特集
本間 政雄(文部省大臣官房総務審議官)
事実、森総理は、今年7月にこれまでの「高度情報通信社会推進本部」を発展的に解消し、「情報通信技術(IT)戦略本部」を設置するとともに、民間有識者からなる「IT戦略会議」を設けて、政府として本格的にIT革命を推進する体制を整えている。戦略本部は全閣僚により構成され、総理大臣が本部長をつとめ、IT担当大臣、郵政、通産両大臣が副本部長となっている。また、戦略会議の方は、ソニーの出井会長(座長)の他、牛尾治朗ウシオ電機会長、張トヨタ自動車社長、西垣日本電気社長NTT社長といった経済界代表、石井威望氏、大山永昭氏、竹中平蔵氏などの学識経験者、梶原岐阜県知事など自治体代表で20名から構成されている。
戦略会議・戦略本部合同会議は、7月18日、8月30日、9月20日と既に3回開催され、次の六つの検討課題について議論を重ねてきている。
1)日本独自のIT国家戦略の構築(今後のIT技術の展望)
2)電子商取引を促進するための規制改革、諸制度の総点検、新たなルールづくり
3)電子政府の実現
4)情報リテラシーの向上
(1.学校教育の情報化・・インターネット接続、コンピュータ整備、教育用コンテンツ開発等、2.国民の情報リテラシーの向上・・生涯学習、誰でも使いやすい技術・機器の開発)
5)情報通信インフラ、ハード、ソフトの整備・促進
(1.民間の知恵を総動員した技術力の向上・・産学共同開発、競争的資金、2.通信サービスの低廉化や利便性向上のための情報通信インフラの整備、3.通信・放送の融合化に対応した制度の整備など)
6)電子商取引を支える制度基盤の整備
(1.知的財産権保護、2.個人情報保護、3.情報セキュリティ、4.人材育成、人材確保)
このうちIT国家戦略については、9月20日に開かれた第3回合同会議において、起草委員会が設けられ、2ヶ月程度かけて議論し、年内にも策定される見込みとなっている。この国家戦略の基本的考え方として、出井ソニー会長は、4本の柱の一つとして超高速インターネット網への集中投資、電子商取引、電子政府と並んで、「超高速インターネット時代を担う人材の育成」として学校教育の徹底したIT化の推進を挙げており、教育が重要な柱になることはまず間違いがないと思われる。
また、いわゆる「IT基本法」(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)が臨時国会に提出され、成立した。この法律は、2001年1月6日から施行される。その内容を見ると、次のようになっている。
(1)目的
高度情報通信技術の活用により世界規模で生じている急激かつ大幅な社会経済構造の変化に適格に対応することの緊急性にかんがみ、高度情報通信社会の形成に関し、基本理念およびネットワーク施策の策定に係る基本方針を定めるとともに、高度情報通信社会推進戦略本部を設置することにより、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策を迅速かつ重点的に推進すること。
(2)基本理念
(3)施策の策定に係る基本方針
(高度情報通信ネットワーク社会の一層の拡充等の一体的推進、世界最高水準の高度情報通信ネットワークの形成、教育及び学習の振興並びに人材の養成、電子商取引等の促進、行政の情報化、公共分野における情報通信技術の活用、行動情報通信ネットワーク社会の安全性の確保等、研究開発の推進、国際的な協調及び貢献)
(4)重点計画
(5)高度情報通信社会推進戦略本部
(6)その他
「第2章 情報化への対応のための諸改革
・・・最近においては、コンピュータ、高度情報通信システム(INS等)、人工衛星などの新しい情報通信手段がめざましい勢いで日常生活に入り込んできている。これらの情報手段は・・・効用とともに副作用をもっている。最近の子どもたちの間でのコンピュータを応用したゲーム機器の爆発的な人気に象徴されているように、子どもたちの日常生活にも情報化の波が深く浸透しつつあることを考えると、今後の教育において本格的な取り組みがなされなければ、情報化の好ましくない影響だけが強く出てくるおそれがある。
・・・これに対し、新しい情報手段は、個人が望むときに望む情報を利用できるという情報選択の余地を飛躍的に拡大するとともに、個人が情報の受信、利用のみならず情報の収集、生産、発信も含めたあらゆる活動に携わることができるように、双方向の情報伝達を可能にして、情報及び情報手段の主体的な活用への道を格段に広げるものである。」「(1)情報化に関連した教育に関する原則
情報化に対応した教育を進めるに当たっては、情報化の光と影を明確に踏まえ、マスメディア及び新しい情報手段が秘めている人間の精神的、文化的発展への可能性を最大限に引き出しつつ、影の部分を補うような十全な取り組みが必要である。」「(2)初等中等教育や社会教育などへの情報手段の活用と情報活用能力の育成
・・・情報活用能力(情報リテラシー)の育成を図る必要がある。
ア 良質の教育用ソフトウエアの開発、蓄積、流通の促進・・。
イ 情報化に関する資質の育成・・」「(3)高等教育や学術研究への情報手段の活用と人材の育成
ア 大学の情報関係学部、学科の拡充を図り、あわせて学術情報システムの整備、図書館の情報化などの推進を図る。
イ 大学における情報関係学部、学科以外の学生に対する情報教育を拡充するとともに、先端的科学技術分野の人材養成のための新しい教育研究組織の設置を検討する。」
なお、臨教審の第3次答申(1987年4月)においても「情報モラル」の確立や「学校をはじめとする様々な教育施設を本格的な情報環境として整備する」ことなどが提言されている。さらに、「情報手段の進歩により・・・従来存在しなかったまったく新しい疑似環境の登場が予想される。新しい疑似環境は、目にとらえられないものを視覚化、顕在化したり、体験困難なことを疑似体験させるなど優れた機能をもっており、この機能を教育にも積極的に活用する。その際、実体験の軽視・・・など、負の作用が生じないよう適切な対応をする」と述べてもいる。今日見られるようなインターネットの隆盛、コンピュータや携帯電話・端末の普及など予想するのも困難であった1980年代半ばにこのような情報化に伴う危険、落とし穴について的確な指摘を行っていた臨教審の先見の明に驚かされる。
(1)次代を担う青少年や幅広い国民の情報リテラシー教育
2002年度から、中高等学校でITリテラシーに関する教育を必修化するとともに、小学校段階から各教科でITを積極的に活用することになっている。このため、いわゆるミレニアム・プロジェクト「教育の情報化」(1999年11月決定)に沿って、2005年度末までにすべての公立小中高校等(約4万校)のコンピュータ教室に子ども一人に1台を、普通教室に2台ずつ、各特別教室用に6台ずつをそれぞれ配置するとともに、2001年度末までにすべての公立学校がインターネット接続できるようにすることとしている。校内LANについても、補正予算による措置が行われた結果、計画を2年前倒しにして、すべての公立学校で2002年度末までに整備が終わるように計画的に推進が図られている。
こうしたハードの整備とともに、教育のソフトとも言うべき教員の研修や学校教育用コンテンツの開発も計画的に進めることにしている。コンピュータやインターネットなど多様な情報機器・メディアがあるが、これらはあくまで道具にすぎず、これらを主体的に使いこなして様々な教育の場面で適切に使いこなすことが決定的に重要だからである。「教育情報ポータルサイト」の開発を行い、2005年度に完成を目指しているのも、学校現場での適時・適切な情報活用を支援するためである。
(2)IT革命を支える創造的人材の育成
ITを経済・金融、生産活動をはじめ社会のあらゆる分野で活用していくためには、大学・大学院をはじめ専修学校を含む多様な高等教育機関においてIT関連人材の養成を図っていく必要がある。また、専攻に関係なく高等教育機関に学ぶ一人一人に高度の情報活用の力を身に付けさせることも重要である。このため、国立大学等における情報関係学科・大学院専攻の充実を図るとともに、情報メディアを利用した教育を総合的に支援する情報教育施設の整備を推進している。私立大学等に対しても、高速・大容量の学内LAN、コンピュータなどITの総合的基盤の整備を支援している。
(3)学術研究におけるIT革命への対応
ITに関する先端的研究を総合的かつ重点的に推進するとともに、大学等を接続する学術情報ネットワーク(SINET)の超高速化を図り、同時に学術関係の情報データベースの作成・提供を進めている。
(4)情報化の「影」の部分への対応
高度情報通信社会の到来とともに、子どもたちが情報を主体的に収集・判断・創造・発信ができる能力(「情報活用能力」)の育成を目指した情報教育を行うとともに、子どもたちがともすれば希薄になりがちな自然体験・社会体験など様々な体験活動ができるよう「全国子どもプラン」(緊急3カ年戦略)により、活動の機会と場を確保している。また、世代間の情報活用能力の差(いわゆるデジタル・ディバイド)の解消に向けて、学校・大学・専修学校・公民館など様々な教育機関を通じて学習機会を提供する。特に、今年次補助予算により、平成13年度末までに550万人がIT基礎技術を習得できるよう、公立学校や公民館、図書館の環境を整備することになった。
(5)ITの広範な活用
生涯学習、文化、スポーツなどさまざまな分野で多様な情報通信技術を導入・活用し、学習機会の拡大・拡充と効率化を図っている。
(6)開発途上国へのITに関する教育協力
今後、国際的なデジタル・ディバイドの縮小・解消に向け、ユネスコや放送大学と協力・連携して開発途上国における人材育成などに協力する。
(7)著作権の保護
インターネット上における利用者の著作権侵害行為についてインターネット・サービス・プロバイダーが負うべき法的責任に関するルールの策定について検討を進めるほか、インターネットを活用した教育や電子図書館に対応した著作権制度のあり方についても検討を行っている。
文部省では、政府のIT戦略会議等における検討状況を踏まえ、文教分野におけるIT関連施策について戦略的かつ重点的に検討を行うとともに、その総合的な推進を図るため、文部省IT戦略本部を今年7月に設置した。この本部の下に設けられた課長レベルの企画委員会を中心に、来年度概算要求への対応やIT関連施策のとりまとめを行ったほか、現在「文教分野におけるIT推進戦略」(仮称)の年内策定に向け精力的に検討を行っている。この種のものとしては、既に1995年8月に「教育・学術・文化・スポーツ分野における情報化実施指針」が取りまとめられ、各分野における情報化についての基本的考え方や具体的な施策を提示している。新しい「推進戦略」では、政府全体での取り組みも踏まえながら、また学識経験者の意見も聴取しつつ、基本理念、目標、施策を可能な限り具体的に示して提示したいと個人的には考えているが、行財政上の影響もありこれは今後の省全体としての、さらには政府全体としての検討課題であろう。
私見であるが、大学審議会での検討あるいは今後文部省としてのIT推進戦略(制度、予算措置など)の中で高等教育について検討する際には、例えば次のような視点が必要ではないかと考える。
高等教育におけるIT教育の実情・実態の把握の必要性。特にIT戦略会議や同じく総理直属の諮問機関である「産業新生会議」などにおいて、産業界、通産省などからいわゆる「IT人材」養成の必要性・緊急性が強調されている状況の中で、どの分野・レベルでいかなる能力・知識・技術を有する人材がどのくらい養成されているか、またされるべきかを正確に把握する必要性がある。高等教育機関は、社会・経済の求める人材に関する要請に適時的確に応える社会的責任があるが、そのためにはまず人材養成の現状と将来ニーズを定期的かつ継続的に把握する必要がある。
上記のような専門人材養成のための教育ではなく、大学、短大、高専で、全学生を対象としたITリテラシー教育がどのように、どのようなカリキュラムに基づいて行われているかを把握する必要性がある。2002年度から高校で「情報」が必修となり、高等学校卒業までに基礎的な情報リテラシー能力は身に付くことになっているが、高等教育では専門・専攻にかかわらずさらに高い情報活用能力が求められる。現状では、一般教育としての情報リテラシー教育は内容も水準も必ずしも未来の社会・産業のニーズに即したものとなっておらず、ある程度の標準化が必要と考えられるが、そのためには現状の把握が不可欠である。
高等教育機関における情報環境の状況の把握。専門教育の観点からも一般教育の観点からも各大学、短大、高専など高等教育機関における情報環境(コンピュータの整備状況、インターネットの接続状況、教育ソフトの保有状況、学生が個人として有する情報環境など)の実情を把握し、将来に向けての整備目標を設定することが必要である。現状では、教員・学生がどのような情報環境に置かれているか、情報機器や通信環境をどのような目的でどの程度活用しているかについての情報は少なくとも全国的には皆無とは言わないまでもきわめて乏しい状況にあり、今後どのような水準にもっていこうという政策目標を立てようにも基礎となるデータが欠けている。
初等中等教育段階においては教員に求められるコンピュータなどの操作能力、コンピュータなどを使っての教育能力などについて、一定の目標・水準を設定して計画的に研修が行われているが、大学などの教員については基本的に個々の教員任せになっているが、それでいいのかという問題がある。基本的な情報リテラシー教育は専門の教員にカリキュラムや教材の作成を任せるとしても、ITを活用したカリキュラム開発、教材作成などを支援する既存の情報処理センターなどを大幅に拡充し、教員に対する支援機能を強化するとともに、私情協や情報処理学会などが中心となって教員に対する各種研修会を開催したり、各大学の協力を得てカリキュラムや教材について先進的・標準的な事例の開発・提供事業を強化すべきではないか。
今後ますます高度化・複雑化・グローバル化する社会・経済にあって、高等教育に対するニーズは拡大することはあっても衰退することはあり得ない。問題は、高等教育に対するアクセスの問題であり、現実に拡大する学習ニーズがあっても提供される学習機会が時間的空間的に制約があれば、ニーズは顕在化しない。その意味で、インターネットや衛星通信など新しいメディアには、こうした時間的・空間的制約を軽々と超える画期的なメリットがある。経済的負担も軽減される。今後、高等教育を、集合型・一斉授業型、対面授業の教育の態様が求められる伝統的な高等教育の部分、単位や学位の取得を目的としているが時間的・空間的制約があるためにできるだけ効率的に高等教育を受けたいという主として社会人を対象とする部分、さらに単位や学位取得というより学ぶことそれ自体が目的という人たち、あるいは資格試験や国家資格に挑戦するために効率よく知識・技術を身に付けたいという人たち、最新かつ先端的な知識・技術を学びたいという人たちを対象とする部分、など高等教育に対する期待・これを受ける目的などに応じていくつかの区分に分け区分ごとに最適のメディアの活用を考えていく必要があると考える。
同じことは、国境を越える高等教育についても言うことができる。実際に我が国の大学に来て、日本人の学生に混じって教育を受け、日本人の間で生活をすることによって広く日本文化や伝統を理解するという従来型の留学ももちろん重要性を失わないが、それだけの時間的・経済的投資をできる人間の数には自ずと限界がある。しかし、自国にとどまりながらなおかつ最新かつ高度な教育をインターネットや衛星通信を通じて受けられるというのなら、今よりもはるかに多くの需要があると考えられる。また、博士論文の執筆や研究指導など、常時日本にいる必要はないが時々に応じて指導を受けたいという元日本留学生や研究者も多いはずで、彼らに対してもインターネットなどを通じていながらにして指導を受けられるシステムの恩恵は大きいと考えられる。衛星通信やインターネットを活用すれば、日本語教育に関しても有効かつ効率的な教育システムの構築が可能になろう。