巻頭言
医療人育成のための利便さとぬくもり
廣重 力(北海道医療大学学長)
昨今の情報化の進展は、私のような昭和一けた世代にはまさしく驚異(脅威)です。かつて大学教員の現役時代にタイプライターで濃淡のある論文を打っていた当時に比べると、ワープロの登場は驚きでした。そのうちにたちまちパソコンにかわり、やがてデスクトップがいつのまにかノートパソコンに代わりつつあります。最近のニュースでは繊維状のCPUが開発され、衣服やメガネにまでパソコンが普及しそうな気配すらあります。情報のやりとりも手紙や印刷物の交換よりもE-mailによる即決即応が主流となりつつあります。街を歩いていても、いたるところであらゆる世代の人々が動画付きの携帯電話を愛用しています。
私は3年前から新入生全員に学長講話と共通講義を行うこととなり、この機会に従来のスライドやオーバーヘッド方式から、PowerPoint方式に変更しました。古稀の手習いですが、やってみるとこれがなかなか面白く、自分で好きなように画面を随時作れる喜びがあり、暇を見つけては作図に没頭する始末です。そんな中で本学では2002年度に心理科学部が新しく発足し、学生全員にノートパソコン携帯を義務付けて、IT教育方法を積極的に導入することになりました。その一つが、学部全体で進めているテキストの電子化であり、現在開講科目の約3割が電子化されています。これにより学生は、いつでも教材にアクセスし、自学自習を行うことができるようになりました。
私はPowerPointの魅力は体験していても、全学的なIT教育システムの構築について学長としてのビジョンを欠いているのではないか。そこで昨年(2003年)8月に東京で開催された私立大学情報教育協会(私情協)主宰の「理事長・学長会議」に参加して意識改革を試みました。いろいろ勉強になりましたが、なかでも学生一人ひとりの学習状態をチェックするシステムの開発と、その運用にエネルギーを傾注する教員の熱意には驚きました。本学は医療系の総合大学を目指し、到達目標として「新医療人育成の北の拠点を目指して」を掲げています。その根幹は21世紀における新しい指導原理をベースにして教育内容の刷新を図り、同時に「落ちこぼれのない教育」の実現を目指すものです。このテーマのいずれの局面でもIT技術の活用が問われていますが、私はとくに後者、落ちこばれのない教育の実現という点でIT技術の活用に興味をもっております。本学では昨年度e-Learning作成支援システムを導入し、今年度から本格的に運用を行う予定ですが、こうしたシステムや私情協のCCC事業を利用し、これを実現できればと考えています。
ともあれ新世紀に活躍する医療人にとってIT技術の駆使は避けては通れない課題ですが、同時に悩みもあります。それは医療人の育成はface-to-faceのコミュニケーションを無視しては成り立たないということです。本学は平成15年度の特色ある大学教育支援プログラムにも採択され、地域・社会との共生・協働を積極的に展開しようとしていますが、ここでもIT技術の利便さに対し、ぬくもりのある人間同士のなまの交流との調和が求められています。この悩みはあるいはグローバル化した21世紀の人類の共通の悩みで、ともに知恵を絞って解決すべき課題なのでしょうか。
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