特集 e-Learning いつでもどこでも学べる環境づくり


玉川大学・玉川学園女子短期大学におけるe-Learning
〜協調分散型e-Learningシステムの実践〜

橋本 順一(玉川大学メディア教育開発センター所長代理)
菊池 重雄(玉川大学経営学部助教授)
照屋 さゆり(玉川学園女子短期大学講師)



1.はじめに

 社会におけるIT化の流れは教育現場にも着実に浸透してきており、e-Learningが現実のものとなってきました。
 玉川大学、玉川学園女子短期大学では、現在さまざまな場面でPCをツールとして活用しています。授業におけるICT化は、全学で取り組んでおりますが、今回、特に、1997年から段階的に試行を重ね、学生全員がPCを所有して授業を実践している女子短期大学、および経営学部を中心に、e-Learning授業実践の現状をご紹介します。


2.実践の経緯

 本学では、学生の授業への参加度を向上させることを目的に、先進国米国への視察や、電子メールを活用したコミュニケーションの試行などを経て、1997年、10台のノートPCを使用して授業の一部をネットワーク上で開講する試みをスタートしました。そして98年4月からは、Global Tamagawa 10-Year Challengeとして、「いつでも、どこでも」学習できる教育環境を整備するプロジェクトがスタートし、その一環として、まず女子短期大学でのネットワーク授業が本格化しました。2000年からは学生全員がPCを所持し、自宅からのアクセスによる学習を行う体制を整えました。ネットワーク授業のためのLMS(Learning Management System)は、授業スタイルへの対応性、日本語化、サポート体制など総合的に選択する必要があります。本学においては、特に初期の教員支援体制を重視し、当時、協調分散型の教育用ツールとして実績のあったロータス株式会社のラーニングスペース(注)というシステムを採用しました。
 その後、女子短期大学での実績をふまえ、数年間のパイロット授業の準備期間を経て、2001年4月新設の経営学部においても、ネットワークを活用した授業を開始しました。経営学部においても全学生にノートPCを携帯させ、校舎内にある600以上の情報コンセントを使って、日常的に学習ツールとして活用しています。
 これまでに、ネットワーク授業として開講した科目は、女子短期大学においては、4年間で延べ34講座、2,031人、経営学部においては、2年間で76講座、2,781人の学生が受講しています(図1)。
 学内にはPC演習自習室(17室、639台)を備えており、ラーニングスペースによるネットワーク授業以外にも、本学独自のシステムとして、Webによる学習システム、シラバスおよび履修登録の電子化、携帯電話からの休講情報アクセスなど、全学的にICTを活用した学習環境を推進しています。
図1 ネットワーク授業推移(ラーニングスペース)


3.実施状況

 女子短期大学、経営学部ともラーニングスペースによる授業はすべて単位を認定しており、正規の授業となっています。ともに文系学部ですので、情報リテラシー教育だけでなく、基礎科目や語学系授業など広く開講しています(図2)。また、学習以外にも、教員とのコミュニケーションツールとして、さらに教員自身のICTツールとしてもPCを積極的に活用しています。
 本学では、学生と教員とのリアルなコミュニケーションによる学習効果を重要と考え、対面授業の出席を基本としており、講義ノートや資料などを掲載したり、予習復習教材の提供を行うなど、対面学習にはないe-Learningならではの特徴を最大限に活かす使い方をしています(写真1)。授業では、教員の自主性によって使う機能を選択していますが、特に、教員にとって管理が煩雑となる課題の作成と提出システム、および添削後の返却システムは、共通して効果的に活用されています。

(1)学生の反応

 「ネットワークを利用した授業スタイルは学習効果を高めるか?」という質問に対し、87%の学生が「そう思う」または「ややそう思う」と答えており、学生の評価は高いようです。また、アンケートを見ると、「自分のペースで課題に取り組める」というメリットを多くの学生が挙げています。これは、いつでも、どこでも学習できるe-Learningの効果でしょう。また、「自分で調べることで、より理解することができた」、「習慣的にパソコンに向かうようになった」といった個人の積極性の啓発や、「自分の責任が問われる」といった自己管理の厳しさを知る効果も見られます。さらに「画面上での他者とのコミュニケーションによって、“参加している"という感じがする」、「PCの基本操作が知らず知らずのうちに身に付いた」など、ほとんどの学生が直接的、間接的に効果的であると感じているようです。
 一方、「課題がちゃんと届いているかが不安になる」、「自宅でのネットワーク接続がうまくいかなかった」、「ちょっとした質問をすぐに聞きたい」など、対面授業ではない授業スタイルへの不安の声もありました。これらe-Learningの授業運営上の工夫は今後の課題です。

(2)課題点

 学生の積極的な参加を要求する授業であるため、時間を自己管理できる学生にとっては学ぶものが多いものの、こういった授業スタイルに不慣れな学生は表面上の課題提出にとどまる傾向にあります。効果を均等に享受できるように、学生の基礎スキル向上や、こまやかな指導は、一般の授業以上に必要とされます。
 一方、ネットワークインフラは、特に学外から真に「いつでも、どこでも」の環境を学生が手にできる状態にはなく、教材の映像配信など制限を設けざるをえないのが現状です。また、企業におけるe-Learningと大学でのそれとは根本的な違いがあり、メーカーによるe-Learningツールもまだ完全なものではありません。今後、教育機関とメーカーがより密に連携したシステム作りが望まれます。加えて、教員側の問題点として、教材コンテンツのクオリティの維持向上、著作権管理、およびIT技術進歩の猛烈なスピードに教員がついていけない点があります。本来の教育・研究に充分な力を割けない状況は、本末転倒になりかねず、教員支援体制の確立は急務であり、またネットワークによる授業のシステム、コンテンツフレームワークなどの標準化がこれからの重要課題と考えられます。

図2 科目選択画面(経営学部)


4.教材作成と支援体制

 女子短期大学では初期段階から先導されている先生を中心に、ほぼ教員自身で教材コンテンツを作成しています。経営学部では、設立間もないこともあり、業者への開発委託、学内支援部門開発、教員自身とで分担(科目数での比率:業者19%、学内34%、教員47%)していますが、2002年度より業者委託から学内制作への移行を予定しています。ラーニングスペースでの教材コンテンツは、基本的にワープロ操作程度で作成でき、特別な習熟を必要とはしません。コンテンツ開発のフレームが整備されている点が、こういった市販ツールを採用する利点でしょう。
 学内の支援部門として、本学では、「メディア教育開発センター」を設置しています。役割としてe-Learningに関わる教員、学生のサポート、教材コンテンツ開発、システム維持管理業務などを担当し、主に7名の職員がこれにあたっています。
 支援部門での教材の開発は、教員のコンテンツ開発負担を軽減するだけでなく、開発ノウハウをもとにした教員へのコンサルタントが重要となっています。そのために、授業への関わりを深め、講義の内容を把握しながらコンテンツ化を進めることが求められ、コンテンツのクオリティ向上と維持のために、専門スタッフの育成と充実が重点課題となっています。
 また、ネットワーク授業の拡大に伴いノートPCを携帯する学生が増えているので、日常的にサポートが必要であり、メーカーや購入年次による機種の違い、OSやアプリケーションソフトのレベルアップ、故障の対応、技術相談などかなり広範囲のテクニカルな支援業務をこなさなければなりません(写真2)。さらに授業の安定運営のためには、ネットワークやシステムの維持管理も重要業務です。これらの業務は、クイックレスポンスが求められるので、専門の知識を有するスタッフが学内にいることが必要ですが、今後増大する支援業務をアウトソーシングする可能性も検討していく予定です。


5.今後の展望

 高等教育部門におけるe-Learningの取り組みは、まだ歴史が浅く、充分な検証が完了しているわけではありません。本学においても、解決すべき課題は多いのが現状です。e-Learningによる授業は、多くのメリットと可能性を持っていますが、コストと、今までにない手間がかかるのも事実です。また、学部、学科、さらには教員個人ごとに採用基準や評価も異なります。本学では、各学部の委員からなる検討部会を設置し、相互の情報交換、e-Learning推進検討を始め、全学的な取り組みを進めていきたいと考えております。
 なお、本稿の内容は、さらに詳しくまとめ、本年9月頃に書籍として出版する予定です。


関連URL
玉川大学・短大のe-Learning紹介ホームページ:
http://www.tamagawa.ac.jp/e-learning/


(注)
ラーニングスペースは、ロータス株式会社の登録商標です。


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