語学教育における情報技術の活用
CALLを利用したフランス語学習用リソースの構築
−上智大学外国語学部フランス語学科における試み−
田中 幸子(上智大学外国語学部教授)
1.はじめに
フランス語は大部分の学生にとって大学に入って初めて学習する言語であり、英語に比べ異なる点が多々あります。教室の外で耳にしたり読み書きする機会も圧倒的に少なく、学生からは、「独特な発音が魅力だが難しい」、「聴解や会話の材料になる教材、自習用に使える文法練習用教材が、書店で探してもなかなか見つからない」、「受験のときに自分なりに身に付けた英語の学習方法をそのまま適用してもフランス語の上達につながらない」といった声が聞かれます。一方、教員は、「入学時にまったく知識のない学生たちに、なるべく短期間、限られたカリキュラムの範囲で学習効果をあげさせるためにはどうしたらよいのか」、「高校の授業で聞いたフランス革命の話や、テレビや雑誌で見る風物、観光地などの一般的・ステレオタイプなイメージから、現代の社会問題、伝統や制度、地域差や経済構造など、地域研究的な知識へつないでいくためには、どのような方法をとったらよいのか」といった問題に常に直面しています。
フランス語の学習を始めた学生たちに、学習の意欲を高める課題や資料を提供して、授業内での活動に積極的に参加できるよう支援すると同時に、個別の学習過程に応じて試行錯誤のできる環境を整えることが重要です。
上智大学では、1998年度より、CALL(Computer Assisted Language Learning)プロジェクトとして、学部教育の授業カリキュラムと連動し、現場教員および学生のニーズを踏まえたデジタルコンテンツを学内で制作しています。外国語学部フランス語学科では、概ね2年間で基礎コミュニケーション能力を養成するカリキュラムを展開していますが、99年10月のCALL教室導入時から、1・2年生の授業のうち各週1コマで、このCALLプロジェクトによって制作された聴解用教材「Tempo」の利用を始めました。また、獨協大学と共同開発の初級文法練習問題「MarchOpus」や文化・社会情報の資料データベース「Francosympa」など、授業方法やカリキュラムに適合する数種類のCALL学習リソースを計画・制作中です。
本稿では、これらの教材を利用したフランス語授業の概要を紹介し、合わせて、学生が参加して行っている本学のCALL教材制作の体制、今後の課題について述べます。
2.聴解用教材「Tempo」とヒント教材の開発・研究
フランス語学科1・2年生の授業では、読・書・聴・話のコミュニケーション能力を総合的に学習できるよう、フランスの出版社Hatier/ Didier社の教材「Tempo」を使用して授業を行なっています。Tempoには、多様なタスクリスニング問題が含まれていますが、聴解に関わる学習活動は、繰り返し聞きたい箇所も、間違える箇所も、それぞれ異なり、全員一斉の学習には限界があります。そこで、授業中であっても、聴解練習の際には各学習者が自分のペースで取り組めるよう、出版社からの許可を得て、聴解練習の部分をすべてWeb上に展開し、学内から視聴できるようにしました。
学生は手元の教科書と同じレイアウトのページをブラウザで見ながら、クリック操作で音声を繰り返し聴くことができます。全員が一斉にアクセスしても滞りのないよう音声はMP3とし、自動採点機能により誤答・正答数が表示されます。正誤提示が自動化されたことで、教員は個別の指導に時間を使えるようになりました。こうして、授業中は個別作業の部分と全体で行う作業、グループやペアで取り組む課題を、組み合わせ行っています。また、同じ聴解問題を、小テストやディクテーションの素材としても使っています。
今後は、誤用に応じて個別にヒントを与え、学習の手がかりを与える双方向的な教材へ発展させていきたいと考えています。このため、どのような内容のヒントを、どのような方法で与えれば学習効果につながるのかという点について、実証的に検討を進めています。聴解の誤用に対して明示的な説明を与えるフィードバック教材と、類似の例文を聴取させて学習ポイントを意識させる非明示的なフィードバック教材とを使って学習させた結果を比較したところ、聴解学習に非明示的なフィードバックが効果的であるといった結果が出ています。このような研究を今後も継続的に行いながら、今後の教材制作の方向性を決めていきたいと考えています。
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図1 CALL教材を使った聴解練習 |
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図2 Tempoの画面例 |
3.初級文法教材「MarchOpus」
コミュニケーション能力の基盤として、文法構造的な知識は欠かすことができません。基礎コミュニケーション教育カリキュラムの中で、文法構造的な知識は複数の担当教員が様々な形で扱いますが、様々な内容の学習が行われる中で、個別の文法事項に焦点を当てて集中する時間が相対的に不足しがちです。このため、各自が自習課題として基礎的な文法項目の確認や反復練習を行い、自動採点機能によって正答をチェック、合わせて例文の発音やイントネーションを聴くことができるよう企画したのが、MarchOpusです。35課分の初級文法練習をWBT教材開発システムOPUS(M&E)を利用して実装し、獨協大学と上智大学双方のフランス語学科の学生が2002年度より共同利用します。OPUSは学習履歴記録機能を持つので、将来は誤答の多い項目に問題を増やしたり、学生自身が自分の学習の進捗を把握したりすることが可能になるでしょう。
4.文化・社会情報の資料データベース「Francosympa」
フランス語圏の新しい情報を、著作権の問題のない生の素材を通して多角的に見せることが、この資料データベースの目的です。フランス語圏の入門的な地域研究知識を扱う「フランス文化研究2」(学科2年生必修)では、例えば2001年度後期、ビデオ動画の資料の内容理解をもとに、調査・インタビュー、日本との比較やグループでの討議・発表などを行いました。Francosympaは、このような学習活動に利用するビデオ動画・写真・テキストなどをWeb掲載し、内容理解の質問・ヒントや様々な情報へのリンクや検索機能を備えるものとして設計されました。各資料は、内容別のカテゴリーと言語的な難易度の段階に分類されます。教員の作成した基本構想・シラバスをもとに、学生グループがインターフェイスデザインやオーサリングを行っています。教員が収集・執筆・撮影した素材の他、学生が発信した資料(日本語・フランス語)、学生がフランス語圏への留学から持ち帰った写真、そこに含まれる様々な視点をも含んで、双方向的に構築されつつあります。
5.CALLプロジェクト:学生参加型の教材制作と今後の課題
CALLプロジェクトでは、フランス語以外にも、ドイツ語、イスパニア語などの教材を制作してきました。いずれも、教員の企画にもとづいて、学生グループがデザインやオーサリングの作業を担当しています。CALL学生グループは、学内外の専門家(電算センタースタッフ・教員・マルチメディアコンテンツ制作専門家)らの技術指導やサポートを受け、開発環境を自主的に運営し、教員と協力して作業を進めています。学生の参加により教材開発プロジェクトを進めていく作業は、私たち教員にとって、「大学教育でITを利用する意義は何か」、「学生の立場から見た学習とはどのようなものか」、「学科のカリキュラムや教育理念とマルチメディア教材は、どのように関連づけられるものか」等、様々な問いに取り組む機会となります。大学教育で扱う学問領域は広範囲に及び、教員が学習リソースに求める機能も多様です。私たちのプロジェクト群においては、今後とも、授業・学習の現場からのニーズを反映しながら、学習効果の検証、授業内での運用状況の把握、学生による評価など、多角的な視点からの検討を加えながら運用・改善していきたいと考えています。
フランス語に関しては、近い将来、遠隔技術を利用して交換留学先大学と新しいインターアクションの場を設けたり、教材を相互利用したりすることが課題となると思われます。開発作業においてはヨーロッパの共同研究者との協力体制づくりが始まっています。
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図3 Fracosympaの写真サイトの入り口 |
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図4 教材開発プロジェクトの運営システム |
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