化学の教育における情報技術の活用
実験における情報技術の実践活用
堀合 公威 (城西大学理学部化学科講師)
1.はじめに
インターネット環境は、ナローバンドから高速なブロードバンド時代へと急速に移行し、これによって動画のストリーミング再生などは、テレビ放送と同様な品質で行える環境が整いつつあります。したがって、これらの環境とパソコンの高性能化(高性能CPU・コンパクトで大容量記憶メディアHD・DVDの充実)によって、インターネット上で本格的なオブジェクト指向(モノをモノとしてとらえて伝える自然な考え方)の、大容量マルチメディア情報のやり取りが可能となります。
一方、多機能携帯電話およびハイビジョンテレビなどの急速な普及に伴う無線ネットワークの整備、およびデジタル放送と通信衛星網の整備が同時に進行しています。これらの機器による、パソコンによらない双方向の情報伝達手段も確立されつつあります。
政府が推進しているIT革命は、上記に関連するマルチメディア産業を加速し爆発的に発展させ、手軽で割安な高度情報化社会を実現させると思われます。この夜明け前の情報環境の中で、大学化学教育に対しての情報教育をどのような視点でとらえ実行するかが問題になってきます。
2.本学化学科の情報教育
城西大学理学部化学科は、これまで情報教育を狭義にとらえ実験器具と同様、実験データの収集やデータ整理の道具としてのコンピュータ教育を行ってきました。これまでコンピュータを利用した情報教育として、1年次にセンター講座のコンピュータリテラシー、2年次に電子計算機概論、3年次に情報化学A・Bの各科目を設定して教育を実施しています。これらの科目を通して、化学を学ぶ上で必要となるワープロ・表計算ソフトの利用法や簡単なプログラミングについての基礎知識を修得させることを目標としています。しかし、これらの科目はすべて必修科目ではなく、約半数以上の学生はプログラミングの知識を持たないのが現状になっています。
4年次の卒業研究は必修であり、4年次生は全員7研究室のいずれかに配属され、各自に与えられた卒業研究テーマに従って毎日卒業研究に励んでいます。先の情報教育を基礎として、卒業研究においてコンピュータを実践的に利用してさまざまな場面に対応できるよう、より高度なコンピュータ利用法を修得さています。例えば、本格的な分子軌道計算や分子構造の解析をテーマとする研究室に配属された学生は、より高度な利用法やプログラミング開発をしながら卒業研究を行っています。
3.教育への情報機器利用の現状と問題点
情報教育以外の化学科の授業は、マルチメディアに対応していない教室が多いため、現在黒板を用いた板書が主流です。画像を見せながら教育することが効率的である場合、マルチメディア教室の利用が可能であれば、そこで授業を行いますが、多くの場合、ポータブルタイプのプロジェクターとスクリーンを持ち込み、作成した教材を提示して授業を行っています。したがって、本格的なマルチメディア授業はほとんど行われず、教室設備が整っていないという理由で、マルチメディアを利用した教材開発も、ほとんどされていないのが現状です。しかし、現在の学生は、画像情報が氾濫するテレビ世代に育ち、多様な価値観を持っており、良い意味でも悪い意味でも質的変貌しています。この影響を受けて、最近化学を専攻する学生の質的変貌が「実験に裏打ちされた知識の不足」と「受動的な学生の増加」という二つの点で顕著になっています。その原因の一つとして、中・高等学校の進路指導が進学を目標とした教育に傾き、中等教育に「実験に裏打ちされた知識」を身に付ける指導を期待することができなくなっていることと、カリキュラムの改正により科目の選択制が進み、全般的な浅い理科のみの選択で入学してくる学生がますます増加しているなどが考えられます。
このような学生は、従来型の板書が主流の授業では、習得効率が極端に悪くなっているのが現状です。幸い本年度後期に理学部は、教室のマルチメディア化が準備されており、教室環境は一変する予定です。したがって今までなおざりにしてきた講義内容のマルチメディア化を急ぐ必要を感じています。
4.その他の情報機器を活用した教育
情報科目以外の講義で最もマルチメディア教材が有効と思われる教科は学生実験だと考えます。その理由としては「受動的な学生が増加」したために未知の体験に積極性がなく、従来のカリキュラムで設定した実験項目を、変更しないまま教育することは年々困難になっています。このような現状認識のもとに、かなり以前から予備的補習を行った上で授業や実験を開始してきました。しかし、従来型の教育手法による補習授業には、多くの労力と時間が必要であり、その効果は労力と時間の割にはあまり効率的でありませんでした。それに替わる手段として数年前より、多くの実験器具の静止画や操作法の動画を積極的に取り入れたCAI教材の製作を試み、実験前の予備説明において教室内で開示しています。その後は、必要を感じた学生が学内の情報端末から再度確認できるようにもしました。その結果、この教材使用以前に比べ飛躍的に、理解力の向上と操作の上達がみられ、マルチメディア教材が、最も効果を発揮する教科の例と思われます。
その一部を紹介すると、図1は実験項目の光化学のトップページで、「ガスクロマトグラフィーの説明」の項目をクリックすると、図2のような動画画面になり実際の測定作業の動きが確認できるようになります。この教材使用以前に比べ飛躍的に、理解力の向上と操作の上達がみられ、マルチメディア教材が、最も効果を発揮する教科の例と思われます。
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図1 光化学実験CAIのトップページ 下線部の項目には、LINKがはってある |
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図2 光化学実験で使用する機器のCAI この画像は、ガスクロマトグラフィーの説明 |
次の例として、4年次の卒業研究の例を紹介します。前にも述べたようにこれは、必修科目ですが、どの研究室で卒業研究するかは、学生の選択に任されています。我々の研究室では、卒業実験において、高分解能の赤外分光器を用いて実験を行い、実験で得られたデータを解析し分子構造を決定しています。
装置に取り込まれたデータを画像として表示するためのプログラム開発は、Visual Basic を用いて作成を行っていますが、図3、4で示すような個々の実験で必要な Visual的なソフトは、学生にVisual Basicのプログラミング教育を行い、作成を指導しています。図3は、炭酸ガスの高温蒸気からの発光スペクトルで、ν3band の発光スペクトルの全体図を開発したVisual Basicのプログラミングソフトで表示した図であり、図4は同ソフトの範囲拡大機能を用いて、図3の左の一部を拡大して表示した図です。
装置で取り込まれたデータをこのようなソフトで視覚により確認することで、ノイズのように見えるシグナルが発光スペクトルの集合体であるという確認が容易であり、必要なピーク位置を読み取る機能も組み込まれてます。このようにして視覚で確認された確実なデータは、学生が作成した分子のエネルギーを計算するFORTRANプログラムを用いてデータの最小二乗Fitした結果から、分子定数を決定しています。
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図3 炭酸ガスのν3bandの赤外発光スペクトル |
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図4 炭酸ガスν3bandの赤外発光スペクトルの拡大 |
5.今後の課題
我々の研究では、市販の装置をそのまま研究に利用することはほとんどなく、種々部品を集めて測定装置を組み立てたり、市販の装置でも様々な改良を行って使用しています。コンピュータによる測定装置の制御とデータ取り込み・保存・解析のため、種々ソフトの開発を行っています。コンピュータ制御は、前の課程を十分マスターした卒業研究生を対象に実践教育で行っています。
卒業研究のデータ解析で用いているFORTRAN 言語は数学的記号に近く、あまり熟練しなくても、複雑な計算式をプログラミングするのに向いています。しかし、化学の研究者以外は一般的な言語ではなく、情報系の企業に進む学生にとっては、C言語、Visual Basic などの方がより実用的であり、プログラミング教育の重点を変える必要を感じています。現在の化学科卒業生の就職先で、化学系の職業に就く者は一部であり、小売業や情報産業などにも多くの学生が就職している状況から考えても同様です。一方、市販ソフト中に化学で応用できるソフトが増加しており、その機能も充実し、わざわざプログラミングしなくとも、これらのソフトで事足りる状況になっています。これまで市販ソフトについては、学生の自主的な学習によって修得すべきとするスタンスを取ってきましたが、情報教育を見直し、積極的にソフトの利用法教育を行う必要もあると思います。
システム教育は、化学の一般的情報教育でなく、情報系の企業に進む学生や研究部門に進む学生を対象として考えており、現段階では持ち合わせの貧困な知識を聞かれれば教える程度ですが、種々情報の資格試験取得を目指す学生に役に立つ教育にまで充実をはかる必要があると考えています。
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