特集−IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み
教育を支える情報化の歩み宮川 裕之(文教大学湘南情報センター長)
文教大学は5学部の総合大学で、学部構成は表1のとおりです。湘南キャンパスには女子短期大学部があります。
表1 学部構成 キャンパス 学部 学生数 教員数 職員数 越谷 教育
人間科学
文学1,133
1,559
1,863137 79 湘南 情報
国際
女子短大2,266
1,148
44999 73
湘南キャンパスの学部構成から情報学部は情報化の牽引役となっていますが、文系の情報学部であることや併設学部の構成から、キャンパス全体としては文系出身の教員比率が高いです。ここでは、湘南キャンパスでの情報化の取り組み事例の中からその一部を紹介します。
(1)電子シラバス
授業概要は事前事後学習における学生の学習指針を与える資料としての役割がありますが、分厚い冊子を常時持ち歩く学生はいないので、学生がいつでも、どこでも、授業概要を参照できるように1999年に電子シラバス化を行いました。初年度は湘南キャンパスで開講されている約1,300科目の授業概要をWebで公開し、翌年からは越谷キャンパスも含めて全学部の授業概要をWeb公開しています。(http://sas.shonan.bunkyo.ac.jp/)
1)インターネット公開への理解
電子シラバス化の検討を始めた1998年の段階では、授業概要をデジタル化してインターネットによって社会に公開することに対する教員の理解を得ることから始めました。具体的には、近い将来には一般家庭はもとより、高等学校、中学校、小学校においてもインターネットの利用が普及すること、そして、このような通信インフラを利用して大学が提供する教育サービスを公開するためには、すべての情報をデジタル化しなければならないこと、などの理解です。これらの啓蒙は教務委員会、学部教授会などにおいて内外の先行事例等の資料を示しながら行いました。情報化社会における情報力の認識は、大学における情報化を図る上で欠くことのできないファカルティディベロップメント(FD)の柱です。
2)Web入力を促進させる工夫
電子シラバスを開始した年は、紙またはフロッピーディスクでのシラバス原稿の提出とし、翌年からWeb入力を加えました。紙やフロッピーディスクの場合よりもWeb入力での提出期限を1ヶ月近く延長することで、Web入力を促進させました。2002年度からは紙原稿またはWeb入力としていますが、湘南キャンパス3学部の大多数の教員がWeb入力によっています。
Web入力を契機にパソコンを使い始めたりネットワークを意識し始めた教員も少なからずおり、当初はネットワークパスワードの問い合わせや、パソコン操作に関する問い合わせがありました。これらの問い合わせは、情報処理課(情報化担当部署)がその支援にあたりました。また、教員支援の一環として後述する教員向けPC講習会を、電子シラバスのWeb入力を促進するための支援プログラムとして実施しています。
電子シラバス実践の過程で、教務課と情報処理課との連携や相互理解を促進することとなりました。このことは、教育の情報化を進めていく上で大切な業務連携の一つです。
3)計画・実施体制
本学では授業概要の作成業務は教務委員会、教務課の分掌ですが、電子シラバスの開発には技術面での協力も必要ですし、運用開始後における業務(サーバの管理、教員への支援等)を考え、電子シラバスの計画は、教務関連、情報技術関連の教職員混在のプロジェクトチーム(電子シラバス研究会)で進めました。検討の過程で、電子シラバスに加えて冊子形態のシラバスを印刷するため版下を出力できる機能が必要であること、ポータブルな広報媒体として大学紹介の動画映像など含むシラバスCD-ROMも併せて作成できること、フリーワードによる全文検索ができることなどいくつかの要望が浮上しましたが、これらの条件を安価に満たす既成のシラバスシステムがなかったため、シラバスシステムを内部開発しました。このシラバスシステムはフリーソフトとして公開しています。
開発したシラバスシステムは版下を印刷できるため、印刷会社での入力作業や校正作業がなくなったことなどから、経費削減分をCD-ROMのプレス代にあてています。
4)効果・活用
電子シラバスを始めて本年度が5年目となりますが、電子シラバスの効果や活用が出始めています。
電子化する前の授業概要は、1科目を数行で説明するという簡易な内容でしたが、社会に公開されることを各教員が意識しなければならない電子シラバスになってからは、1科目がA4版1ページ程度の分量となり、内容についてはまだまだ理想とは言えないものの授業計画、評価方法、受講生へのメッセージなど従来にない項目も増えました。
また、湘南キャンパスでは2001年から高校生が大学の授業を履修するという、いわゆる高大連携を始めましたが、在外者に授業内容を知らせる手段として電子シラバスが活用されています。
編集・校正などの制作業務の効率化などももたらしました。また、新年度間近まで教員のシラバス提出期限を伸ばすことにより、より新鮮な授業計画をシラバスに反映させやすくなりました。
(2)教員向け講習会
授業の改善に情報技術を活用していくためには、教員の情報技術や情報活用に関する理解を深めていかなければなりません。知的コンテンツの効率的な蓄積と活用は、コンテンツのデジタル化を抜きに考えることはできず、大学の教育コンテンツの発信元である教員が自らの手で教育コンテンツのデジタル化を進めていくことを狙いとしています。
このような背景から、教員向けの講習会を実施しています。講習会は、週2回〜3回程度、数名の参加者で行うものと、1対1で行うものを設けています。昨年度の講習会のタイトルの一部をあげると、「出席管理のための表計算」、「論文作成のためのワープロ」、「デジタル教材を利用した授業展開の事例紹介」などですが、今年度は「情報発信」をキーワードに、Webページ作成やプレゼンテーションソフトによる授業資料の提示、情報発信のための著作権などを計画しています。
情報センターで講習会のカリキュラムの基本的な方針を検討し、情報処理課のスタッフと、一部の講習テーマは教員に担当を依頼して実施しています。教員に担当を依頼する場合は、超コマ手当を基準にしています。
(3)利用者のニーズの把握と活用
学生や教員の情報活用の現状は、情報化担当部署への問い合わせ内容から把握することができます。情報処理課のスタッフに蓄積されていく利用者の情報スキルに関する様々な情報を、教育の情報化にフィードバックするためには、運用担当である事務部門と教学組織の情報センターとが密接に利用者情報を共有しなければなりません。このために、月1回の頻度で行われる情報センター会議で、それらの情報交換を行っています。
日常的な利用者ニーズの吸い上げに加えて、学生ならびに教員の情報活用の現状を把握するために、毎年1回、学生向けアンケートと教員向けアンケート調査を実施しています。
学生向けアンケート調査は、湘南キャンパス全学部全学年の学生を対象に、必修授業担当者の協力を得て実施しています。
教員向けアンケート調査は、湘南キャンパスで開講されている約1,300科目のすべての科目について、授業での情報技術の活用状況について尋ねています。
これらのアンケート結果から現実にキャンパスの情報設備の方向性を決めた事例の一つに、コンピュータ教室を割り当てられている授業(約1割)に比べて、授業時間外にコンピュータやネットワークを利用している授業(約7割)が多いことから、授業を割り当てないオープンPC教室を増設したことがあげられます。また、学生が望む情報に、試験関連(過去問題や成績分布)、休講情報、アルバイト情報などがあることが公表されると、Webページに過去の成績分布を載せる教員が現れたり、携帯電話から見ることのできる休講情報システムの導入へとつながりました。
(4)ソフトウェアの選定
コンピュータやネットワークを教育に活用していくためには授業展開に必要なソフトウェアを選択しなければなりませんが、予算上の問題やシステムを安定して稼働できるかどうかのチェックなど運用上の問題が絡んできます。
ソフトウェアの選定については、湘南情報センター(情報環境の運営を担当する組織)、学部選出の情報センター運営委員、教務委員会、情報処理課(情報環境の運用を担当する事務部署)から構成されるソフトウェア選定委員会によって、キャンパスで利用するすべてのソフトウェアのタイプ分け(有料、無料、教育上の必要性のレベル分け)を行っています。分類されたタイプによって、購入手続き、費用負担、インストール作業、メンテナンスを利用者が行うかあるいは情報処理課が担当するかをあらかじめ規程によって定めています。これによって、たとえば、学部の教育予算で購入したソフトウェアを情報担当部署の管理の下に導入することも可能としています。
教育における情報化は、コンピュータやネットワークを導入することでもなければ、授業のホームページを立ち上げることでもありません。それらを利用することで確かに学生が伸びていく、より良い教育を提供できるかどうかに重点をおかなければなりません。今後のFDの中では、人間が行う教育活動とそれを支援する教育情報システムとが織りなす具体的な有効事例を各教員に紹介していくことが、道具を巧みに利用するスキルアップとともに求められます。