医学の教育における情報技術の活用

東海大学医学部授業におけるIT活用の現状

上野 滋(東海大学医学部小児外科学助教授)
中澤 博江(東海大学医学部生体構造機能学教授)



1.はじめに

 医学教育では、人体の細胞・細胞内小器官というミクロから、肝臓や筋肉などのマクロの臓器の構造を理解し、張り巡らされた血管網とその流れなどの動的な現象を学ぶ必要があります。ダイナミックな身体の全体像を把握し、異常所見を識別する能力を得させるのにIT技術を駆使した動画や音声を用いる教材は威力を発揮し、学生の学習意欲を高め、自学のチャンスを与える効果があると思われます。また、医学教育では、自ら問題を発見し、それを解決する能力を習得させることが求められますが、学生が疾患や症状・病態などについての膨大な量の情報の中からITを利用して効果的に検索し、学生個人が整理して学ぶことができます。さらに、ITは学生と教員の双方向のコミュニケーションを個別に行う環境を整えることで、チュートリアル教育により役立てることができます。
 このような観点から、東海大学医学部では、IT教材を授業に取り入れると同時に教員にIT教材作成を推奨し、さらに電子掲示板を作成して授業に取り入れられるよう組織作りと環境整備を行っています。


2.学内支援体制作りと現在の環境

 2000年4月に医学部全体でIT教材作成を推進する必要性が認識され、教育計画部の下部組織としてIT教材支援室が設けられました。支援室に教材作成専任の技師を置き、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の医学部のデジタル教材デザイン部の助教授(SHJ Uijtdehaage博士)を招聘して、技術員の教育、教材作成ソフトの紹介、支援組織のシステム作りに携わってもらいました。また1ヶ月の滞在中に頻回にファカルティ教育のための講演会を開催し、実際のUCLAの教材を供覧してIT教材の利点を教員に浸透させるように試みました。Uijtdehaage博士は2001年にも学術振興会の助成で再来校し、UCLA教材の使用許可や著作権処理方法などの基本条件を確立させ、図1のホームページを具体化させてくれました。

図1 医学部授業科目とIT教材

 1年生から6年生までの全科目のうち、鍵の印のないところは一般公開されていますが、鍵の部分はパスワードが必要で、サイドテキストとして、またセルフトレーニングとして利用するようになっています。内容は講義担当者の責任で作成されており、アニメーションによる動画やCT・MRIの画像に加え、神経所見のとり方ではモデルを使って実際に神経反射の様子を見ることができ、病的な状態の集録もあります。自宅からのアクセスも可能になっています。またクイズ形式の自学教材もあります。
 近年、学生自らが問題を発見し解決する能力を習得させるための学習方法として、問題基盤型学習PBL(Problem-Based Learning)/チュートリアルが注目されていますが、3、4年生を対象としたこの授業では、電子掲示板を設けています。掲示板は、グループ員とチュータのみがアクセスできるもので、グループによる問題発見のステップを経て個々の学生が自ら学習項目を課題として見つけた後、学生が調べた結果を掲示板に書き込みます。書き込んだ内容はグループ内の学生間で共有するとともに、チュータも掲示板に助言を書き加えることができ、その後に行われるグループ内での討論に役立て、さらにレポート提出の場を提供しています。
 学内のハードの環境は、図2で示したように完備されているとは言いがたく、220人入る講堂(2室)と実習室(100席、2室)は全席インターネット接続は可能ですが、コンピュータは学生が持参しなければなりません。コンピュータがあるのは、医学部棟に1室(50台)と健康科学部との共通で1室(108席)のみです。カンファレンスルーム(25室)と学生室(33室)には接続口を数個付けてあります。図書館には文献検索用とは別に自由に使用できる18台があり、購入されている既成のCDやDVD教材の利用が可能です。


3.教材の実際

  教材は、担当者が自作したもの、クイズやアニメーションの原案を考え支援室の技師と議論しながら作成したもの、アイデアのみで作成は外注したものがあります。その一部を図3に示します。画像やビデオなどをいろいろとリンクさせる形式は外注でも希望に近いものができますが、動画のアニメーションなどでは外注の担当者に臓器の形態から機能、病態などの医学知識を理解させる必要があり、頻回な打ち合わせが必要でした。

図3 アニメーションによる心電図教材

4.教育効果と学生の評価

 IT教材の使用による教育効果を厳密に評価することはできないと思います。学生へのアンケートを評価の一面として検討しましたので、2年生と3年生から得た結果の一部を紹介します。
 1)ホームページのアニメーションを使用して講義を行ったときに、授業後再びホームページを開いて勉強した学生の割合は2年生で49%、3年生は100%、2)動画やアニメーションをうまく使うと理解を助けると回答した人は89%でしたが、3)44%がPowerPointで次々に図が出るとついていけないと答えています。また4)IT教材作成に学生としての経験を活かして助言したいが22%、5)助言に加えて具体化のアイデアも出したいが11%、6)アルバイトとして作成したいが17%もありました。これまでも実際に作成してくれた学生もあり、大いに参加してもらう計画です。電子掲示板を取り入れたPBL/チュートリアルに対して行った学生アンケートでも70%が興味を示し、60%が積極的に取り組んでいます。自己学習を促すための電子掲示板も役立っていると考えます。


5.問題点と今後の課題

 一番大きい問題点は、学生が組織・病理画像からアニメーションまで枚数制限をオーバーしてカラープリンターで印刷させてしまうことです(トナー代だけで年間500万円は優に超します)。また、市販の教材の英語版では非常によくできたものがありますが、学生の利用が少ないのも問題です。これは講義担当者が授業でゆっくり解説しながら使用すると、語学の障壁を解除できますが、複数のCDやDVDの購入に費用がかさみます。またよくできたものでも、担当者の自作のほうが学ばせたい点を強調でき、講義の工夫にも役立つため自作が最良と考えますが、作成の時間が大変です。その対策として、全国の医学部の担当者が共同で教材開発に当たり、共同使用できるようにするシステム作りが必要で現在進行中です。
 ファカルティディベロップメント部署により、教員への講習会も開催していますが、現時点ではあまり効果が出ていません。今後はさらに教員へIT教材作成方法の教育を続け作成支援室を人的に強化し、日々進化している種々の作成ソフトの情報を取り入れて行くのが課題だと考えています。
 問題解決能力の習得は医学教育における重要な学習目標となっており、PBL/チュートリアルや診療参加型臨床実習(クリニカル・クラークシップ)などにより卒前から取り組んでいく必要があり、目標の達成には多数の教員の参加と学生へのフィードバックが欠かせません。しかしながら、多忙で人数の少ない教員が学生教育に割ける時間は限られており、教員の負担を増やさないでいかに学生の学習意欲を保たせて学習効果を挙げ、適正に評価することができるかが課題だと思います。ITは、そのような課題に応えられる新たな環境を提供できる可能性があり、これを活用した教育方法をさらに工夫することが求められていると言えます。

 


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