機械工学の教育における情報技術の活用
デジタルエンジニアリングによる機械系ものづくり教育の試み
青木 義男(日本大学理工学部助教授)
入江 寿弘(日本大学理工学部講師)
川幡 長勝(日本大学理工学部教授)
1.はじめに
昨今、機械工学系の教育において基礎学問と機械設計の関連付けが不得手な学生が多くなってきています。例えば、従来の機械系分野に進学しようとする者は、機械いじりや工作の経験があり、機械系の勉学に強いモチベーションを持った者が多かったのですが、今日では、機械いじりをした経験もなく、就職に有利であろう程度の軽い動機で進学してくる者が多くなっています。このため、低学年で学ぶ基礎力学や実習・実験といった機械設計のための基礎的知識を、実際の製品の設計・製図の際にほとんど活かせず、同様の学習を再度行わせるなど、従来と異なったカリキュラムでの対応を余儀なくされています。これらの現状から、機械系への新入学生に対して、早い段階での動機付け教育の必要性がますます高まってきたと考えられます。
一方、昨今の工学教育において、「デジタルエンジニアリング」や「数値実験室」などのキーワードが注目され始めています。これらは情報技術の進展とともに、工学解析や設計の手段として活用されるようになった数値解析ソフト、設計用CAD、製造機械制御ソフトなどを統合して、図1のように設計から製造までをコンピュータ可視化技術によって行う「ものづくり」の捉え方から派生したものであり、試行設計が容易に実現できるため、机上において設計から製造までの流れをイメージとして比較的短時間に体得できる利点があります。
|
|
|
3次元CAD |
|
製品モデル加工 |
図1 携帯電話の設計と製品モデル加工の流れ |
先にも述べたように、専門教育で学習する各科目が、「機械工学におけるものづくり」の過程(概念設計→機構設計→機械要素設計→製品加工→組立て→品質管理)でどのように係わってくるかを体験的に学ばせることは、専門教育科目を積極的に学ばせるための動機付けにも効果的と考えられますが、入学初期の教養課程においてデジタルエンジニアリングを活用する機械系カリキュラムは、全国においてもほとんど前例がなく、先駆的な試みになると考えられます。本教育研究は、このデジタルエンジニアリングに活用されているアプリケーションソフトによって、コンピュータ内で機械製品形状をどうやって作るか、そして作られた3次元形状をどうやって製品に加工するかを、実体験によって体得する動機付け教育を試み、その学習効果について検討するものです。
2.実施内容
コンピュータ上での描画、図面作成のツールとしては、3次元CADのアプリケーションソフトであるPro/Engineer Wildfireを用いました。学内には他のCADソフトが導入されていましたが、Pro/Engineerは、導入教育に利用しやすい3次元CADであり、2次元CADのように三面図の見方などの図学の基礎を習得しなくてもある程度使いこなせます。また、Webを利用したオンラインチュートリアルが充実しているので、授業時間内に基礎的使い方を習得しておけば、自学自習によって応用範囲を広げられるよう考慮されている点が、動機付けという目的に合致していると判断しました。このソフトを、学内の情報教育研究センターの演習用コンピュータ240台に導入し、利用登録した学生が授業時間以外でも自由に利用できる環境を構築しました。その上で、Pro/Engineerによって作成した図面データから、直接製品やモックアップを加工できるNC工作機械(切削加工装置)を4台導入し、Pro/Engineerで作成したモデルを製造できる環境を整えました。
次に授業計画は、1年次生140名を一組32名の小グループに分け、4名の教員とティーチングアシスタントによって指導を行う、次のような全4回のカリキュラムを考案しました。
1)第1週目(90分授業×2)
Pro/Engineerの基本的使用法と基本モデル作成を用いた操作演習(立体形状の表現・形状処理・形状特徴・パラメトリック・アセンブリ、プログラムの起動と終了。)
2)第2週目(90分授業×2)
Pro/Engineerによる携帯電話カバーのモデリング演習(ディレクトリ操作・新規ファイル作成・単位系設定、ベースフィーチャーの作成・断面スケッチ・深さ設定・穴・カット、突起の作成。)
3)第3週目(90分授業×2)
より高度な操作と加工データ用ファイル操作演習(曲面作成、フィレット作成、面取り操作、シェル化、局面合成、部品配置、NCシーケンス設定、ツールパスの導出、加工用データ(STLファイル)の作成。)
4)第4週目(90分授業×2)
NC工作機械での携帯電話カバーモデルの製作実習(機械装置の説明・切削材料の設置・材料除去加工・モデルとの比較、加工物の確認・形状・寸法測定、考察。(図2に製作実習の様子を示します。)
|
図2 製品モデル加工の様子 |
なお、授業に用いたテキストは、基本的にPro/Engineerの開発元であるPTCジャパンが提供しているチュートリアル(Getting started with Pro/Engineer Wildfire, 196ページ)を利用して行いましたが、授業内では、このうちの主要な部分の解説のみに止めています。
3.教育効果と今後の課題
機械系における製品設計・製造過程の概念的な理解と興味の喚起を促すため、教養課程の1年生へ3次元CADを用いた動機付け教育を行いました。比較的短時間の実習教育であり、CAD自体の意味や応用分野を知らないところから始めるため、当初は「説明や補足の時間の少なさ」や「初めてコンピュータを操作する学生への対応」など、高度で専門性の高いソフトに触れさせることに対する逆効果が憂慮されましたが、現在までの学生アンケートでは、これらに対する改善要求はきわめて少なく好評です。また、ほとんどの学生から「機械設計に対する興味が深まった」、「製品ができ上がるまでの流れがよく理解できた」、「機構設計などの応用編の授業を開講してもらいたい」など、教育目標に合致した感想を得ることができました。また、さらに多くの機能を利用した図面作成方法の詳細を習得したい学生のために、応用例を示したチュートリアルを配布しているので、受講生の中には図3に示すように携帯電話を部品ごとに作図し、部品の組立図まで完成させてくる積極的な者もいました。
|
図3 部品のアセンブリ |
したがって、新しく導入した実習とその実施方法は、機械系ものづくりに対する興味の喚起に対しては十分な学習効果があると考えられますが、受講生からの要望も含めて、現状の実施方法に対する課題として次の点が挙げられます。
1)サポート体制の強化
現在の指導者数は32名に対して4名で行っていますが、質疑応答の対応が十分とは言えず、いつも授業外時間まで大幅に食い込んでしまっていた。できれば4〜5名に対して1名のティーチングアシスタントが実習指導できることが望ましい。
2)NC工作機械の台数の適正化
現在1回の授業で16名の製品加工を行うカリキュラムを実施しているが、精密な加工には1時間程度を要するため、8台以上のNC工作機械が利用できることが望ましい。
なお、本教育研究の一部は、平成16年度日本大学理工学部情報教育研究センター公募制研究費によって行われたものであり、ここに記して感謝の意を表します。
【目次へ戻る】
【バックナンバー 一覧へ戻る】