経営学の教育における情報技術の活用

多人数の経営学教育における双方向性の追求


松島 桂樹(武蔵大学経済学部教授)



1.はじめに

 IT、とりわけネットワークを活用した授業としてe-Learningが多くの大学で活用されています。それは新しい道具を取り入れることによって、単に魅力的な授業を実現できるだけではなく、教育能力向上の機会を提供し授業の改革につながることが期待されます。
 経営学におけるIT教育は、当初のコンピュータ自体の教育から、使い方のための情報リテラシー教育、そして、どんな価値を生み出せるのかという情報コンテンツ中心へと進化してきました。e-Learningは、コミュニケーションを重視した双方向の参加型授業を実現し、学生が自主的に考え(Think)、議論に参加し(Participate)、チームで共同作業をする(Collaborate)ための基盤となっています。
 経営学特有の利用として企業モデルをもとにした学習、たとえば、筆者も参加しているAML(Aoyama Media Lab.)プロジェクトでのビジネスプランニング演習や、ERPパッケージ利用の教育もあげられます。しかし、多くの経営学教育では、教材の共有や掲示板による双方向性の改善にITが活用されています。
 本稿では、280名程度の学生が履修するいわゆる大講義室での多人数教育である「経営情報システム」でのIT活用を紹介します。ほとんどの私立文系大学はゼミ重視、少人数教育をパンフレットに掲げていますが、経営学などの専門基礎科目は履修対象学生が多く、また必須であったりするため、多人数教育を回避することは現実的には困難です。ITを活用することによって、従来いわれてきたマスプロ的な授業の弊害を排除し、学生との双方向のコミュニケーションを取り入れて、活性化された授業を目指しています。


2.e-Learningの活用

 もはや献身的でIT化に熱意のある少数の教員がホームページを自作し頻繁に更新するといった状況は過ぎ去りつつあり、大学が共通基盤であるLMS(Learning Management System)を用意し、その上で教員が容易にe-Learningを活用するといった時代が目前に迫っています。
 「経営情報システム」では、多人数教育を補完するためのツールとして、帝塚山大学が開発し大学間で教材の共同利用システムであるTIESを活用し、講義内容と授業で使用するプレゼンデータを掲載しています。教材は、教科書の目次毎に章立てされ授業開講日の数日前には掲載されているため、事前に学習してくる学生も少なくありません。 
 また、各目次に応じてTIESのクイズ機能を活用した4問程度のクイズを掲載しています。各回とも目標得点に到達しないと次の授業へ進めないというステップモードに設定し、ほとんどを複数正解としています。直感でクリック、回答送信して終わりではなく、正解になるまで続けなければならないため、きちんと文章を読み、どうしても正解にならないと悩んだ学生がメールや掲示板に疑問を寄せることも多いです。これも効果的な情報交換となっており、勇気づけることによって継続的な学習の必要性を喚起する機会ともなっています。
 クイズに短時間に答えるためには授業に出席することが効果的であることはいうまでもありません。通常、多人数講義での出欠採点は非常に困難ですが、クイズの点数を出席点の代わりとすることによって、試験だけではなく平常点を加えた多元的な評価が行えます。
 経営学教育では、企業の経営環境や戦略の動向に関する最新の情報を知ることは理解向上にとって有効です。教材としてHTML文書を作成することで、参考になるさまざまなサイトを容易に参照でき、たとえば、為替レート情報を掲載しているサイトに学生がクリックして、常に最新の情報に基づいて学習ができます。このダイナミックな授業展開は、学生の興味と学習意欲向上につながるでしょう。

図1 目次画面
 
図2 クイズ画面


3.携帯電話の活用

 情報をタイムリーに交換するため、携帯電話は有用なツールです。1週間一回の情報交換では、情報の鮮度に限界があるため、随時、発信できることは教員、学生双方にとって利点が多くなります。「1週間に一度の授業ではもの足りない勉強熱心な君に」と呼びかけ、ケイタイクラブへの希望者を募りました。現在は、2割程度の学生が登録しています。
 「円高が進行している、116円台。どんな影響があるか」、「WHOによると、SARSによる死者は20日現在643人。アジア進出企業の7割に影響。ところで、常識問題、WHOって何?」などと、最新ニュースをその日に発信し、学生の意見を求めたりします。当然、次の授業で解説したり議論したりします。これによって、個人と会話しているような雰囲気と多人数との会話を併用しながら、授業を進めることができます。
 ケイタイを使えば授業中に簡単にアンケートを取ることができます。メーカー/機種毎の相違が大きく本格的な使用にまだ耐えられる状況ではありませんが、理解度や満足度把握のために試行しています。また、問題を出して即時に集計し、その場で出席者の理解度に応じた授業へと修正できるような有効なツールになることが期待されます。授業満足度を収集することがファカルティディベロップメント(FD)の中で行われていますが、ケイタイを活用することで、迅速にフィードバックできる有用なツールになるでしょう。
 多人数の講義でも可能な限りコミュニケーションを重視して授業を行うことはできます。ひょっとすると演習よりも頻繁な会話ができているかもしれません。280人全員に公平に行われる環境を構築する必要はなく、できるだけ、学生のニーズに応じたワンツーワンの情報交換と指導を効率的に行うためにITを活用できることが有用だと考えます。

図3 ケイタイによる授業アンケート表示


4.おわりに

 e-Learningは、国の政策としても重視され多くの実験的な取り組みがなされてきましたが、本格的に実施されたプロジェクトや技術、教材はきわめて少ない状況です。教員側の意識の遅れも指摘されるなど、FD活動の一貫として取り組まれるべきかもしれません。
 また、e-Learningを試みた多くの教員がぶつかる課題は、履修者確定が遅い、データ入手が困難、など教務システムとの連携のなさです。280名の履修者データを手入力するなど考えられません。この問題の解決なくして多人数教育でのIT活用は不可能でしょう。
 大学が社会を変えるのではなく、逆に、社会の側から大学が変わらなければならないと要請されています。とりわけ、従来の一方向的な教育メニューや知識提供から学生の多様なニーズに適合した教育が求められています。そのために、多人数教育をより魅力的にすることは、今、求められている現実的なテーマの一つであり、従来、あまり省みられることのなかった大講義室での双方向性コミュニケーションを取り入れるために、e-Learningを活用することが効果的なアプローチではないでしょうか。



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