心理学の教育における情報技術の活用


心理学実験デジタル教材の開発


中澤 清(関西学院大学文学部教育学科教育心理学専攻教授)



1.コンピュータ上で心理学実験

 パーソナルコンピュータが大学の研究室に広まった頃は必要な業務をBASICでプログラミングするのが普通であった。1982年創刊のコンピュータ関係の雑誌「Imfomation」には分散分析や因子分析などのプログラムが多数掲載されていた。心理学関係の雑誌「サイコロジー」には1981年頃から心理学実験に関するコンピュータの利用が記事になり、心理学実験のプログラムに関する書籍もそのころ多く出版されている。
 しかし世のコンピュータがWindowsマシンに変わり、システムが肥大するにつれ、心理学の領域に情報処理の素人が立ち入る隙間はなくなってしまった。自家製のプログラムを走らせている人はごくわずかになり、コンピュータはデータ処理の道具になってしまった。私にとってもUnix上で走るSPSSの文法を教えたのが最初のコンピュータ利用の授業であった。
 ある時、学生からコンピュータで卒業論文のデータを収集できないかという相談があった。その頃学部のコンピュータ教室ではMacintoshを使っていたので、私は学生の要求を満たすべく、初めてHyperCard(その頃Macintoshに標準添付だったオブジェクト指向インタラクティブ・マルチメディア・オーサリングツール)に挑戦した。そしてあまりに簡単に学生が要求する仕様のスタック(HyperCardで製作された書類)を作ることができ、改めてMacintoshで走るアプリケーションのすごさを実感したのである。
 それから心理学実験教材を作るのが病みつきとなり、作った教材を人文演習という授業の中で使用した。その成果を第5回情報教育方法研究発表会に発表し、その後いくつかの教材を加えて、CD-ROM付き書籍「心理学のおもちゃ箱」(ナカニシヤ出版, 1998)を出した。しかし世の中は大勢がWindowsマシンであったので、Windows版は出ないのかという問い合わせばかりで、本は売れなかった。そうこうするうちに文学部のコンピュータもWindowsマシンに変わり、いよいよ授業ができなくなってしまった。

2.Windowsで動作する教材の開発

 やむを得ず一昨年からWindows版心理学実験教材の開発を始めたが、五十路を過ぎた堅い頭にはWindowsの上で走るプログラミングソフトはあまりに敷居が高かった。Windowsで動作するソフトに見切りをつけ、これならと目星をつけたのがMacromedia社の Directorであった。趣味の範囲であれば値は少々張る(Hybrid版を作ろうとすると定価で30万を越える)が、これならMacintoshでHybrid版の教材開発が可能である。DirectorはHyperCardを模して発展したため両者のプログラム言語、HyperTalkと Lingoはよく似ており、自然言語に近く、プログラミング初習者にも取っつきやすい。さらにムービー(Directorで作られた書類)はShockwave形式に変換できるので、インターネットブラウザのプラグインフォルダーにShockwave のプラグインを入れておけば、ブラウザー上で教材を操作できる。Shockwave形式に変換すると、元の容量の5分の1程度になってしまうのでLANで学生のコンピュータに配布するのも容易である。
 実際の教材開発にはDirectorの他、Adobe Photoshop, Illustratorなどのグラフィックソフトを用いた。目を引く教材を作ろうとすると、このような専門的なソフトの力を借りなければほとんど無理であろう。

3.デジタル教材について

 e-Psychologyと名付けた心理学実験教材の製作をDirectorでぼちぼちと始め、今年度の秋学期から実際に授業の中で試用を始めた。製作した教材は2000年末で次の19教材である。
観察教材・シミュレーション教材(13教材)
 残効
 盲点
 対比
 図と地
 群化
 主観的輪郭
 錯視
 錯視の小実験
 奥行知覚
 大きさの恒常性
 仮現運動
 運動錯視
 オペラント条件づけ
実験教材(6教材)
 ミュラーリヤーの錯視
 鏡映描写
 イメージの測定
 メモリースパンの測定
 記憶の系列位置効果
 自己スキーマ
 実験データはカンマ区切りのテキストファイルとして出力できるので、表計算ソフトによるデータ処理の実習に発展させることもできる。また図に示すように、この種の教材と異なり、ファミコン世代の大学生の気を引くように、意味もなく仰々しいグラフィックで構成している。なおこれらの内の10教材の簡易版が日本性格心理学会のホームページ(http://www.cis.toyo.ac.jp)にアップロードされている。


4.実際の使用状況

 本専修は伝統的に臨床心理学系のカリキュラムで構成されており、基礎心理学科目の受講希望者は心理学科の開講科目を履修している。2年次に履修する教育心理学実験のみが、他大学と同様の基礎心理学実験である。それで私が1年次の人文演習(履修生約35名)の秋学期をコンピュータによる心理学実験とそのレポート作成を指導するようになった。初めのおおよそ5週は、知覚に関する観察実験教材を用いて行い、他の授業で履修した内容をコンピュータ上で復習するという感じである。講義で通り一遍の説明を聞いただけのことが、簡単に「アッと驚く」体験を通して理解できると好評である。
 また実験教材は学生自身が被験者になって実験を経験するが、実験に30分をあて、最初の説明に20分、残り40分をレポート作成にあてている。

図1 メモリースパンの測定

図2 鏡映描写の実験

図3 自己スキーマの実験



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