私情協ニュース5
去る7月29日、明治大学駿河台校舎リバティータワーを会場に第9回理事長・学長等会議を開催した。
当日は、109大学17短期大学より212名の理事長・学長・理事・学部長等が参加。今回は、「教育のグローバル化とネットワーク」と題して、ネットワークを活用した外国大学との連携の可能性と意義をはじめ、連携を進める上での問題や課題について理解を深め、本格的な対応がはじまる数年先に向け、大学として準備しておくべき留意点を整理する機会とした。
会は、まず戸高敏之会長(同志社大学)より、情報通信技術を活用した大学の授業連携の必要性について理解を深めることが重要である旨の挨拶があり、続いて、文部省の本間政雄総務審議官をはじめ、関係大学からの説明、紹介の後、全体討議を行った。以下に、会議の概要を紹介する。
「情報技術を活用した国際連携の必要性」
本間政雄文部省総務審議官から、G8教育大臣会議および文部省としてのIT革命への取り組みについて説明があった。まず、G8大臣会議で遠隔教育での専門家による経験共有化の奨励、教育研究にインターネット・衛星通信を活用するための途上国を含めた奨励を大学だけでなく、政府も積極的な協力を進めることを合意したこと。その後、沖縄サミットでは通信料の値下げ、デジタルデバイドに話題が集中し、十分にIT、教育、生涯学習の重要性が強調されなかった。その後、政府は7月7日にIT戦略会議を設置し、教育では学校教育の情報化が掲げられた。これを受けて、文部省としてもIT戦略本部を設け、その下に関係各課の課長による企画委員会を置き、文教分野におけるIT推進戦略の策定を検討始めた。特に、気になるのは私情協が要望している教育のための高速通信網の整備で、制度面、接続ポイントの大幅な増設、動画・音声情報のやりとりが可能な12ギガ高速インターネット構想は一つの課題であるが、大学としてインターネットを活用した具体的な教育の方向性を示していただくことが重要と考えているとの説明があり、これに関連して質疑が行われた。
「インターネットで日米大学同時講義を実現」
大川恵子氏(慶應義塾大学環境情報学部非常勤講師)から、慶應義塾大学、奈良先端科学技術大学、ウィスコンシン大学の3大学で、慶應大学はWIDE、奈良先端大学は郵政省のギガビットネットワーク、日米の間はTransPACという70Mbpsの回線を使用してリアルタイムの授業とオンデマンド方式による授業の実施状況について報告があった。
この授業のねらいは、学生に国境の壁を越えて世界中で最高の授業を提供しようとの思いを実現するため、高速回線で教員の顔、音声を圧縮せずそのまま提供するとともに、教材をデジタル化して教員の説明に連動させ、一体的に見られるようにした。苦労した点は、大学間の履修時間の調整、リアルタイムによる時差の問題があったが、これはやむを得ない問題でむしろ、すべての授業がアーカイブされていることにより、学習資料として授業を受けることが可能となった。単位の取得は、3大学の教員がアーカイブ化された授業を教材として活用し、それぞれの大学の学生に単位を判定するというもので、単位の互換ではない。
今後の課題としては、複数者間によるマルチキャストの通信技術の研究、教員と学生の臨場感などの工夫、著作権問題がある。12年度は早稲田大学をはじめ3大学が加わり、インターネットで展開した授業を衛星通信で配信し、実験を通じて上記の新しい問題についても研究を進めている。
3.審議状況報告
「新しい情報技術を活用した生涯学習の推進方策の中間まとめ(生涯学習審議会)」の概要について、樋口修資文部省生涯学習振興課長より、中間まとめの中で生涯学習の推進について、大学の協力を得ていくべき提言を中心に、概ね次のような紹介があった。
一つは、国民に情報リテラシーを身につける学習機会を拡充し、デジタルデバイドを克服することが最大の課題としている。そのためには、社会教育に携わる様々な関係者の情報リテラシー指導力を高めるための学習機会として、大学の場を借りて実践できないだろうか。情報ボランティアということで、大学教職員の協力が得られないだろうか。二つは、生涯学習用コンテンツの開発があるが、誰がどのようにして進めていくのかという問題がある。共同利用という中で共同開発することも考える必要がある。現在、衛星通信を使用して大学の公開講座を公民館を通じて広く提供するというLネットオープンカレッジを28大学に依頼して実験を進めている。これを大学のコンソーシアムを構成して全国の施設に配信できるようなシステムを構築できないだろうか。三つは、小子化の打開策の一つとして、インターネットを積極的に活用して世界市場に日本の大学教育を持ちだし、「働きながら学び、学びながら働く」マルチタスク型の学習社会を修士課程に留まらず、博士課程においても作り出していただきたいということで、大学審議会の中間概要の中にも反映されている。情報リテラシーの学習機会、指導者の人材育成も含め、ITがもたらす利益を大学が享受できるような市場性があることを認識いただきたい。
「生涯学習へのネットワークの活用と大学経営の展望」
白井克彦氏(早稲田大学副総長)より、早稲田大学では2年前から衛星通信と電子掲示板、デジタル・ビデオディスクを組み合わせて使用した遠隔授業の実験を16大学の共同で31科目の授業を行い、学生の反応、教員の負担、支援体制、通信システムなどの面から実現性の見通しを模索してきた。現在のところ、衛星通信でコンテンツを送り、それを見た上でディスカッションする方法が効果的と考えているが、通信の安定性を考えると、あらかじめ授業をデジタルの形で録画し、パッケージ化するデジタル・ビデオディスクの活用が通信費の負担を軽減できる点で効果的である。
授業にネットワークを活用する最大の効果は、学生に「学ぶことの動機づけ」を持たせることであり、ネットワークの上で「何を勉強したいのか」、「どの教員に学びたいのか」が判断できるような環境が世界的規模で必要になってくる。
生涯学習については、地域との連携強化を中心に考える必要がある。大学は18才人口に限定した教育だけでなく、生涯にわたり学ぶことを望む人に限りなく教育の機会を提供できるよう、ネットワークを活用した学習環境を整備していく使命がある。早稲田大学では授業のコンテンツを生涯学習にも活用していくことを考えている。一つの事例として「中国古代文明研究最前線」という講座を自治体、公民館などを対象に最新の研究成果をふまえつつ衛星通信で配信し、FAXと電子掲示板で質疑を行っている。
以上、授業にしても生涯学習にしても一大学で対応することに限界があることから、私情協の中で多くの私立大学とコンソーシアムを形成して対応していくことを提言したい。
「教育のグローバル化とネットワーク」
教育のグローバル化を進める上でのメリットと課題について、経験されている3名の教員から体験を紹介いただき、その上で世界に通用する大学教育実現の可能性を含め討議した。
伊藤文雄氏(青山学院大学大学院国際政治経済研究科長)は、教育のグローバル化は、授業を共有する目的を明確にし、相互の大学が便益を享受し、大学間に強いパートナーシップが形成されていることが条件になるとして、グローバル化に適する授業と適さない授業があることを指摘。とりわけ、経済のグローバル化の進展に伴い海外で活躍する高度な専門職業人の教育には、国際競争の中で対応できる能力が必要となることから、青山学院大学大学院の国際ビジネス専攻とカーネギーメロン大学と14時間の時差を越えて、毎年3カ月間「国際ビジネスシミュレーション」「ファイナンス」の授業でオンライン・リアルタイムテレビ会議システムやインターネットを組み合わせて1992年から実施してきた。ファイナンスの授業は、テレビ会議システムとインターネットを活用し、カーネギーメロンの教員のWebページから資料をダウンロードし、足りない授業はそこで受ける方法(インターネットラーニング)を取り入れている。グローバルクラスルームは、学生が座ったときに相手の大学と目線が合うこと、学生の映像・音声の送信が自由にできることが必要。さらに、対等の立場で判断ができ、かつ英語によるコミュニケーション能力がないと十分な教育のグローバル化が実現しないとのことが分かった。
大橋正和氏(中央大学総合政策学部教授)は、教育のグローバル化を進めるインフラとして、協調学習のシステムが機能していることが必要であることを指摘。大学の教育は、「教える」という姿勢から、「学ぶ」という姿勢に移行。情報技術を活用して人間が発想したことをデータ、情報を使用して具体的に構造化し、知識として利活用できる手段を大学として教育しておくこと、いわゆるプロジェクト・ベースドラーニングという教育システムを構築することが望まれる。なお、技術面での研究は、現在、映像を最適データベース化する研究をカーネギーメロン大学と共同で進めている。グローバル化の問題点としては、教育のデジタル化による変革の構想が不透明であること、共用・協調がデータレベルなのか、情報なのか、知識なのか、再構築するような形のものまで、どのレベルで可能なのかという著作権に関する問題がある。そして、日本からのコンテンツは何が提供できるのか、技術なのか、協調なのか役割を明確にすることが重要。
清水康敬氏(東京工業大学大学院社会理工学研究科教授)は、米国の大学でのインターネットを活用した遠隔授業の在り方としては、同時性よりもオンデマンドのような非同時性の授業が多くなると報告。しかし、それには教材作成に多くの費用負担を伴うことになる。米国では教育情報を世界に向け発信し、新たな学生を確保していることに危機感を覚える。日本も組織化してコンソーシアムを形成して教育を発信する必要がある。例えば、留学生教育の面で日本として教育情報を提供してはどうか。そのために国際的な教育用ポータルサイトを構築し、東南アジアに特化した教育情報の拠点を目指すことが望まれる。制度面では、大学審議会でインターネットを利用した遠隔授業の単位認定の在り方が同時性、双方向性がなくとも認められる方向で検討が進められていることと、教育用の著作権に対する在り方を改正する動きがあり、時代の推移に合わせたIT活用教育の在り方を根本的に検討する時期にきている。
以上、3名のパネラーの主張を踏まえて、質疑に入り意見交換が行われた。主な内容としては、一つは、通信回線を介した授業での教育評価の問題で、本人の確認には技術的な方法で行うのではなく、毎回の授業での教員と学生のやりとりなど、授業運営の中で確認していくことになるとの意見が大勢であった。二つは、教育のグローバル化は、何も外国に貢献するだけでなく、地域社会に大学としてできる範囲で教育情報を提供していく必要があること。三つは、大学としてどのような人材を育成すべきかという観点から、世界に通用する教育を考えるべきで、それぞれの大学で特徴ある授業を作成して提供していくということが、教育のグローバル化を考える際に最大のポイントになる。四つは、日本の私立大学がITを介して新しい協調・提携をすべきときにきているとの意見があった。
これを受けて、今回は、合意事項として以下の三点を確認した。
一つ、日本の私立大学は、情報技術を活用して教育の質を高めるために、コンテンツを出し合い協力する。
一つ、日本の私立大学教育の国際的通用性を高めるため、世界的な連携を深める。
一つ、私情協はこれらの方向性を全面的に支援する。
教育研究部門の規模・種別投資額のグループ別推移
(1大学平均:単純加算平均)
昼間部学生一人当たりの教育研究経費における情報化投資額