コースは、参加者がICT活用の可能性や工夫について基礎的な理解を深め、大学の管理運営や教育活動の充実に向けて主体的に取り組む考察力の獲得を目指して、7月17日~19日の3日間、静岡県の浜名湖ロイヤルホテルで開催した。
加盟校・非加盟校合わせて61の大学・短期大学から121名の参加があり、参加者の内訳は、所属別では、学事・教務系(36%)と情報システム系(19%)で過半数を占めるが、総務、人事、財務、経理、管財、広報、就職支援、図書館と、大学における業務の全分野にわたる。在職年数別では3年以下が72%、また、年齢別では20代が70%を占めている。本研究講習会を職員の初年次研修に組み込んでいる大学もある。IT系を中心に経験者採用の方たちの参加も多い。
研修前後の時間には名刺交換が盛んに行われ、座学、グループ討議による研修に加えて、他大学職員との交流の場として活用されている。
研修は、そのねらいを達成するために、全体研修とグループ討議の2部構成で実施した。
基礎講習コースのねらい
・ ICTの活用が大学の管理運営、教育活動の充実に果たしている役割を認識する。
・ 業務改善にICTを積極的に活用する姿勢を身に付ける。
・ 目的達成のために、ICTの可能性や工夫について考察できるようにする。
1.全体研修
研修を進めるにあたり必要となる、大学を取り巻く環境、大学改革や大学教育の質的転換の必要性、ICT活用の意義などについて、基礎的知識や情報を提供し、課題の共有を行った。
イントロダクション 「大学職員に求められる能力」
説明者:木村 増夫氏(学校法人上智学院理事長付主幹、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員長)
イントロダクションでは、大学を取り巻く環境や大学教育への社会的要請を踏まえて、課題解決に向けて大学職員の果たすべき役割と求められる能力(職員力)についての説明が行われた。
はじめに、2012年3月26日、中央教育審議会大学分科会大学教育部会が「審議まとめ」として作成した「予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ」を紹介し、18歳人口の推移と多様な学生への対応といった“量的課題”、大学教育の質に関する課題、国際化や情報化等を背景に大学改革に対する期待の高まり等について説明が加えられた。
続いて、大学職員に求められる能力(職員力)について、経済産業省が提唱している「社会人基礎力」、中央教育審議会の答申、私立大学連盟から出された「私立大学マネジメント」等を資料として、社会的要請に対して大学が対応していくためには、職員一人ひとりが自律的に取り組むことが求められ、傍観者でなく、実質的に貢献できる職員となるためには「情報」を収集し、分析し、それに基づき解決策を考えて行動に移すことが必要で、そのためには「情報活用能力」と「実行力」が重要であると結ばれた。
情報提供1「教育の成果を公表する社会的責任とICT活用」
講師:石井 博文氏(芝浦工業大学理事室部長)
大学が社会的責任を果たすために構築する教育情報の役割及び戦略的活用について基礎的な理解を得ることを目指し、同大学における事例を交えて解説された。
教育情報の公表は義務化されている。ユニバーサル化、グローバル化の中で、大学は社会に対して大学の実像を正確に伝え、社会から適正な評価を受けることが求められている。それを実現するために、大学にある情報を集め、それを数値化し、可視化し、評価の指標として管理する。そのデータの分析結果を、教育研究、学生支援、大学の経営等に活用する。学校法人はこのようなことが実施できるよう、適切な情報環境、体制を構築しなければならない。
=芝浦工業大学における事例=
■教育スキームの「見える化」
・PDCAサイクルに基づく教育プログラム展開
PLAN/DO
大学の持つべき3つの方針の明確化・具体化(見える化)により、教育プログラムの目標と、その実現のためのカリキュラムを設定する。
CHECK/ACTION
教学IR体制により、教育実施後の目標達成度の評価と教育プログラムの改善を行う。
・学習達成度を意識したルーブリック設定
■運用体制の整備
・「情報公表規程」により、公表内容・責任体制の明確化と広報部門の機能強化を図る。
・教育イノベーション推進センターを新設し、FD・SD・IRの各機能を一体推進する。
■ユビキタスな情報インフラの構築
・高速学内LAN
・統合データベースシステム(情報の一括管理)
・教職協働を意識したファイルシステムと安全なアクセス環境(端末、セキュリティ)
情報提供2
教育の質的転換に求められる学修環境として、教室外での事前・事後学修を実現する学修支援システムの機能と運用・利用上の課題、教育の質保証を点検・支援する学生カルテシステムの効果及び課題について整理・確認し、教育改善にICTを活用することの重要性と可能性について事例を踏まえた情報提供が行われた。
「学修支援システム(LMS)を活用した主体的な学修環境の構築」
吉田浩史氏(京都産業大学情報センター課長、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員)
京都産業大学ではWebベースの授業支援システムの導入について2000年頃より検討を重ね、全学部の共通のLearning Management System(LMS)として、2005年にMoodleを導入した。
導入にあたって、大学の教育研究用情報基盤を検討する情報教育委員会(当時)で、情報センターから導入するシステムの調査、運営方針等について提言、予算化を行い、全学的な理解と協力体制を作り上げて行った。
Moodleには資料配布、課題提出、小テスト、フォーラム(掲示板、情報共有)等の機能があるが、それらを使うために利用者の負担が増えては本末転倒である。教員へのマニュアル配布、ヘルプデスクの設置、授業履修データの自動連携等、利用者に負担をかけない利用環境整備により、専任教員の7割以上、学部学生の9割が利用するシステムに成長した。
学生のログインデータから、授業時間以外の、学生の学修時間が把握でき、自習用の教室の確保、学習意欲が湧くスペースの確保等、学修時間を増やす環境づくりの提案につなげている。
Open Sourceソフトウェアの利用は、ライセンス料等の経費節減、独自のカスタマイズ等が魅力であるが、一方で、確実なサポートが得られない、マニュアル、ヘルプデスクはすべて自学でまかなわなければならない等、運用を担当する情報センターの職員には技術力が要求される。
導入したICTは現場で活用されてこそ意義がある。教員と、信頼関係と協力関係を構築し、積み重ねることが肝要である。
「学生カルテを利用した個別指導の効果」
中田美喜子氏(広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科教授)
広島女学院大学では、2007年度後期に学生カルテシステムの試作版を作成し、2008年度より全学で利用を開始した。2013年度より新システムに移行している。
従来は、紙ベースの学生カルテ、メーリングリストでの情報共有を行っていたが、個人情報や過去の情報の管理等、その時点での改善要望を反映する形で、2007年に学生カルテシステムの試作版を立ち上げた。
導入効果の主なものとして、学生への対応がより細かく、個別にできるようになった、注意が必要な学生を早期に発見することが可能になった、全教員が共有し、さまざまな科目や場面における所見を記入することにより、学生の様子を多面的に把握可能になった、などが挙げられる。
学生による自己評価と教員からの評価の比較から、3,4年生は就職活動やその指導を経験して自己に厳しい社会性を求めている、学習面の評価では教員評価のほうが全学年に渡り高く学生に自身をつけさせる指導が必要など、教育現場へのフィードバック事項が明らかになっている。
運用における課題として、掲載情報の範囲、学生からのフィードバック要求にどう対応していくか、などが挙げられた。
教職協働による学生サポート体制と運用が重要であると締めくくられた。
全体討議「ICTの戦略的活用を実現するための大学職員の役割」
登壇者:中田 美喜子氏(広島女学院大学生活科学部生活デザイン・情報学科教授)、石井 博文氏(芝浦工業大学理事室部長)、吉田 浩史氏(京都産業大学情報センター課長、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員)、木村 増夫氏(学校法人上智学院理事長付主幹、大学職員情報化研究講習会運営委員会委員長)、井端 正臣氏(私立大学情報教育協会事務局長)
全体討議は、冒頭に15分ほどのミニグループ討議の時間を設け、グループごとに情報提供に対する質問事項をまとめ、登壇者が回答・補足説明をする形で進めた。
世界を舞台に進行している学びの革命の事例として、MOOC(Massive Open Online Courses)、および、他大学が提供している教材を含めてインターネットを利用して講義を自宅で受け、演習問題を教室で解く反転授業が紹介された。
優れた教材をインターネット上に公開することにより優秀な学生が集まる。オンラインでの学習成果(評価)を就職活動に活用する。就職後もMOOCを利用して新たな知識を獲得し続ける。国境を越えた学びの革命、人材獲得競争が既に起こっている。
日本の大学も、このような波に対して何をすればよいのか、模索し、実行していかねばならない。このような世界の動きを科学的データとして教員に提示し、新たな取り組みを提案し、必要性、理解を求めていくことが、大学職員の重要な役割の1つである。
最後に、本報告の冒頭に掲げた、本研修の目指すところを繰り返し、グループ討議ではこのようなことを念頭に意見を交わし、成果を持ち帰っていただきたいと締めくくられた。
2.グループ討議
グループ討議では、自らがどのように教育改革や大学改革に関与すべきか、対話と議論により望ましい改善案の提言作りを通じて、主体的な考察力、イノベーションに取り組む姿勢の獲得を目指した。
7~8名を1グループとして16グループに分かれ、討議のサポート役として、2~3グループに1名、研修運営委員を配置した。
「グループ討議“見える化”シート」により討議のポイント明示することで、限られた時間で効率よく、実施的な討議が交わされるよう配慮した。
参加者に修得していただきたいスキル(能力)について6項目を設定し、3段階の自己評価により到達度の確認を行った。
①課題発見能力:
大学が抱える諸問題について、その本質的な課題を探るため、多様な観点から事象を分析しようとする態度を持つ。
②創造的思考力:
課題解決を図るため、積極的にアイデアや意見を述べて、創造的な議論を、促そうとする態度を持つ。
③コミュニケーション能力:
他のメンバーの意見やアイデアを尊重し、議論を発展させるためにお互いに協調しようとする態度を持つ。
④スキルを使う姿勢と態度:
討議を通じて学んだ成果を認識し、これを常に磨きながら、自身の大学の教育改善に使おうとする態度を持つ。
⑤プレゼンテーション能力:
グループでの討議内容を他のグループに分かりやすく伝えるため、相互に協力しながらスライドを作成する。
⑥発展的思考力:
質疑応答や他グループの発表から、新たな着眼点や改善点を発見して、それを相互のブラッシュアップにつなげようとする態度を持つ。
★グループ討議の流れ
ステップ1:気づき、発見の時間
第1部(イントロダクション~全体討議)を受けて、大学改革の必要性、職員に求められる能力、ICT を活用して教育改革及び業務改革に関与することの重要性と主体的な取り組み姿勢について、各自がどのような“気づき”を得ることができたか、グループ内で発表し、共有した。
ステップ2:討議と成果のまとめ
大学改革や主体的な学修環境を構築するにあたり、職員各自が果たすべき役割や、それを実現する手段としてICT を活用する意義、重要性について確認、共有し、教育活動や大学の管理運営のイノベーションの実現に向けてICT を活用した望ましい改善策の構想作り等について、以下のステップを踏んで議論を行った。
(1) テーマ設定
(2) 問題の深堀
(3) 解決策の検討
(4) 討議結果のまとめ
(5) 発表準備
ステップ3:発表会と意見交換
グループ討議の成果発表、グループ間での相互評価、意見交換を行った。
ステップ4:省察(アンケート記入)
グループ討議、発表会・意見交換会を踏まえて、各自、省察を行った。
グループ討議の進捗や成果は、それぞれのグループにより異なるが、その一部を以下に紹介する。
■学生に目的意識を持たせる
大学の役割とは『優秀な人材を社会へ輩出すること』であると考えた。目的意識を持たずに入学する学生に対して,大学は目的意識を芽生えさせるように促すことが必要であり,教職員が学生のニーズを把握していない事や,情報が学生に上手く伝わらない事が考えられた。
学生のベクトルを大学へ向けさせるためには,入学初期段階において,学生が大学に期待が持てるよう,支援体制を明確に打ち出す必要があると考え討議した。
■学生の“前に踏み出す力”を育成する
社会を生き抜く力を養成するためには、学生にやる気と自信をつけさせることが重要であるという発想から、『学生の“前に踏み出す力”を育成する』という提案がなされた。本提案は、仮想化が進む現代にこそ、学生同士のリアルな関係づくりが重要であるという視点から、大学が居場所ときっかけづくりを支援する。「友達・仲間」という影響力で学生個々の主体的な学びを促し、ゆくゆくは学生・教職員の共創で良い循環を続ける。アクティブラーニングへの移行や学修時間増加の達成という面から参加者にとって興味深い発表となった。
多くのグループが学生支援に関するテーマを選んだが、「学生の成長記録を社会と共有し外部評価を受けて自らに気づかせる」という新たな取り組み、授業の改善や教育の仕組みの改善といった、教員、大学へのアプローチについて議論したグループもある。
■学生成長記録簿の公開スペース設置
主体性のある人材育成を行うという観点から、学生自身から外部に情報を発信するという『学生成長記録簿の公開スペース設置』という新規性のある提案がなされた。これは、本研修会初日に情報提供されたMOOCや授業支援システム等を参考とした、発展的な事例であると推察される。
同提案は、成長記録簿を可視化することで、学生自らの成長を自覚させ、その情報発信を通じ外部からの評価を得ることで学生自身に気づきを与えるものである。これにより、学生は、自身の主体性や成長過程を再確認することが可能となり、自分自身のアピール材料を外部に情報として発信することができる。大学としては、個々の学生が成長することでブランド力向上に一役を担うことができ、地域・社会は、大学資源の活用(知・人)等の新たな選定基準として活用することができるものであった。
■教育の改善、授業の改善
優れた人材輩出には授業や教育の改善が必要という、大学の核心の問題に迫った議論がなされたグループもあった。
3.まとめ
本年度の基礎講習コースは、全体研修では大学を取り巻く環境、ICTを活用した大学改革や授業改善の取り組みなどの情報を提供し、グループ討議では、参加者自らが大学改革の課題を発見し、その解決について討議し、大学のイノベーションの提案、ICTの活用についてまとめていただいた。
「大学の役割」について論じた結果として、「次代を担う人材育成」が全グループの共通の見解であった。具体的な改善の対象としては、学生支援を扱うグループと、授業の改善や教育の仕組みの改善といった、教員、大学へのアプローチについて議論したグループに分かれた。
研修という限られた時間の中で、すべての課題を網羅することができたわけではが、いろいろな大学の、いろいろな職場の職員が集まり、多角的視点から大学改革に関する議論がなされたものと推察する。
研修終了後、討議のまとめと発表内容を基にグループとしてのレポートを提出いただいた。合宿研修の限られた時間の中では議論を尽くせなかったこと、発表ではまとめきれなかった部分について、メール等による討議によりブラッシュアップされており、合宿研修の成果を職場に戻って振り返り、改めて報告書としてまとめることにより、研修での成果をより着実に自身のものにされた方も多いと思われる。
事後のアンケートでは、入職から日の浅い者にとっては情報提供の内容や課題が難しかったとのコメントも見受けられたが、問題に気づき/発見し、課題を洗い出し、解決策を考えるという日常では経験できない研修は、大学職員として一段の飛躍につながった、日常業務でも実践していきたいという力強いコメントも寄せられている。
2泊3日の研修の場でできることは限られている。研修で得たことを各自が実践する、自大学内に広めることで、自己と大学全体の職員力の向上につなげていただければと考える。
4.研修レポート
<A班>
A班1グループ 「北から南まで」 研修報告 発表資料
A班2グループ 「Action 2 University」 研修報告 発表資料
<B班>
B班1グループ 「チームひかっち」 研修報告 発表資料
B班2グループ 「B2班」 研修報告 発表資料
B班3グループ 「ビーチサンダル」 研修報告 発表資料
<C班>
C班1グループ 「あついスコール」 研修報告 発表資料
C班2グループ 「Team SJK8」 研修報告 発表資料
C班3グループ 「ファミ★レス」 研修報告 発表資料
<D班>
D班1グループ 「TEAMアグレッシブ」 研修報告 発表資料
D班2グループ 「D2班」 研修報告 発表資料
D班3グループ 「D3班」 研修報告 発表資料
<E班>
E班1グループ 「養殖うなぎ8切れ」 研修報告 発表資料
E班2グループ 「私たちの私情協」 研修報告 発表資料
E班3グループ 「SATUMA」 研修報告 発表資料
<F班>
F班1グループ 「K2」 研修報告 発表資料
F班2グループ 「TOKI」 研修報告 発表資料
文責:大学職員情報化研究講習会運営委員会