経営学の教育における情報技術の活用
MBA向けグローバルアクションラーニングプログラム
「マネジメントゲーム」におけるIT利用の現状
岩井 千明(青山学院大学国際マネジメント研究科助教授)
青山学院大学国際マネジメント研究科では、明日のビジネスリーダーを育成するためのグローバル企業の国際経営管理分野に特化したカリキュラムを用意していますが、その一つに米国カーネギーメロン大学(以下CMU)と国際合同授業で行うマネジメントゲームという企業経営のシミュレーションプログラムを1992年から提供しています。ここでは、カリキュラムの概要について紹介します。
当プログラムの本研究科における位置づけは大学院修士課程2年次目のMBAの学生のためのCapstone Courseすなわちまとめのコースです。1年次に主としてマーケティング、ファイナンス、アカウンティング、マネジメントなどの機能分野別の基礎科目を設置し、2年次にこれらの科目をどのように組み合わせて実践の場で適応させるかという場として提供しています。その特徴としては、教員が講義を通じて知識を伝達するという従来型の学習方法とは異なり、学生たちが仮想の会社を設立し自らの知識・経験を発揮して相互に協力し、米国、ヨーロッパ、アジアなど海外のMBAの学生のチームと競争するというプログラムであり、我々はこれを「グローバルアクションラーニング」と名づけています。
マネジメントゲームは、MBAの学生が4ないし5人一組で腕時計を生産・販売するグローバル企業を仮想的に2年間経営するというものです。ライバル会社は4社あり、いずれもCMU他の海外の大学のMBAコースの学生の会社になります。各々の学生たちは社長ないし副社長のポジションを与えられて、向こう2年間の経営を委託された執行役員となります。社内のポジションや組織の決定はすべて学生たちの判断と責任の下に自由に行うことができます。各社とも日本、中国、アメリカ、メキシコ、イギリス、ドイツという六つのマーケットに対して普及品と高級品の二種類の腕時計を現地通貨で販売を行います。これらの意思決定はインターネット上でCMUのサーバに送られ、直ちに結果を見ることができます。ライバル会社と競争し、ROE、ROA、ROS、マーケットシェア、株価等々の数字上の経営指標と取締役会における第三者からの人的評価、さらにはメンバー間の相互評価の総合点で順位と学生個々の成績が決定されます。
今年度は米国、日本、中国、アルゼンチン、チリ、ウクライナ、ロシアの7ヵ国から約500名のMBA学生が参加し、20のグループに5チームずつがランダムに割り当てられており、本研究科の学生たちもすべて海外の学生チームと競争することになります。
マネジメントゲームは純粋なe-Learningプログラムではありません。各大学にはそれぞれ担当教官がおり、必要に応じて経営戦略やビジネスプランニングの講義を行っています。また、取締役会や労使交渉といった対人交渉の要素も多く組み込まれており、ITはこれらの諸活動が円滑に行われるための補助的な機能を果たしています。
さて、本プログラムにおけるITの活用ですが大きく二つに分類されます。一つはITによる情報共有であり、もう一つはITによる学生の知的生産性の向上です。以下にその概要を紹介します。
(1)ITによる情報共有
世界各国で同時にプログラムが進捗するため、ゲームに必要な情報はすべてCMUのサーバに格納されており、学生たちは随時それらを閲覧することができます(図1)。
図1 CMU Web
(http://management-game.gsia.cmu.edu/index.html)のドキュメントファイルリスト
学生が参照しなければならないファイル数(Word、Excel、PDF)は数十に上りますが、これらのドキュメントを熟読することによって各大学の情報格差がなくなり、公平な条件でゲームに参加することができるようになります。
Webを通じた情報共有を行うことにより、北米・南米・アジア・ヨーロッパと各地に分散したことによる、学事暦や時刻の違いを極力小さくすることが可能となっています。
ゲームが始まると学生たちは独自に自分の会社を外部取締役や他の学生たちに紹介するためのInvestor Relations web siteを作成し自社の経営方針や現在の成績などを公表します(図2)。
図2 本学学生が作成したInvestor Relations用Webの一例
ルールで学生は他の会社の株式を売買して自らの資産を増やすことができることになっているため優れたInvestor Relations web siteを作成して自社の株価を高めようというインセンティブになっています。
また、「オンラインオークション」といって自社が製造した時計を政府調達の入札を通じて販売できるというルールもあり、インターネット上のオークションと同様定められた時間内で最低価格を提示した会社が落札するようになっています(図3)。
図3 オンラインオークション画面
このようにインターネットの特性を活かして、世界の大学が同時に競争できる環境が用意されています。 さらに、期間中に最低1回は本学(東京)とCMU(ピッツバーグ)のキャンパスを結んだテレビ会議による遠隔授業も実施しています。通常の質疑応答は電子メールを通じて行いますが、複雑なルールの説明は直接的なコミュニケーションのほうが効率的です(図4)。
図4 CMUとの遠隔授業風景
(2)ITによる知的生産性向上
本学MBAコースの学生は1年次にデータ分析や統計、ファイナンス、会計などの科目を学び理論には一定レベルの理解に達していますが、現実に膨大な量のデータを限られた時間内で分析を行い、戦略を立案して文書化し、実際にプレゼンテーションと質疑応答を繰り返し行うプロセスを経て、国際競争化で海外の企業人と対等に競争できるビジネスリーダーへと成長していくわけです。学生は過去6年分の経営データ(図5)を表計算ソフトウェアを使いながら分析して数十ページのビジネスプラン(図6)やマーケティングプランを英語で作成します。また、全部で3回ある取締役会でプレゼンテーションを行う必要があります。また、1チーム4〜5名で活動しますが、多くが昼間は仕事を持つ社会人大学院生であるためメンバー間の緊密なコミュニケーションのために電子メールは欠かせません。このプログラムはPCなくしては成立しないのです。
図5 分析対象データの一例 図6 取締役会用プレゼンテーションデータの一例
ITの経営学教育についての利用事例として本学の「マネジメントゲーム」をご紹介してきましたが、このプログラムはきわめて現実のビジネスに近い内容であり、包括的な教育プログラムであるという特徴を持っています。したがって必要に応じてITを利用するという発想です。
つまり、プログラミングされたコンピュータと人間が経営シミュレーションを行うという「ゲーム」ではなく、あくまで人間と人間が会社経営を通じて競争する過程を支援するためにITが情報の共有と知的生産性の向上のために活用されているという内容になっています。
ただし、500名にも及ぶ世界のMBAの学生が同時に参加できるプログラムはITの支援なしには成立しません。また、このプログラムは学生のITリテラシー能力向上を目的としたものではありませんが、これまで述べてきたような過程を通じて結果的には修了後の学生たちのIT能力の成長も確実に認められるものとなっています。