化学の教育における情報技術の活用
専門基礎科目「化学II及び演習」(有機化学)におけるホームページの活用
田村 早苗(山口東京理科大学基礎工学部助手)
小中原 猛雄(東京理科大学理工学部教授)
1.はじめに
「化学II及び演習」は、東京理科大学理工学部工業化学科1年生の基礎科目「専門基礎」(必修科目)で、単位未修得者は2年に進級できない、いわゆる「関門科目」です。高等学校の有機化学と異なり、大学では原子の性質から分子の性質を論理的に理解させようと工夫するのが普通です。この授業では原子の電子構造から始まり、分子がどのような構造を持ち、そしてどのような結合で形成されているか、またその結果どのような化学的性質を示すかを、経験の浅い学生でも自分で合理的に考えられるような基礎学力を養成することを目的としており、2年生以降に履修する有機化学の基礎となる重要な科目です。
授業は毎週1回の講義と隔週で行われる少人数クラスの演習で構成されており、演習では、最初の40分で小テストを行い、残りの時間を使って問題の解説を行っています。回収された答案は、担当教員による採点・添削ののち、今後の学習のために学生に返却されます。この「演習」は、これまでマークシート方式の選択肢問題に慣れきった学生に、論述方式の問題の解き方を教えるチャンスであり、また「暗記する化学」から脱して「考える化学」の面白さを実感させる場でもあります。
しかし、毎年の「化学II及び演習」の単位修得率は、我々教員の満足のいくものではなく、また、この科目の不合格は「留年」を意味することもあって、授業の内容をいかに理解させるかが課題となっていました。「演習の時間を増やす」、「より少人数クラスにする」などの方法も考えられますが、授業時間や教員数の限界、教室の確保の問題もあり、その実現は容易なものではありませんでした。
2.ホームページ「化学II classroom」の開設
このような状況にあったとき、コンピューターを使うことに抵抗を感じない若い助手(筆者の一人)が「化学II及び演習」のスタッフメンバーに新しく加わり、演習の問題の解説をホームページ上でも行うことを提案しました。もちろん本来ならば、演習問題の内容は問題解説の時間内に理解してもらうのが理想です。しかし、演習の時間に解説を行うとともに、ホームページにもその内容を載せれば、インターネットが利用できる環境がある限り、学生が勉強したいと思ったときにいつでもアクセスし、必要に応じてプリントアウトすることができます。モデムを備えたコンピュータが一般家庭に広く普及した現在、自宅からもアクセスし学生の自学自習に活用することができます。
「化学II classroom」のホームページは、このようなきっかけで、平成10年度より試行的に始めました(図1参照)。
このホームページでは、演習で出題された問題の解説やキーポイント、間違えやすい点、時には「珍答例」なども図やイラストを使って説明しています(図2、3)。
分子構造を平面で考えるのは大変難しいですが、もし分子模型が使えるならば理解力は数段にあがります(図2)。このホームページでは手軽に使える分子構造立体表示ソフト(フリーウエアー)の紹介と設定方法までも説明しています。
本学野田キャンパスでは、学生がいつでも自由に(授業で使用されている時間帯を除く)使えるワークステーション教室が4室、さらに授業に関係なく利用できる自由使用室があり、合計424台のワークステーション端末と12台のPost Scriptレーザープリンタが学生に解放されています。学生には入学と同時にログインIDが交付され、すぐにでもインターネットが利用できる環境が整えられています。すなわち学生は、授業の休み時間や講義の空き時間、授業終了後などにも「化学II Classroom」のホームページにアクセスできるわけです。
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図2 分子構造の3D表示(画面中の分子構造はトルエン) |
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図3 演習問題の解説(画面中の分子構造はトルエン) |
3.学生の反応
いまどきの大学生は、高校などで既にインターネットに親しんでいるせいか、何の抵抗もなく「化学II Classroom」のホームページを受け入れたようです。演習の時間には、前年度の同時期に出題された問題の解説をプリントアウトしたものを持参し、小テストの前に見直しをする学生の姿が見られるようになりました。また、分子を立体的に考えることが重要な問題の場合には、分子構造を三次元的に表示し(図3)、前述のようにマウスを使って自由に回転させることができるようにするなどの工夫をしてみました(図2)。特に後者は学生に好評で、「分子というものを三次元的にとらえて考える助けになる」などの声が聞かれました。
その反面、ホームページの開設が理解度(成績)の向上に即つながったかというと、そういうわけでもなかったようです。ホームページ開設前と後では、試験の平均点などに有意差は認められませんでした。ホームページの作成と更新作業にはある程度の時間と手間が割かれるわけですが、その割には効果が明白に表れず、このあたりに教材作成の難しさがあるように思われます。
4.予期せぬ反響
ある日、我々のもとに、名前に見覚えのない、文面から察するに高校生とおぼしき女性からの電子メールが舞い込んできました。どこからこのようなメールが来たのかと調べてみると、ホームページ上に、クリックすると「化学II及び演習」担当の教員に質問のメールを出せるようになっているコーナーが設けてあったのですが、どうやらそれを利用したらしいことが分かりました。
そのメールには、「混成軌道について調べようとインターネットで検索していて、偶然「化学II Classroom」のホームページを見つけました。高校では習わない内容が図入りでわかりやすく説明されており、化学への興味がいっそう増しました。」と書かれ、質問までついていました。同時に「東京理科大学 理工学部 工業化学科に興味を持ちました。」と結ばれており、ひょんなところでこのような予期しない反響もあるものだなと嬉しく思い、質問に対する答をつけて丁寧に返事を出しましたところ、「まさか返事をもらえるとは思いもしませんでした。ありがとうございました。」という礼状が帰ってきました。その後、その高校生が東京理科大学を受験したかどうかはわかりませんが、反響があったことは事実と言えます。
5.問題点と今後の課題
当初、「化学II Classroom」のホームページは、ホームページの作成と更新を担当していた筆者の一人が研究用に取得していたIDを使って、大学の教育用ワークステーション上に構築していました。しかし、学生のアクセス頻度が増すにつれて、サーバーがbusy状態になり、表示速度が極端に遅くなるなどの支障が生じるようになりました。現在は、学科で購入したワークステーションにホームページを移動し、問題は解決されましたが、同時に多人数がアクセスする可能性のあるこのようなホームページの運営の難しさを物語るものだと思います。
「化学II Classroom」のホームページの作成は、教科担当教員が自ら(外部に制作依頼することなしに)手作りで行っています。経費はゼロとなりますが、内容の更新に要する手間と時間は、学生の教育のための「ボランティア」となってしまい、ホームページのメンテナンスに関わる教員の負担も無視できないものがあります。最近の若い人はこのようなコンピュータ作業を苦もなくこなしますが、学科のすべての科目でこのようなホームページを作るというわけにもいかないでしょう。外部への発注も一つの方法ではありますが、費用の問題、授業の内容を十分に反映できるかという問題が生じます。また、現行のホームページは、学生の化学に対する興味を誘起するきっかけにはなっているようですが、当初の目的であった授業内容の理解には直接的に効果があったとは必ずしも言えないかも知れません。
今後、この問題をどのようにクリアしていくか、よりいっそうの工夫が必要だと考えています。
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