社団法人私立大学情報教育協会

平成17年度第3回物理学教育IT活用研究委員会議事概要

T.日時:平成17年10月15日(土)午後2時より午後4時まで

U.場所:私情協事務局会議室

V.出席者:藤原委員長、川畑副委員長、松浦、徐、太田、藤原、寺田各委員 、井端事務局長、木田

1. 報告書の授業モデルについて

議事に先立ち、本年度より新委員に就任いただいた寺田貢氏(福岡大学理学部教授)が委員会に初出席されたことに伴い、自己紹介がなされた。

・ 実験におけるIT活用授業モデル

川畑副委員長より、「偏光」、「薄レンズ」の実験における授業モデルを報告いただいた。

東京工芸大学では、一年生を対象とした「物理学実験」を開講している。「物理学実験」は工学部の5学科中4学科が履修することになっており、そのうちの3学科では必修科目として設置されているが、開講時期は学科により異なる。

この授業では、10テーマの物理学実験を用意しており、一日2コマを使って1テーマの実験を終了することにしている。履修学生は120名程度であるが、10グループに分けて、さらにそこから2人1組計6班に分けて実験を行わせている。担当教員は5名であり、1名につき2テーマを担当することしているが、そのため、1つのテーマを説明している時に、空き時間のできる学生が現れる。このような学生には、実験に先駆けてテキストを読むことを課しているが、なかには高校時に物理を選択していない学生も多数いるので、テキストの内容を理解できない場合がある。そこで、直感的な理解を学生に促すために、図表、写真、アニメーション、動画像を取り入れた教材をテキストの代替として用いることにした。

・「偏光」

1ページ目には、実際に偏光板の動きによる光の透過強度の変化を認識させるための画像が用意してあるほか、散乱と偏光の説明箇所でも、偏光板の方位を90°回転させるとレーザー光が消光する実際の現象を、動画を用いて提示している。このような概念的な説明を一巡すると、理解度を確認するための復習問題(穴埋め式)が用意され、それを経た後には実験の手順が図示され、教員の説明を聞かずとも実験に取り掛かることが可能となる。

・「薄レンズ」

この教材も偏光と同様にレンズの作図をアニメーションを用いて説明したものであるが、未完成の状態である。

以上の報告について意見交換したところ、下記の旨の意見があった。

  • 工学部の学生を対象としていても、ある現象に関する理論的・概念的説明を加えた方が良いのではないか。例えば「薄レンズ」の教材に「光軸に平行に入射した光線は屈折後、焦点を通る光線となる」とのテキストが書かれているが、それらの理由についての詳細な説明が表示されるような仕組みを加えた方が良い。
  • 高校で物理を学習した学生としない学生が混在していることに鑑みて、教材の中で難易度に応じた階層を構築した方が良い。
  • 報告書には、PowerPointの最適なフォントサイズやデザインなどに関して学術的な根拠に基づいた提言を加えた方が良い。

なお、満田委員より事前に授業モデル案を提出いただいたが、今回欠席されたことに伴い、次回改めて報告いただくことにした。

・ 講義におけるIT活用授業モデル

徐委員より授業モデル案「科学するこころの習得を目指したrealityのある物理学教育のために」について報告がなされた。

前回提出いただいた授業モデル案では、IT活用に関する言及が少なかったことを受けて、今回は授業でのITの活用方法をモデル案に付加いただいた。具体的には、対面講義中における演示実験のデジタル・ムービーやシミュレーションによる代用、講義終了後に復習・質疑応答を行うためのe-Learningシステムを利用することが挙げられる。なお、授業の一連の流れについては以下を参照されたい。

導入用演示実験のデジタル・ムービーまたはパソコン・シミュレーション → 講義 → 例題→ 映像を伴った身近な具体例の提示(PCによるデジタル・ムービー):身近な具体例を複数挙げることで,自然現象と物理法則を確実に紐付け,物理法則にリアリティを持たせる. → まとめ → 演習 → 次の講義までの継続学習として,復習と確認のためのe-Learning,掲示板を利用した質疑応答フォーラム


以上の報告について意見交換したところ、下記の旨の意見および質疑応答がなされた。

※質疑応答

Q:自然現象と物理法則を紐付けるために具体的にどのような教授法を行うのか。

A:例えば慣性の法則であれば、実際に慣性の法則に基づく身近な事例(ex.塩を振りまくと塩粒が飛び出す)に関するビデオコンテンツを用いて説明することを検討している。

※意見

○報告書を取りまとめる際には、授業評価、問題点、留意点なども加えていただきたい。


次に、松浦委員より、授業モデル案を報告いただいた。具体的な授業モデルの説明に先駆けて、日本学術会議物理学研究連絡委員会物理教育小委員会によって実施された「大学卒業生の進路に対応した基礎物理教育の調査・研究」、「大学の物理教育」掲載予定の覧具博義教授、鈴木亨氏の論考に関する紹介がなされた。

「大学卒業生の進路に対応した基礎物理教育の調査・研究」

この調査は、物理学科・応用物理学科卒業生を対象にして、自らの進路において大学の物理教育がどのように役立っているのかを分析・集計する目的で行われた。

主な特徴として、まず「物理を学んで役に立っている点(複数回答可)」を尋ねたところ、「本質的要素を抽出しモデル化できる」、「論理的に考えプレゼンテーションできる」と答えた者の比率が5割近かった。次に「学部時代に学んで有意義だったと感じている物理関係学部科目は何か」を選択式(複数回答可)で尋ねたところ、卒業後の進路に関わらず「卒業研究」、「実験」と回答した者がそれぞれ51.5%、46.6%であった一方、講義科目の比率は低かった。

これらの回答結果を産業界と教育・研究分野で比較すると、「卒業研究」、「実験」について良い評価を与える者の比率は双方で高いものの、一般講義科目については産業界に在籍する者の評価が相対的に低かった。このことから、卒業研究など教員・上級生とのコミュニケーションを通じて学習する科目の方が、評価が高いことが窺える。

「物理教育のシステム性の強化を(覧具教授)」

「教科書採択から見た高校物理の履修率(鈴木氏)」

覧具教授は、大学教育に携わるものは、大学教育というものの実態が成立していないことに気付きながらも、どうすることもできない状況であることを指摘している。つまり彼らの意識は、とにかく教えておけば後は学生が知識を統合することを期待する予定調和論、さらには自らの専門範囲内以外のことは一切関与しない、縄張り無責任論に縛られていると指摘している。一方欧米では、科目に一定の規則性を与えるようなシラバスの整理がなされ、自らの将来の専門のために必要な科目が一目で読み取れるような仕組みがなされていることから、日本においても教養科目と専門科目のコミュニケーション、連携が必要であると結論付けている。

鈴木氏は、高校の教科書採択状況から物理の履修を分析している。まず、高校生の物理離れが顕著であるという風潮とは反して、少子化が進む割には物理を履修する高校生の数は微増しているのが現実である。一方、化学に関しては選択者が減少しているが、科目「総合理科」が新設されたことに伴い、そちらに移行したことが予想される。なお、「総合理科」は物理と化学を融合した科目とされているが、内容的にはほぼ化学と同一であることから、

化学の選択者数は実際には減少していないことが窺える。

・松浦委員の授業モデル

以上の調査・研究、論考を考慮しつつ、IT活用の意義や目的を再考した。配布された資料では、IT活用の特徴として、@教材自体の双方向性、A教員や学習者同士のコミュニケーション機能を活用できること、Bマルチメディアや動的表現を挙げたが、ここでは特にAを強調したい(実際には、教室の都合上1コマの授業でしかAを実現できていないが、報告書では全ての授業でユビキタス環境が整備されていることを仮定する)。さらに、配布した資料には記載されていないが、その他の特徴として、C教材の電子化と専門科目への連結、D復習のためのe-Learningシステムが考えられる。

次に教育目標では、第一に、昨今の学生は数理的な考え方が脆弱であるので、「科学技術全般で共通的に要求される基礎技術である実態的な数量の着実な処理技術を身につける」ことを掲げた。しかしこの目標を達成するためには、ITではなく手による計算練習が必要である。次に、将来仕事や日常生活で役立たせるために、「力学の基本法則とその普遍性を理解し、運動方程式、運動量保存、エネルギー保存の概念を理解する」ことを掲げた。この目標を達成するためには、演示実験を行い、実験結果を推測させ、結果をもとに議論する必要がある。従って、報告書では、後者を目標の達成に向けた授業モデルを紹介することにした。

授業モデルのポイントは、実験を軸に、予想、議論などActive learningと参加者のコミュニケーションを重視することである。具体的には、個々の学生、グループの予想、実際の現象、議論、教員の解説をe-Learning上に記録し、授業時・授業後に閲覧できるようにする。それにより、学生の回答から共通的な誤概念を導出し、認識させることが期待できる。

なお、それ以下の授業進行の説明は、前回も報告されたことから、省略された。

以上の松浦委員の報告について意見交換したところ、下記の旨の意見があった。

  • 演示実験の仮説検証をe-Learningで補充するのは良いアイデアである。しかしながら、実験そのものをバーチャル化することに関しては教育効果が不確実であるので、その検証も必要ではないか。

次回委員会では、今回の意見を踏まえて、報告書執筆担当委員は、各授業モデルをより詳しく文章化いただくことにした。また、報告書に向けた情報収集のため、私情協が実施した「私立大学教員による授業改善に関する調査」の物理学担当者の回答結果を、藤原勉委員に分析いただくことにした。