特集 高等学校における教科「情報」への取り組みと大学との連携

教科「情報」実施に向けて
−早稲田大学高等学院での試み−


橘 孝博(早稲田大学高等学院 物理科・情報科教諭)



1.はじめに

 いよいよ2003年度から全国の高等学校に情報科が設置され、2006年度にはその教育課程で育った生徒が大学に進学します。新学習指導要領で情報科の(とりあえずの)方向性は示されたとはいえ、それをどのように具体化して授業を進めるか、高校現場ではまだ不安と混乱が見られます。私立高校の中には、情報教育を重要な取り組みと位置づけて積極的な対応をしている学校と、なるべく避けて通ろうとしている学校がはっきり分かれてきました。また、公立高校でも情報科を3年生に設置し、とりあえず先送りして様子を見ようという学校も多くあります。本稿では、「現行カリキュラムで行われている本校の情報関連教育」、「新教科『情報』の設置と新カリキュラム」、「生徒が望む情報教育」などを高大一貫教育という視点も交えながら紹介します。


2.現在の情報関連教育

 本校は早稲田大学の付属高校で、卒業した生徒は全員が早稲田大学の各学部に推薦され進学します。生徒数は1学年約600名の大規模な男子高校です。本校には一般受験以外に、中学生が自己推薦で入学する制度があります。スポーツや文化的活躍をしている生徒、コンピュータ技能の高い生徒などが入学できる門が開かれています。さらに大学への推薦でも、生徒自身が高校3年間でどのように成長したかをアピールして他の生徒より先に推薦枠を取ることができる制度を近年設置したので、生徒の活動が活発化してきました。コンピュータ施設は、約60台のPC端末があるコンピュータ教室が二つあり、これまでは高等学校側で保守管理をしてきました。2003年度には、すべての端末が早稲田大学の教育関連情報管理部門であるMNC(Media Network Center)の管理下になる予定で、高校側の負担軽減が見込めます。
 本校の現行カリキュラムと次期カリキュラム(予定)を表にまとめました。現行では2年生の家庭科で全員がコンピュータリテラシーを学び、ワープロソフトや表計算ソフトなどを活用して基本的な操作ができるようになります。必修であるこの授業は生徒数が多いので、教員以外に大学院生や大学生のアシスタント(TA,SA)が付いてサポートをしています。これ以外に、2年生と3年生の選択授業にコンピュータを用いる科目を設置し、さらに深く学習が進められるようになっています。
 いくつかの選択科目の特徴を見ていきましょう。「情報リテラシー」はいわゆる調べ学習が中心の授業で、調べた内容をプレゼンテーションソフトを使って皆の前で発表させます。ここでの学習は、高大一貫教育という観点から早稲田大学のMNCで行われている講義「情報処理入門」と内容を関連付けています。たとえば、いろいろな学習活動で必要とされる、情報収集、検索、整理、評価を行う能力(教養基礎演習的要素)を養成することを、その中心に据えています。さらに、生徒同士のコラボレーション作業を重視し、他校との情報教育プロジェクトを行い、幅広い学習活動を行っています。「情報サイエンス」ではネットワーキングの基礎を学びます。これはMNCとシスコシステムズ社との共同研究の一環として行われている授業です。インターネットプロトコルの構成やLANの構築の基礎をWeb教材で学習していきます。昨年は授業の範囲以上の内容を独学し、ネットワーク技術者認定試験に半年ほどで合格した生徒も出ました。MNCにもこの授業と同程度の講座があり、今後は大学単位の先取りなどを含めて、発展的な形で授業を展開していくことも考えています。「情報メディア」はいわゆる既存の「メディアリテラシー」を、インターネットが発達した社会の情報教育で生かすことを考えて設置した科目です。マスメディアの歴史的分析、情報社会におけるメディアの役割、マスメディアの功罪、コマーシャル批判、DTPでの情報発信、著作権の学習や新聞作り、Webページ作成なども行うことになります。「情報アート」は芸術科の教員が担当する授業です。コンピュータによる画像処理を中心に扱い、生徒のビデオ作品の作成などをその学習内容として含みます。これでデジタル技術を身に付けながら、直接手で作ること以外にも「造形表現」があることを学びます。これら以外の3年生選択科目には、数学、物理、生物および語学などの教科がコンピュータを用いた授業を展開しています。例えば、「数理物理」では数式処理ソフトであるMathematica を使い物理現象のシミュレーションを行います。「理工学入門」では理工学部進学者を対象として、Javaを教えています。「コンピュータ」ではC++などを用いてプログラミングの基本を学ぶことができます。さらに、英語やドイツ語といった言語教科でもコンピュータ室を使う授業が組まれています。

表1 現行カリキュラムと次期カリキュラム(予定)
  1年生 2年生 3年生
現行カリキュラム   家庭科
家庭情報処理
(必修1単位)
情報リテラシー (選択2単位)
情報サイエンス  (選択2単位)
情報メディア (選択2単位)
情報アート (選択2単位)
コンピュータ〔C++〕 (選択2単位)
コンピュータ
Visual Basic
(選択2単位)
確率、統計 (選択2単位)
数理物理 (選択2単位)
応用数理科学 (選択2単位)
理工学入門〔Java〕 (選択2単位)
分子生物学 (選択2単位)
次期(2003年)
カリキュラム
〔予定〕
情報C
(必修1単位)
情報C
(必修1単位)
上記のような多彩な選択科目を
設置する予定


3.新カリキュラム案

 以上で示した情報関連の選択科目は、2003年度から始まる情報科の学習内容にも深く関わる学習項目を含み、科目「情報A,B,C」の多くの部分をカバーするものです。言い換えると、本校で今われわれが取り組んでいる選択科目で、来年度から始まる情報科の内容を学校全体の授業としてどの程度まで具体化できるか、確認しながら実践しているともいえます。これらを通して、生徒が情報教育にどのように興味を示すかを知り、情報関連授業の進め方を探っていきたいと考えています。
 現職教員に対する情報科教員免許講習会で本校は3名(物理、生物物理、数学)の教員が免許を取得しています。実際の情報科の授業運営は前述したようなSA、TAのアシスタントと、TT(team teaching) の併用で行いたいと考えています。授業配当は表に示したように、1年次と2年次に1単位ずつ科目「情報C」を設置し、2年間で学ぶ予定です。さらに、3年次にはこれまで同様の多彩な情報関連選択科目を置くことも計画しています。情報Cを設置した理由は、1)本校から早稲田大学へは、全体の約3分の2の生徒が文系学部へ進学すること、2)数学や理科の学習が進んだ3年次の選択科目に理系向けの情報関連科目を設置することで、理系進学者にもより深い学習をさせることができるということを考慮したためです。


4.生徒が望む情報教育

 ここまでの説明で、高大一貫を基本に据えた本校の現在の取り組みと、情報科設置以降の予定がご理解いただけたことと思います。ただし、紙幅の都合上「実習と評価」や「他校との情報教育プロジェクト」などに関しては省略します。最後に以前本校生徒がまとめた情報教育に対する希望を紹介しておきます。それは「情報教育はマニュアル化されない独自学習体制であること」、「自分の学習、研究を支援するものであること」、「コンピュータやインターネットの使い方の学習は望んでもいないし、必要がない」、「ネットワークを用いて情報収集と活動の実践の場としたい」、「教科書を使う必要はない」、「教員は単なるコーディネーターになること」というものです。さらに、3年前に本校の新入生を対象としたアンケート結果と、同じ設問で今年の新入生に採ったアンケート結果で大きな違いが出た事柄にも付言しておきます。そこでは、

1)コンピュータを使い始めた年齢が中学から小学校高学年に低年齢化した。
2)コンピュータでやってみたいこととして、3年前は電子メールやwebページ検索に人気があったが、今はほとんど興味を示さず3D画像処理やホームページ作成を行いたいに変わってきた。

という特徴が出ました。今後はこのような気質と考え方を持った生徒が増え、私たちの対応も刻々と新しくしていかなくてはならないでしょう。そして、2006年度にはそのような生徒たちが大学へ入学していくことになり、大学での情報教育も変革を迫られることになります。


参考URL:
http://www.waseda.ac.jp/gakuin/index-j.html
E-mail:ttachi@waseda.jp



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