英語教育における情報技術の活用

英語教育・学習支援のためのオンライン教材作成
〜立教大学学術推進特別重点資金(立教SFR)プロジェクト〜


小林 悦雄(立教大学コミュニティ福祉学部教授)



はじめに

 立教大学の英語教育での情報技術の活用が、教員の個人的なレベルで始まったのは、コンピュータが語学教員の間でも使われ始めた時期と重なります。だいたい1989年から1990年の初頭のことです。
 筆者の場合は、1992年にアップルのLC520というモニターの一体型を購入しました。このコンピュータについていたハイパーカードというソフトを使って、コンピュータ上のスタックと呼ばれる「カード」に自分で作成した音声再生ボタンを付け、その音声が表す単語のボタンをいくつか設けておいて、その中から正しいものを選ぶと、“Good!”という声が聞こえるように命令文を書き込みました。そして、音声ボタンで単語を聞き、正解の単語を選んでみると、実際にコンピュータが“Good!”とほめてくれたのです。これには本当に感動させられました。「これはテープとは違うものである」、「これは今までの語学練習支援を根本的に変える」というのが当時の筆者の興奮でした。その興奮から12年後の今日に至るまでの立教大学での英語教育における情報技術の活用をたどりながら、2003年から学際的に、また組織的に開始された、SFR(Special Fund for Research:立教大学学術推進特別重点資金)と呼ばれる立教独自の研究支援資金に基づいて行われているe-Learningの実践について述べてみたいと思います。


1.機械による人間の行為に対する評価と自動採点

 ハイパーカードを扱って、筆者が興奮したのは、これまで人間にしかできなかった評価段階のうちで、単純な部分、すなわち簡単な答えの正誤判断を机上のコンピュータがしてくれた、というところでした。ドリルの自動採点が可能となり、教師の助手ともいうべき存在が出現したのです。この自動採点という概念は、私にとって、コンピュータとインターネット利用による英語教育の中心課題となりました。上記のハイパーカードでは課毎の練習問題が作られ、英作文のクラスにも利用されました。40人あまりの学生が、熱心に、単語や短い文の確認をコンピュータ上で行うことができました。正解のときは、“Good!”、不正解のときは、“Try again!”の声がコンピュータ教室のあちらこちらから聞こえ、たまたまそこで作業をしていた外国人教師が、不思議そうな顔で辺りを見回して声の主を探していたのを思い出します。これが、1994年から1996年のことです。


2.インターネットの利用

 1994年と1995年には、情報科学の専門家である経済学部の長島忍先生と英語のポール・アラム先生とハイパーカード利用の共同研究をする機会に恵まれました。長島教授とは、縁あって、その後も共同で研究することができましたが、この長島氏にサーバ経由の自動採点プログラムができないものかとお願いしたところ、さっそく氏曰く「簡単なもの」を作成してくれました。それが、1997年に作られたSAITENと呼ばれるもので、現在のSFRの研究の中心ともなっている「Web上での(Web-based)練習問題作成・実行システム」につながることになります。
 これは私には夢のようなシステムでした。今では当たり前ですが、まず、学生の数に応じて問題のディスクなどを配る必要がないということです。作業はWeb上でできます。自動採点も学習履歴も取ってくれるし、採点結果はWeb上で瞬時に返され、まさに、スーパー教師というべきものであったからです。


3.Web-ASC (Web-based Automatic Shiken Creator)ウェブ利用オンライン試験自動作成システム

 1999年から2002年にかけては、Web上で行えるオンラインドリルやオンライン試験の利用研究の年となりました。基本的には、自動採点ですが、SAITENがソース上に正解を埋め込まなくてはならないのに対し、新しいシステムは、問題を作り、正解と伴にサーバに転送し、それをすぐに学習者が利用でき、さらにその自動採点と履歴を取る、という三つの機能をWeb上で行うことを可能としました。筆者の授業の復習、期末試験に大いに利用しました。
図1 CALL教材シリーズ「Listen to Me!」の初級用、中級用
画面中の@51@52...の部分が答えの選択肢。下段は正解欄。選択肢と短い単語の穴埋めが可能。

4.SFR(立教大学学術特別重点資金)による学際的研究

 さて、これまで個々の教員がばらばらに行ってきた研究を統合し、立教大学全体の教育に役立てようという試みが、2003年から語学教員を中心に始まりました。研究課題は「教育支援用e-Learning教材作成と使用のための共同利用システム開発」です。この研究には、英語教員の他に、ドイツ語、中国語、日本語教員が参加し、さらに、情報処理教育の長島氏に参加してもらいました。2003年度に行われた研究は、3で述べたWebASCと市販のWeb教材作成ソフトである富士通のNavigwareの二つのシステムによる教材作成及び授業実践による学習効果とシステムの使いよさの比較が中心となりました。

(1)WebASCでの実践
 WebASCは、特別なソフトを必要としないので、誰でも利用できるところが優れています。立教大学の英語単位認定試験のための自習ページが一部作成され学生に利用されました。また、英語のリーディングとリスニングというクラスの統一試験の過去問題を提示するのに使われています。
図2 単位認定試験のための自学自習用ページ
http://koby2.rikkyo.ac.jp/cgi-bin/onepage.cgi?koba+kobact01
 上記のような問題を作ると、学生は、教科書は自分のものを読み、内容についての設問にWeb上で答え自動採点で答えを確認しながら、自習できます。

(2)市販教材の利用(Navigware)
 立教大学の英語教員による市販のオンライン教材作成システムの検討は2000年頃から始まっていますが、このSFRの研究では、富士通のNavigwareを選んで試験的に使うことにしました。WebASCと違って、個人成績管理機能が優れています。
 教材には、立教大学で開発したリーディングとリスニング教材のビデオを利用して、リスニング練習問題を中心に作成し、授業で使いました。また、現在、同じ教科書を利用して速読の練習問題も作られて実験的に使われています。これらは、http://sfr.rikkyo.ac.jp/inavi/index.htmで、ユーザを「guest005」、パスワードを「rikkyo」とすることによって実際に使うことができますので、お試し下さい。
図3 立教大学SFRプロジェクト
Navigwareによる教材:英語Reading &Listeningより。All rights reserved by Paul Allum at Rikkyo University.
 Navigwareは優れたシステムだと思いますが、Navigwareに限らず、商用のシステムは、利益を得なければなりませんから、使用者からしてみると満足できないところがあります。まず、教材作成のために、教材作成キットを、また、学習者の成績を管理するために、学習管理キットを教員が一人ひとり購入する必要があります。両方合わせて10万円を超えますので、教員数に合わせて購入するとかなりの金額になります。また、学習者用ユーザクライアントのライセンスを購入する必要もあります。これは、同時アクセスライセンスですので、いくつものクラスが重なる場合、人数によっては高額になります。単価を下げ、多くの学習者を獲得する方向が発展的だと思われます。講座を更新するとそれまでの履歴が消えるという問題もあります。
 また、大変残念なことに、このシステムで教材作成をする場合、中国語、韓国語などのフォントに対応していません。これはぜひ改善しないと、第2外国語を扱う大学では採用しにくいことなどが分かりました。


5.委員会と事務局の支援

 私たちの研究実践がうまくいったのは、立教大学に「情報企画委員会」や「メディアセンター」からの支援があったからだと思います。情報企画委員会では、もともとは情報処理の授業方法改善が検討されていましたが、早い時期から語学でのネットワーク利用のための便宜も図ってくれるようになりました。また、メディアセンターでは教員の新しい試みを応援し、アルバイト学生を養成して教員の研究補助として提供してくれました。こうしたスタッフの支援、協力があったおかげで、語学教師による情報の施設の利用と情報技術活用が、1900年の初頭からできたのです。この分野では教員と事務側の協力体制が大切です。


6.立教の将来計画

 2004年には、立教大学のコンピュータとネットワークシステムが更新され、新しいLMS(Learning Management System:学習成績管理)も導入され、e-Learningの準備が整いつつあります。この新規LMSを使っての実践は2004年度の課題となっています。現在、正規英語授業の一部をネットワーク上で行うことを目指してカリキュラム、ハード、ソフト、教材を検討しているところです。これまでもそうでしたが、生身の人間が教えているような教材提示方法と、自主的に学習する気になる内容を持つ教材開発がテーマとなっています。

参考文献
[1] 小林悦雄・早瀬光秋・長島忍(共著):To Support Distance and Lifelong Learning (4) --The Development and Use of a Web-based Automatic Shiken Creator (WebASC).立教大学コミュニティ福祉学部紀要 第4号,pp.37-58, 2002.
[2] Etsuo. KOBAYASHI, Mitsuaki HAYASE and Shinobu NAGASHIMA:On-line English Drills and Tests with Video and Audio Files. "International conference: People, Languages and Cultures in the Third Millennium", Far-Eastern English Langauge Teachers Association in Russia,pp.240 - 244, 2001
[3] 長島忍・小林悦雄・早瀬光秋:一般情報処理教育のためのファイル転送管理システム. 情報処理学会第56回全国大会講演論文集4,pp.270-271,1998.
[4] 小林悦雄:LLからコンピュータラボへ--英作文授業でのコンピュータ利用の実践--.立教大学研究報告<人文科学>第56号, pp.64-78,1997.
[5] Etsuo Kobayashi,Paul Allum, Shinobu Nagashima:Computer-assisted Language Learning --Issues and Initial Experimentation.立教大学研究報告<人文科学>第55号,pp.31-48,1997.


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