教育学における情報技術の活用

情報教育学の夜明け前


楠元 範明(早稲田大学教育学部教育学科専任講師)
辰己 丈夫(神戸大学発達科学部人間環境科学科講師・早稲田大学メディアネットワークセンター非常勤講師)
原田 康也(早稲田大学法学部教授)



1.「情報教育」と「教科教育の情報化」

 広く教育の情報化を意味する広義の情報教育は、2003年より実施される高等学校普通教科「情報」の教育内容を中心とする狭義の「情報教育」(以後単に「情報教育」)と、既存学問領域の教育の情報対応を中心とする「教科教育の情報化」の二つに大きく分類できる。「情報教育」を「情報処理機器の操作技術」だとする誤解は論外であるが、狭義の「情報教育」と「教科教育の情報化」を混同した議論が多く見られる。「教科教育の情報化」は、バックグラウンドである学問領域に対する幅広い知識と深い理解、最新の研究結果の積極的な取り込みが必要である点で「情報教育」とは明確に区別され、概念として区別されるべきである[1-2]


2.「情報教育」

 紙面の都合上詳しくは述べないが、「情報教育」の三つの目的[3]のうち、「情報社会に参画する態度」すなわち情報倫理教育の手法に関してはコンテンツ重視教育という一つの糸口が見えてきた[4-8]。情報の科学的理解、すなわち情報科学の教育に関してはすでに多くの教育方法の研究がなされている。しかしながら、情報処理ハードウェアの進歩・普及とネットワークの発達によって初めて実現可能になりつつある「情報活用の実践力」に関しては未だ有効な手法は見いだされていない。


3.「教科教育の情報化」の推移

 「教科教育の情報化」について議論する際には、体系的・系統的学問領域の中において、ネットワークやコンピュータ等を授業形態に適合させて活用し、その教授方法における情報対応を考える「教科教育方法の情報化」を意味するのか、情報社会の進展に則して教科内容の見直しと教育課程の現代化を考える「教科の内容・教育課程の情報化」を意味するのかを意識する必要がある[2]。現在では「教科教育方法の情報化」への対応が議論の中心となりがちだが、より本質的な「教科の内容・教育課程の情報化」を論じることが今後重要となってくると考えられる。ただしこれらは独立事象ではなく、次のように並立しつつ推移していくと考えられる。

(1)既存の紙・黒板・視聴覚機器のマルチメディア化

 情報化がもたらすマルチメディア教材は、既存の内容・課程を前提とした教育の体系においても効果的に機能し、既存のメディアとの置き換えですむ部分も大きいので、この「教科教育方法の情報化」は初期の情報化過程において急速に普及すると思われる。発展系として、地理的・時間的制約を衛星や高速インターネットを用いて解消する遠隔(通信制)高等教育(大学院を含む)なども実現されている。

(2)学生主体の学習観への変化

 旧来の視聴覚メディア利用教育においては、教員が授業の中心であり、学生は受身の観客として位置付けられ、メディアは提示装置的として使われる傾向があったが、情報ネットワークとコンピュータの出現は、学生が直接参加・関与することができるという点で本質的に異なっていることに起因して実現される。

(3)情報化に伴う学習課程の変化

 社会における情報化の進展とメディアの進歩にあわせて授業形態の変化が、教育の見直しから教育の前提となる社会的価値観をも変える可能性がある。たとえば学問的にあまり本質的でない事項でも、これまでは正確に記憶しているかどうかが重要になることがままあった。しかし、情報化に伴う知識情報データベース構築と、随時ネットワークに接続できる携帯端末、自然言語処理を持つ高速検索システムという手段を容易に用いられるようになると、これらの記憶は無価値なものになりかねない。オンデマンド講義配信システムの実現とともに、記憶型テストも出席も成績評価に使うことはできず、学習評価の判断基準の再検討が教育学的にも現実的にも必要となってくる。そのためこれまで言われていた「メディアいかんにかかわらず学習課程・結果は変化しない」は、この段階で成立しなくなる。

(4)教育内容・教科課程の情報化

 教育現場を含む社会全体の情報化の進展に伴い知識や記憶に対する価値判断が変わり、各教科の教育内容・教育方法の大幅な再検討が余儀なくされる。これにより「教科の内容・教育課程の情報対応」がより進むことが想定される。


4.「教科教育の情報化」における注意点

 目的と手段を取り違えてはいけない。「教科教育方法の情報化」段階においても、ネットワークの発達に伴い総合大学をまるごと遠隔教育システムに乗せてしまおうという意見がでてくるが、これは各学問領域に対する考慮が足りない。例えば実験系科学・工学分野ではその学問の性質上、専門基礎教育の段階から長時間にわたる実習や充実した設備が不可欠である。これらを抜きにして遠隔教育対応することは不可能であるし、無理に対応しても単なる教養教育になってしまう危険性がある。このように「教科教育の情報化」においては、教育工学的側面とともに、各専門領域の視点を踏まえて、どの情報化手法が有効に機能するかを注意深く検討する必要がある。


5.情報教育学

 社会全体の情報化の進展は必然的であり、各学問分野の「教育内容・教育方法の検討」が重要なことは前述のとおりである。また社会を生き抜くためには「情報教育」の対象を高校生だけに限定はできない。概念としての「情報教育」と「教科教育の情報化」は厳密に区別すべきであるが、「情報教育」によって培われた情報活用能力が、「教科教育の情報化」を押し進めていく点では密接に連携している。そこでこれらに対応する「広義の」情報教育全般を広範囲に検討・研究する必要がでてきた。これを対象とするのが情報教育学である。
 早稲田大学における情報教育学の成果の利用として、教育学部の「視聴覚教育メディア論」および「教育工学研究」において、教育方法論の観点から「コンテンツ重視型の情報教育手法」の習得を一つの目標とした授業が行われている。またメディアネットワークセンターでは、コンテンツ重視の情報教育の情報化[4]が行われている。

参考文献
[1] 楠元範明, 辰己丈夫, 原田康也:
「情報教育」と「教科教育の情報化」.
早稲田教育評論Vol.14, 早稲田大学教育総合研究所,
in press,2000
[2] 原田康也, 辰己丈夫, 楠元範明:
「情報教育」の情報化.情報処理学会研究報告Vol.2000,
No.20, pp.41-48 情報処理学会,2000
[3] 文部省:情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて
(情報化の進展に対応した初等中等教育における
情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議最終報告),
1998 http://www.monbu.go.jp/singi/chosa/00000301/
[4] 辰己 丈夫, 楠元 範明:
『情報化社会に参画する態度』の扱い方について.
情報教育シンポジウム論文集, pp.167-174,
情報処理学会,1999
[5] 原田康也:情報倫理教育はいかにして可能となるか.
電子情報通信学会情報通信倫理研究会, 信学技法 FACE97,1997
[6] Takeo TATSUMI, Yasunari HARADA:
Why information ethics education fails. IFIP WG3.4,
INTERNATIONAL WORKING CONFERENCE,
Educating Professionals for Network-Centric Organizations pp.55-63 ,1998
[7] 辰己丈夫, 原田康也: 新しい「情報倫理」の目指すもの.
情報処理学会「人文科学とコンピュータ」特集号Vol.40, No. 3,
pp.990-997 ,1999
[8] Takeo TATSUMI, Yasunari HARADA, Noriaki KUSUMOTO:
Information Ethics Education as Science Education and
Simulated Network Emergency Exercises for Information Teachers.
International Conference on the Social and Ethical
Impacts of Information and Communication Technologies,
CD-ROM:ISBN88-900396-0-4, Rome, Italy,1999

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