教育学における情報技術の活用

情報技術の活用と教育学の問題


西之園 晴夫(佛教大学教育学部教育学科教授)



1.教育の情報化と教育問題

 現在の情報化の進展に教育学が対応するときに、二つの側面がある。その一つは社会における情報化の進展がもたらしている問題について、教育学の立場から吟味することであり、もう一つは教育における情報化に対応するための問題である。教育学部には教育学の研究をもっぱらとする学部と、教員養成ならびに現職教員の教育を主たる任務としている学部とがあるが、後者については後で検討することとして、まず教育学の立場からの問題を吟味しよう。
 社会の情報化の進展に伴って、成人だけでなく子どもたちの世界にもさまざまな現象が起こっている。最近の子どもの事件や事故には、従来の社会では経験しなかったようなことが起こっているが、なかでも重要な問題は、生活の日常性が失われつつあるということである。われわれの日常生活は、仕事、遊び、休息などで構成されているが、そこには知的活動だけでなく、感性、身体性などに訴える活動がある。さらには他人との語らいや身体動作を含めてのコミュニケーションが重要である。このような身体のさまざまな器官を活用することによって、生きていることの実感と、ゆとりや潤いを感ずることができる。さらには感情的な安定を得ることができる。農耕生活であれば、仕事は感性と身体性を伴うものであったし、工業社会においても感覚などを練磨した熟練が重要な役割を果たしていた。ところが情報化の進展に伴って、感性や身体性などが疑似体験になりつつある。それはゲームなどに顕著に現れている。ボールを使わないサッカーの試合、ヨットに乗らないヨットレース、グリーンに立たないでクラブを振るゴルフなどにもみられるように、実体験を伴わない状況で、スポーツをしているような錯覚になることである。美術館もまたコンピュータ内に構築され、そこを訪れなくとも臨場感が体験できようとしている。
 このような「生きられた世界」からの遊離が人間の成長にどのように影響するのかについては、なお明らかになっていないが、人間教育学の視点からみるならば重要な問題である。現実と疑似空間とが区別できないだけでなく、逆に疑似空間こそ本物であって、実世界はその傍証であるとする考え方がある。ビデオの中の世界が実の世界であり、それを確かめるために生身の人を殺めるといった発想は、まさしく情報技術によって実現したことであって、教育的にはきわめて深刻な問題である。このようなことが起こらないように、人としての生活感覚を取り戻さなければならないが、そのためには、いわば生活の情報化ではなく、情報技術の生活化が重要な課題である。このような問題が理解されない限り、教育への情報技術の浸透は、情報技術関係者が期待するほどには進展しないだろう。


2.教育学における情報技術の活用

 学校教育の教育内容は、学習指導要領によって定められているが、小学校ならびに中学校については2002年度から、高等学校については2003年度から、新学習指導要領が実施されることになっている。それにともなって、教員養成大学・学部では、情報に関する教育が急速に整備されている。それと同時に情報技術を教育学部の教育に活用することが進められている。
 教育学部における情報技術の活用について、二つの側面から検討することができる。その一つは学校教育の教育課程に情報教育が加わることによって対応している問題であり、もう一つは情報通信技術を活用しての授業の実施あるいは研究交流である。前者の問題については、情報教育として他でも論じられるので、ここでは主として教育学の教育のために活用されている情報通信技術について紹介する。
 教育学部においても情報機器は早くから活用されていたが、特に最近では教育実習や教育技術の習得のために、ビデオ関連機器が広く利用されてきた。これは実習の指導方法としてマイクロティーチング、すなわち実習指導において小規模かつ短時間に焦点を絞って教えることの実技指導が行われた。しかし、最近になって「教えること」から「学ぶこと」への転換にもみられるように、学習者に焦点を当てた研究が重視されるようになり、しかも分析方法としても量的分析から質的分析に傾斜するにともなって、解釈に利用できるソフトウェアの開発が望まれている。量的分析であれば従来からの統計処理が活用できるが、質的分析では構文解析など複雑な処理が必要となるので、この点での発達が期待されている。
 一方、通信技術の活用としては、主として教育学部で教育工学を研究している者を中心として、全国規模で授業の交流が行われている。これはメディア教育開発センター(NIME)によるSCS(Space Collaboration System)の衛星通信を利用した授業である。授業科目としては大学院の教育実践に関わる授業が実施されて、参加大学の研究交流にも多いに貢献している。その詳細はhttp://www.crdc.gifu-u.ac.jp/cerd/scs/scs99syllabus.htmlに掲載されているので、参照していただきたいが、概略は次のようになっている。


平成11年度SCS遠隔共同講義シラバス
授業科目「SCS教育工学特講1」
講義テーマ及び講師
  1. 授業研究と教師の成長
     藤岡完治(横浜国立大学)、生田孝至(新潟大学)

  2. 教育実践研究の方法
     西之園晴夫(佛教大学)、吉崎静夫(日本女子大学)

  3. 授業設計と学習方略
     赤堀侃司(東京工業大学)、松居辰則(電気通信大学)

  4. 授業におけるコミュニケーションとその改善
    河原清(岩手大学)、吉田雅巳(NIME)

  5. 総合学習におけるカリキュラム開発の方法と授業実践
     村川雅弘(鳴門教育大学)、木原俊行(岡山大学)

  6. 授業者及び学習者の観察分析評価の方法と授業改善
     織田揮準(三重大学)、下村勉(三重大学)

  7. 質的分析による授業研究方法と授業改善
     大谷尚(名古屋大学)、山内祐平(茨城大学)

  8. シンポジウム「21世紀に求められる教師の資質能力とその育成」
    (講座担当者と参加者による遠隔共同討論)


 以上の他に「SCS教育工学特講2」としてやはり半期にわたり、全国の教育工学研究者による授業が隔週で計8回実施されている。その詳細は先のホームページを参照していただきたい。

 以上のように大学院レベルの教育について、衛星通信技術を利用して実施しており、わが国のこの分野での第一線の研究者が分担していることは、今後の教育学の教育のみならず研究にも大きな影響を及ぼすものと予想される。さらに、教育学の研究としてインターネットの普及は、教育学部と学校との協力関係をいっそう緊密にすることに貢献している。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】