会計学の教育における情報技術の活用
岸田 賢次(名古屋学院大学商学部・大学院教授)
講義計画は、ある水準の学生の学力、科目に対する興味、理解力を前提に作成します。しかし、最近は学生間の学力差や意欲の差が広がり講義のターゲットが定めにくくなりました。また、板書中心の講義や資料を一方的に提示するだけの講義では、学生に興味とやる気を出させることが難しいのです。
このようなことを踏まえ、コンピュータを使用した簿記教育支援システムの実験に着手しました。基本概念は、
1) | 教科書を買わない学生が増えているのでテキスト代わりになる内容とする。ただし詳しい部分は専門的な書籍を参照させる。 |
2) | ゲーム世代なので画面に応答性を付加すれば興味のない学生も参加しやすい。 |
3) | 課題レベルを回答履歴で判断し、順次レベルアップした課題を提供することで学生のレベル差をカバーし興味を維持する。 |
4) | 1週間も経つと前のことは忘れているので問題の解答の評価を即時呈示する。 |
5) | 気が向いたらいつでも学習できる環境とする。 |
A) | ホームページを利用し教科書もどきを作成する。 |
B) | CGIにより応答性を持たせ、問題の回答評価などに即時性をもたせる。 |
C) | 「検定用問題集」ではなく「考え方を理解させること」に重点をおき、繰り返し考え方を確認させる問題を提示する。 |
D) | 担当者のビデオによる説明を聞かせる。 |
E) | スクリプトで何度も計算を繰り返す機能をもたせ計算手法を納得させる。 |
F) | 取引などの確認に動画(漫画)を見せる。 |
このシステムを米国で発表する機会(1)があり、バルチモアのLoyola大学のRice教授から、なぜホームページの講義ノートを読むこと、練習問題を実行することを強制しないのか? いくら良いシステムを提供しても興味のない学生は強制しなければ何もしない。」と指摘されました。そこで平成13年度はシステムの使用を強制し、学生の利用履歴を把握するため、パスワードによるアクセス記録をとりました。しかし利用の実態は各自のノート代わりであり、講義前に講義ノートを読み課題を実行する学生は5%から10%程度でしたが、利用時間は日中から早朝にまで亘りました。学生の多くは講義ノートを後で見ればいいと思い、結局は読まないという最悪の結果となり、単なる強制では効果が得られませんでした。
そこで平成14年度は、システム利用を促進するため講義日2週間前から講義ノートを読み予習を実施させ、図1のシステム初期画面に予習関連で30%配点する旨明記しました。この結果平均利用率は37%と前年比30%程度上昇しました。ただ必修科目でもあり、期末試験が満点でもC評価にしかならないなど事前学習のメリットを大きくしたにもかかわらず利用率が思ったより向上せず、講義に興味がない学生にシステムを利用させることがいかに困難であるかを示唆しています。
図1 平成14年度のシステムの開始画面
学生は受講生情報で出席状況、課題の実施状況、期末試験の成績を知ることができます。課題の実施状況確認画面で、学生は個別の課題の正解数やレポートの評価を知ることができます。回答履歴の明細部は左より課題番号、解答完了時間、正答数、出題数、回答期限、期限内解答の順に表示します。学生は何度も解答できますが成績評価は初回の回答で行います。なお解答に要した時間も記録していますが、情報提供していません。
学生は講義ノート画面から課題を選択するので、期限内着手者は講義ノートを事前に読んだものとして評価しています。
学生は期末試験の成績も確認できます。学生から、この画面と課題の実施状況確認画面の情報を組み合わせ、秋学期末試験でどのくらいの成績をとれば評価がABCDのどれになるかシミュレートしてほしいという要望があり、また全体の順位も知りたいとの意見もあります。
(1)春学期
春学期の期末試験問題は平成13年度と平成14年度では同じでないので、詳細な比較検討はできません。平成14年度春学期では、このシステムの平均利用者は37%程度です。講義中の練習問題の結果から、講義ノートを読んだ学生と見ない学生とで練習問題の正答率に有意な差異があり、見ない学生の正答率は5%、読んだ学生のそれは60%です。講義ノートを読んだ学生で練習問題の正答率の低い学生は、講義ノートを読む時間が約2分と短く充分な理解をしていないと思われます。また、春学期期末試験では今まで4名程度の白紙答案がありましたが今回はゼロとなりました。
このように、事前学習と課題を強制することで学生は理解度に応じた進度で学習できる可能性があり、理解で進んでいる学生は講義進度よりも先に進むことができ、講義は疑問点の解決の場にできます。
(2)秋学期
次ページの表1は平成13年度と平成14年度の秋学期期末試験の成績分布を示しています。春学期で効果がありそうなデータが得られたので、簿記教育支援システムの実質強制後の効果測定のため、同一期末試験問題を用いました。今後詳細な比較検討を行う予定です。平成13年度ではシステムを利用しない学生は正答数が0-6ランクに集中し、システムをよく利用した学生は正答数が7-9ランク以上に分布しました。平成14年度では、特殊要因(2)を除けばシステムを利用しない学生はランク0-6に集中し、利用者は10-21ランクに集中しています。平成13年度も平成14年度も大きく二つの集団に分離されています。このシステムを使用する前の成績分布が、どちらかといえばベータ分布であることからすれば、システム使用の効果はあると推定できます。なお平成13年度では60%の学生が個人的な理由から受験放棄したのに対し、平成14年度では受験放棄者は13%に激減したものの、0-9ランクに60%の学生がいることが問題です。これらの学生はシステムの低利用者であり、どのようにして彼らが利用するシステムを開発するかが課題となります。
表2に平成14年度での事前学習の効果を示すために、1)全く手をつけていない課題の数(未着手問題数)、2)着手した課題のうち期限内に着手した問題数(着手率)、3)期限内に着手した問題で第1回目の解答の正答率、4)講義の欠席日数という要因と、該当する学生の人数と平均正答数の関係を示します。このデータは前述の特殊要因により下位データにひずみがあります。このシステムの課題に含まれている問題数は153問、質問項目数は1352項目あります。
このデータは、事前学習を確実に実施させ内容を理解させること、そして欠席させないことが学習効果を高めるという当然の結果を示しています。このシステムを使用することで、予習効果と予習した内容の理解の程度が、課題を解くことですぐに確認できるため、不完全なシステムでも学習効果があがったと思います。
表1 期末試験における正答数の度数分布
表2 平成14年度期末試験正答数と各種要因との関連
簿記e-Learning教育支援システムは、講義ノートを中心としたため、文字データが多いシステムです。Rice教授から「文字が多すぎる」とアドバイスを受けており、動画を組み込むことで0-9ランクの60%の学生を半減できればと考えています。また講義中にクイズ形式で質問をし、CCSのアナライザで講義内容を理解しているか確認する手法を確立しようと思っています。事前学習した学生に、再度講義中に理解内容を確認させることで、教育効果をより高めることが可能と思います。
1,352項目の質問が適切であるかを個々の回答履歴と講義ノートの関連から判定する必要があります。課題が悪いか講義ノートが悪いかを検討し、より効果的な課題の内容は何であるか検討する必要があります。
学生から要望のあった課題のレベル別出題をするためのレベル設定と課題内容および課題のレベルシフトの判定、レベルダウンの判定を検定簿記に拘束されずにすることができるのか検討を要します。また誤った回答につき、説明を呈示するデータベースを整備し、理解を促進する情報の提供が必要です。
また本学では通信容量の拡大によりビデオデータが秋には利用可能となるので、文章表現では冗長になる事例などに利用し、教育効果の測定をしたいと思っています。
注 | |
(1) | 平成12年日米大学マルチメディア教育セミナー(Loyola大学、バルチモア) |
(2) | 欠席が多く課題もあまり手をつけないが期末試験の正答数が高い学生がおりデータがひずんでいる。 |
URL | |
http://www.ngu.ac.jp/white/~kishida/ |