特集−IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み

ファカルティディベロップメント実践に行き着く前の共通理解として


保崎 則雄(早稲田大学人間科学部教授)



 ファカルティディベロップメント(Faculty Development:FD)は、大学の大綱化の影響を受けて、1990年代初期から注目されています。実は、それ以前からもミクロレベルでの各教員の授業改善から、マクロレベルでの大学教育の見直しということで存在していました。残念ながら、多くの日本の大学が目を瞑り、実施の必要性を認めなかったということでしょう。なぜ今ITを活用したFDが叫ばれ、実践されているのか。今一度、大人が大人の人間に行う高等教育での知的教育作業の原点に立ち返って考える必要があるのではないでしょうか。
 以下四つの点について、ITを活用したFDの効果的な実践を意識し、問題を提起し、改善策を模索します。


1.大学教員には一応誰でもなることができるということ

 特別な資格は要りません。つまり教員養成課程なるものが存在しません。なぜでしょうか。研究者集団を自認してきたからです。研究者としての認識は、半ば自動的に教員としての資質を含むと理解されてきたのです。その認識が外圧で変わらざるを得ない状況に追い込まれ、あるいは予算という締め付けで変革を迫られています。社会の専門家を、大学教員に迎えるという方法は、大学教育の活性化という点で評価できますが、それなりの大学教員養成課程からのケアも必要です。もちろん大前提として大学教員養成のシステムが存在しなくてはなりません。しかしながら、実際にそれが機能していない多くの現状の中では、とりあえずの解決方法として、大学院教育に教員養成の科目をいくつか入れるということが示唆されます。そこで、メディアあるいは人間が行うコミュニケーションという基本概念を理解していけばよいのではないでしょうか。この知識、経験が将来のFDの基礎概念となります。卵時代に大事だぞという遺伝子を注入しておくことです。


2.テクノロジー(IT)を利用して一番変わるべきは教員そのものであるということ

 変わりたい、良くなりたいと模索する教員がITの協力を得て、より効果的に変わっていきます。結果としての授業形態、方法、教材研究(授業シラバスや教材作成)などの変化は表面的なものにしか過ぎません。教授スキル[1]を身につけたければその分野の実践報告を読めばよいのです。ITが教員個人の教育力の補助となるのか、補完となるのか、あるいは、延長となるのか、はたまた創造となるのかということは、まず、自分の授業を録音、録画して同僚、先輩教員とともに視聴するところから始めてはどうでしょうか。意外に多くの発見があるものです。あるいは、さらに授業分析をカテゴリーに分け、本格的に行うのであれば、OSIA[2]やFlanders[3]らの作成した授業観察、記述、分析システムを眺めてみることも役に立つでしょう。テクノロジーが自分(の授業)を変える知的で刺激的な道具であれば、利用価値は大いにあります。


3.自分が日常行っている教育という製品の品質管理を定期的に行う必要性を感じるのかということ 

 この必要性の自覚の度合いに応じて、授業改善の方法はいくらでも工夫することができます。教育研究者の助けを借りたりするなりして、その品質管理の創造性を膨らませてはどうでしょうか。録画機器を手にしたら、授業中の自分の行動を録画して反省してみようと思うか、あるいは、統計分析の方法を身につけたら、授業分析に応用できないかと考えるかどうか、という創造性です。さらに、同じ分野の教員がいたらチームで教えてみようと考えるか、海外とのネットワークを利用する前に、隣の大学とのネットワークはどうなっているかと考えるかどうかということです。


4.ボトムアップで行われるFD作業をサポートするシステムを、組織として構築し得るのかということ

 残念なことですが、大学当局がトップダウンでFD研修をやっている大学は、10年も経って、別の課題が叫ばれたときに、FDは急激に下火になる可能性が高いです。FDには、意識改革が基本概念として重要であるため、一般教員に根付くのに結構時間がかかる作業です。さらに大学教員は一般に押しつけ、お仕着せを嫌います。むしろ、現実に行われている個人レベルでのFD実践を集約し、大学としての特徴を持ったFDへと構築していくべきでしょう。FDは流行ではありません。ITにしても同僚から、日常的に、気楽に学ぶのが一番効果的であるとの報告もあります。ハードウェアを入れました。さあ、研修ですという方法も必要ですが、個人の実践を表面化し、評価、改善をし、各自の専門分野も考慮しつつ、大学独自のものとする方法をもっと模索してよいのではないでしょうか。

 最後に、IT一般をFDに本当に根付かせ、活かすためには、予算権、人事権、カリキュラム権を持つ、学内で独立したセンターの活動が最終的な回答となるでしょう。そして、研修は、日常的、継続的に行っていくことで意識を高めることができ、やはり素晴らしい教育実践に対するインセンティブも考慮する必要があるのではないかと思います。


参考文献
[1] 赤堀侃司編: 大学授業の技法. 有斐閣選書, 1997.
[2] J.Hough:Observational System for Instructional Analysis.
The Ohio State University, 1978.
[3] N. A. Flanders: Some relationships among teacher
influence, pupil attitudes, and achievement.
Holt Rinehart, 1964.



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