海外ニュース 2

MIT OCWプロジェクトについて


角田 和巳(芝浦工業大学工学部講師)



1.はじめに

 2001年4月5日付けの一部新聞やニュースサイトで、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)が今後10年以内に、同大学のほぼ全講義の教材をインターネット上で無償公開するという記事が報じられた。このプロジェクトはMITオープンコースウェア(MIT OpenCourseWare、以下OCW)と名付けられ、6月に開設されたOCWの公式サイト(http://web.mit.edu/ocw/)に計画の全容が掲載されている。インターネットを教育に活用する試みは、もはや斬新なアイデアとは呼べなくなったが、米国を代表するトップクラスの大学が教材のオープンソース化に向けて本格的に立ち上がったことの意味は大きく、今後あらゆる方面に影響を及ぼすことが予想される。そこで本稿では、MITのOCWサイトに掲載された資料をもとにして、この計画の概要を紹介してみたい。


2.OCWプロジェクトの概要

(1)OCWとは

 OCWの全容に関する具体的な記述は、トップページに記載されたFAQと、ここからリンクされたFact Sheetのページにまとめられている。まずOCWの目的であるが、これは冒頭で紹介したように、MITの学部・大学院で使用するコースマテリアルをWeb上で無償公開し、誰もがどこからでも利用できるようにすることである。もちろん、事前登録等の手続きは必要としない。ただし注意すべき点は、OCWはMITにおける教育コンテンツを提供するものであって、MITの教育に取って代わるものではないということである。この主張はサイト内の随所に見られ、教室における教員と学生との相互作用やキャンパスにおける学生同士の交流が、MITの学習過程において最も重要であると繰り返し述べられている。「OCWが実現することで入学者が減少するなどという心配は一切していない。MITの教育内容を世界に向けて広く公開することが、将来性のある学生をMITに惹き付けることにつながると強く確信している。」というCharles M.Vest学長の発言は、その最たるものであろう。したがって、OCWは単位認定を伴うオンラインコースではなく、MITの教育を補佐するためのコースマテリアルとして明確に位置づけられており、世界中の人々が利用できるような教育資源へと発展することまで視野に入れた計画となっている。

(2)開発スケジュール

 OCWプロジェクトは、2年間を目安とした大規模な試験プログラムからスタートする。まず第1段階で、試験プログラムを実施するために必要なソフトウェアやサービスを設計し、教員や学生の利用状況を監視・評価するためのプロトコルを開発する。具体的な時期としては、2002年秋に一般利用を開始し、その後2年以内に500科目以上の講義について教材を利用できるようにしたいとしている。そして、この試験プログラムを経て次の10年で、建築・都市計画・工学・人文科学・芸術・社会科学・経営学・自然科学に関するMITの全カリキュラムを対象に、2000科目以上の講義をカバーする。MITでは、OCWへの教員の参加はボランティアであるとしているが、すでに教授法の一部としてWebを利用しているスタッフも存在し、その数から推定して10年以内に2000以上のコースを公開できると判断したようである。
 さらに、OCWのコースマテリアルには、MITの授業で使われているコア教材が利用される予定である。授業スタイル等に依存する部分はあるものの、コースごとに講義ノート・講義概要・文献リスト・研究課題を公開し、より実用的な洗練された教材も開発していくとしている。

(3)OCWのターゲット

 さて、これだけ大規模なプロジェクトが実際にサービスを開始した場合、OCWが教育現場にどのような恩恵をもたらしてくれるのかという問題は、教育コンテンツを提供する立場である大学にとっても、またそれらを利用するユーザーにとっても一番興味のある点ではないだろうか。MITではこの疑問に対して、次のような利点をあげている。

  1. 世界中の大学や教育機関が、OCWの教材を利用して新しいカリキュラムや特別講義を展開することができる。これらの教材は、高等教育システムを早急に普及させようとしている途上国にとって、特に利用価値の高いものとなることが期待される。
  2. 個人学習者にとっては、自習のための教材や補助資料としてOCWを利用することができる。
  3. OCWプロジェクトで開発されたインフラは、同様なコンテンツを公開しようと考えている教育機関に対して、一つのモデルを提供することになる。
  4. 他大学でもOCWのようなシステムを採用すれば、インターネット上に膨大な量の教育資源が生み出される。また、それらを教育や学習に役立てるための革新的な方法をめぐって、活発な意見交換が行われるようになるものと期待される。
  5. OCWは情報を保管する共通の場として、また教育改革を促す知的活動のチャネルとして、その役割を果たすことになる。
 このMITの意思表明に対して、国内はもとよりオーストラリア、ナイジェリア、南アフリカ、インドなど世界中から反響が寄せられた。そのうちの代表的なメッセージが、World reactionのページ(http://web.mit.edu/newsoffice/tt/2001/apr11/ocwside.html)にまとめられている。いずれも今回の試みに賛同する内容で、スリランカ、エクアドルなどMITが意識している途上国からも、OCWの成功を期待する声が寄せられた。

(4)OCWの背景と支援体制

 最後に、公開された資料の中から、OCW構想の背景およびその立案プロセスに関する部分を整理して紹介しておく。MITでは、教育改革における指導者的役割を果たすことが同大学の伝統であり、この理念が今回のOCW構想に結びついたと説明している。その一例が、1960年代にMITで行われた理工学教育に関するカリキュラム改革である。当時MITの工学部では、それまでのカリキュラムを徹底的に見直し、現代科学・数学・コンピュータを工学部のコアカリキュラムに設定して新しいテキストを作成した。そして、そのときの学生が国内の大学で教鞭を執る立場になったとき、彼らはMITで使用した講義ノートを片手に、自らが学んだ新しい工学教育の方法を広めていった。OCWは、この教育精神を受け継いだプロジェクトであり、インターネットという新しい情報伝達技術を利用することで、これまでよりさらに短期間のうちに、新しい知識や教育コンテンツを普及させようとしているのである。
 以上のような歴史的背景をもとにOCWプロジェクトは立ち上げられたが、その立案に直接携わったのは、教育開発を支援する機関として1999年に組織されたMIT Council on Educational Technology (MITCET)である。この問題を議論するためMITCETに設置された研究グループには、大学関係者の他に、国際的コンサルティング・ファームとして有名なBooz・Allen & Hamilton社のスタッフが、組織的な面からプロジェクトを補佐する目的で参加している。またプロジェクト開発に必要な資金であるが、第1期の開発コストはAndrew W. Mellon財団とWilliam and Flora Hewlett財団から5,500万ドルずつ助成を受けることになった。第2期の開発コストは、第1期の実績を勘案して決定されることになる。


3.むすび

 このプロジェクトを推進する理由として、MITは一つの理想主義を掲げている。それは、研究室から生まれた最新の成果を教育プログラムに反映させ、MITが先頭に立って世界規模で学習の質を高めていこうとする使命感である。理想を実利に優先させるという行為は容易でないように感じられる。しかし、このプロジェクトが成功すれば、MIT OCWが世界標準として機能することは十分に予測され、教材の無償化を補って余りある効果をもたらすことになるであろう。そこには、一流のコンサルティング会社まで活用して今回のプロジェクトを実現させようとするMITの強い意気込みが感じられる。

 以上、簡単ではあるが、MIT OCWプロジェクトの概要を紹介させていただいた。紙数の都合で十分にお伝えすることができなかった点は多々あるが、実際にOCWサイトをご覧いただくことで、MITのスタンスがご理解いただけると思う。その際、多少なりとも本稿が参考になれば幸いである。

参考URL
http://web.mit.edu/ocw/
http://web.mit.edu/newsoffice/tt/2001/apr11/ocwside.html



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