特集

情報化時代の教育(2)



薬学教育におけるデジタル教材
−よりよい理解のために−

山岡 由美子(神戸学院大学薬学部教授)




1.授業がわからない

 薬学部で物理化学を教えていると、学生達は口をそろえて「難しい」「数学や物理が嫌いだから薬学部に来たのに」と言う。教え始めた当初は試験をしてもほとんど白紙ばかりで、どのように点数をつければよいのかと悩みは尽きなかった。そこで10年ほど前からCAIによる練習問題の解説を始めた。どのように問題に取りかかるのか、間違いやすい場所はどこかなど、ステップバイステップの指導をコンピュータ上で提供することにより、学生の食わず嫌いはなくなってきたように思われる。それでも黒板とチョークによる授業は学生にとっては苦痛以外の何者でもないらしい。


2.授業をおもしろく

 数年前からはコンピュータをプロジェクタにつないでいろいろな教材を提示するようにしている。電子顕微鏡の原子の写真、原子が近づくと電子雲が重なって分子軌道が形成されるシミュレーション、気体分子運動のアニメーションなどを見せると、学生は興味を持つだけでなく、概念の説明だけではわからないことも理解しやすいようである。特に、数式の理解のためには、MS-Excelによるグラフ表示が効果的である。分子の重さが変わったり温度が変わったりすると気体分子の速度分布はどのように変化するのか、反応速度定数が変わると薬物の残存量はどう変化するのかなど瞬時に見せることができるので、無味乾燥になりがちな数式を現実の世界と結びつけて教えることが容易になる。


3.学生のためのホームページ

 今年からはデジタル教材を統合したホームページで提供している(右図)。「この時間に学ぶこと」にはその時間の到達目標を、「授業の準備」には高校までに学んだことの確認を書いている。「試してみましょう」では授業で提示したシミュレーションを自分でやってみることができるようになっている。「練習問題」は前述したCAIである。「Question」の部分で学生は質問を書き込むことができるようになっており、それらの質問はデータベースに取り込まれて「Answer」で回答とともに見ることができる。まだ開発の途中であり、運用を開始して時間も経っていないので効果について議論できる段階にはないが、今後も学生が自ら学習できる場をできるだけ提供していきたいと思っている。


4.大学ではできないこと

 薬学を卒業した学生は卒業後すぐに医療の現場で働くことになるのだが、大学の中で現場に直結した教育ができるわけではない。もちろん病院や薬局における研修が行われているが、それだけでなく現場に結びついた教育を大学内でもできないかと、マルチメディアを活用した教材の開発も試みている。病棟での服薬指導の手法、病院薬局で行われている製剤技法などをビデオ撮影し、デジタル教材化している。一度に提示するビデオの時間をできるだけ短くし、全体の流れが分かるように解説の文章や資料を混ぜたホームページの形式をとることにより、教員が授業で提示したり学生が自習したりすることが簡単にできるようになる。このような教材を各大学が少しずつ持ちより相互利用できるようにすることにより、よりよい薬学教育が可能になるのではないかと考えている。


5.コンピュータを利用するために

 デジタル教材の議論はともすれば技術論に走りやすい。確かによいソフトウェアの開発はよい教育に結びつくことは事実であるが、その前提にはいかに教育するかという教育の目的論や方法論が必要である。単にコンピュータの画面を見せるだけでも教育効果を上げることはできるし、単にメールを利用するだけでも学生の理解を深めることはできる。普通の教員が普通の授業で簡単にコンピュータを使うことができるような人的資源も含めた環境整備が必要なのではないだろうか。


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