医学の教育における情報技術の活用
藤岡 睦久(獨協医科大学放射線医学講座主任教授)
医学教育は急速に変化しつつります。医師に求められる知識と技量のレベルは世界共通であり、すべてに先んじて医学教育のグローバル化が図られるべきでしょう。しかしながら実際には言葉の壁と政治経済体制の違いによって、国際化の最も難しい分野となっています。したがって医学教育のグローバル化は遅れ、それぞれの国の医師免許制度によってそれが守られていますが、医学研究や医療技術はその壁を超えて進入するため、医学教育のグローバル化が必然となってくることになります。
我が国の医学部教育は高等学校卒業後の6年間で行っています。医学部教育は一般的に教養教育、基礎医学教育および臨床医学教育に分けられています。直接患者を扱う学問が臨床医学とされ、内科学、外科学、小児科学、精神医学、産婦人科学、眼科学、耳鼻咽喉科、放射線医学などが含まれますが、歯科学と口腔外科学は医学部には属さず、歯学部に属します。臨床医学を学ぶための基礎として、解剖学、生理学、生化学、公衆衛生学、薬理学、病理学、法医学、細菌学などがあります。医学部の学生の教育は、6年間の教育の後医師国家試験で完結します。しかしながら医師としての研修は医師免許証を取得してから始まると言っても過言ではなく、医学部の教育はその基礎部分となります。
アメリカでは医学部教育は、一般の大学を卒業してからの、いわゆる大学院教育として、行っていますが、医師になるのに年限がかかりすぎるというのも問題となっています。しかしながら医学を学ぶのに必要な基礎的な知識として、高等学校の教育では不十分であるということで、我が国では教養課程として生物学、化学、物理学、数学、統計学などのいわゆる理数系の学科と、医師となるための教養として文系である哲学や社会学および語学として英語学やドイツ語学を教える体制が長く続いてきました。教養2年、基礎2年、臨床2年という形で、区切った教育が行われてきたわけですが、国家試験が厳しくなったこともあり、6年目が国家試験の予備校化し、ベッドサイド教育と呼ばれる臨床現場での教育を5年生の1年間で行うため、臨床医学と基礎医学を4年生の終わりまでに教育しなければならず、そのため教養部門ばかりではなく、基礎医学部門も圧縮されつつあるのが現状です。
私学では特に入学試験の科目数が少なく、医学を学ぶために必要な生物や物理、化学などの基礎的な知識に乏しい学生に大急ぎで教え込む必要もあり、教養部門もその合理化が迫られていることになります。学生にとってもせっかく医学部に入っても高等学校の続きのような授業では興味がわかず、ドロップアウトする学生が出てくることもあり、アーリーエックスポージャーと称して、入学したての学生を病院に連れてきて、医学を学ぶ意欲を高める試みなども行われています。また、解決型の教育と称してチュートリアル教育なども取り入れられ、現在医学部教育は混沌とした中であらゆる実験が行われていると言っても過言ではありません。
一般的に医学教育と言っても、基礎医学と臨床医学で異なるばかりではなく、一つ一つの教科ですべて異なっています。しかしながら、多くの教科は講義と実習に分けることができ、教える形態としては一定のルールがあることも確かです。知識を習得させる方法としてはクラスルーム型の講義が広く行われており、系統講義と呼ばれ、教科書やシラバスをもとに講義形式で行われています。この部分は既に多くの教員がPowerPointを用いて、工夫を凝らして講義を行っています。
クラスルーム型講義では、ある分野の全体を概説する必要があるため、かなりの量の教材を短時間で講義しなければならず、教員から学生への一方通行的な教育となりがちです。そこで、私自身PowerPointを用いた「オートマチックドリルファイルによる講義」を考案し、実施しています。これは講義のはじめに20から25問からなるミニテストを実施し、学生の興味を引きつけて、講義を聴く目的意識を持たせ、講義終了後にもう一度同じミニテストを実施し、最後にミニテストの解答を提示して講義を終了するという方法ですが、全体をPowerPointを用いてプログラムしてあるのが特徴です。
講義の表題画面から、問題ファイル、解説ファイル、解答ファイルへそれぞれハイパーリンクしており、すべてワンクリックでファイルを選択できるようになっています(図1)。
図1 スタート画面
ミニテストは学生の興味を喚起するためのものであり、問題は二者選択で、解答はどちらか一方、両方正解、両方不正解の四者択一となっています(図2)。画面を12秒間観察し、画面上に「3、2、1、0」とカウントダウンが1秒ごとに表示され次の問題に自動的に変換し(図3)、学生は時間に追われることで、画面に引きつけられ、強制的に頭を使わされることになります。
私の専門とする放射線医学の画像診断の分野では、この方法により、少なくとも同じ画像を異なった状況下で4回見せることができるため、クラスルーム方式の講義方法としては有効ではないかと考え、ここ数年この方法を用いて講義を行っています。
図2 四者選択の問題
図3 カウントダウンの表示
PowerPointは、クラスルーム型の講義では人数の多寡にかかわらず有効な方法であり、動きを入れることで、論理的な位置関係や時間的な関係を示すのに非常に有効です。学会の発表は現在すべてこの方式となっており、教員ばかりではなく、学生もその利用法に習熟しなければならない状況になりつつあります。
教材としても静止画像だけではなく、ビデオ画像も用いることができ、動画を入れることで、より理解を深められるような工夫も成されてきています。PowerPointに載せる教材を共同利用しようという試みも出てきており、インターネットで種々のサイトからダウンロードして使用することもできるようになっています。種々の原教材を用いて、自分のオリジナルなプレゼンテーション教材を作成するのが、個々の教員に求められるようになるでしょう。その教材はそのまま自習用教材として学生に提供され用いられることになり、教室内での教員と学生の対話もPalmや携帯電話などを用いて可能となると考えています。
さらに、ITは医学教育の方法としてあらゆる可能性を提起しています。医学教育で実習は欠かせないものです。実習にITを導入するということはシミュレーションが可能となることであると考えます。特に生体を用いる実習については、仮想現実のモデル化から模擬患者ヒューマノイドロボットの活用へと進むと考えています。生体から得られた種々の情報をカスタマイズモデルとして安く作成できれば、学生の段階から高度の医療技術の習得が可能となります。医療技術の習得がかなりの年齢となってから行われなければならない理由はありません。技術は若いうちから学ばせるべきであり、医学部に入学してすぐに技術から教え込んで、臨床医学から逆に基礎医学の方向へ、そして最後に教養課程で一般教養を教育するほうが良い医者ができるかもしれません。
医学部教育にITを導入することは、医学部教育自体の革命となる要素を含んでいると思います。現状はPowerPointやインターネットをどう使うかといったレベルでしょうが、仮想現実によるモデル化とシミュレーション技術と、さらにそれを応用した模擬患者ヒューマノイド・ロボットにより、医学教育を抜本的に考え直すことも可能になると考えています。同時にITは時空を超える性質を持ち、e-Learningによって普遍化し、医学教育の本質であるグローバル化が急速に進行するものと考えます。