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携帯を利用した質問等収集システム〜講義での携帯利用の一形態〜
樋口 克次(大阪経済大学経営学部助教授)
1.講義内で作文し直ちに講義で利用:「50字自己紹介」をメールで提出し瞬時に表示しプレゼン
(1)短い課題文の作成と表現
経営学部 II 部で行われている講座「ビジネスプレゼンテーション(BP)」では、「50字自己紹介」を行っている。これまでは原稿用紙に清書し、ビデオOHPでモニターに出し、プレゼンテーションをさせていたが、清書段階で携帯の辞書利用からヒントを得て、直接送らせるようにしたのが「携帯電話のメールを利用した自己紹介文の配信表示システム」である。教卓のPC端末にメールさせ、教師はワープロ処理し、モニターに表示する。その前で2分程度の自己紹介をする。50字の中に二つほどの話題をまとめあげる要約の意義と、それを見せながら自己紹介する「見る自己紹介」の意義を重視した。
(2)携帯利用の課題文提出
黒板に送信先のアドレスを書き、件名を特定の形式(この講座の場合は、筆者個人のアドレスで、件名表示は必ず「BP学籍番号」)に統一している。見ていると学生はすぐに直接打ち込むようになった。その現実が次の項の「シンポジウムでの質問システム」の実践につながった。瞬間に文章は処理される。全員が打ち、送り終わるのに30分もかからなかった。
(3)説明不要なネットワーク利用
ネットワークを利用させるにもかかわらず、このシステムを実行する上では、デモも難解な説明もまったく不要である。「あなたの携帯から、50字ちょうどの文章を黒板に書いた宛先に送ってください」と指示するだけである。携帯を所持しない学生はPC端末を利用するか手書きペーパーで提出させた。
2.リアルタイムな双方向性を実現:講義を聴いてすぐ質問すぐ回答すぐ感想
(1)話の途中にメールで質問
1)リアルタイムの質問を目指して
手書き質問それ自体は、評価に加えるならば、ある程度出させることも可能である。しかし、現実にはその準備、配布回収等の手間、処理全体のスピード、書く表現能力などの点で大きな壁が存在する。メールのほうが勝っていると判断した。口頭での質問も含め、提出を自由にするかぎり、学生の質問がほとんど出ないのが現実である。メールの利用によって「話の中に文字の形で質問が入ってくる」ようになり、講義中に質問を見ながら、それに答えたり、話の中にふまえたりすることが可能となる。出し手も受け手も話の流れを止めることなく意見を出したり受けたりすることが可能となった。これは2004年度春学期の講座「新聞を読み解く」のシンポジウムで実践された(出席者280名)。
2)講師ごとにメールで質問と回答
シンポジウムでは、前半で5人のパネリストが基調報告を行った。休憩時間を含め30分程の時間を決め、学生から質問を募った。メールはこの講義用のIDアドレスに送られた。さらに、フォルダは講師ごとに分別され、件名に講師の名前を入れると、自動的にメールは講師ごとに分別され、モニターに表示された。モニター(200インチ)は5人の講師の後ろに表示されており、各講師には自分への質問を見ながら答えていただいた。将来的にはフロアに示すと同時に、各講師の机に小型液晶モニターが配置されることになろう。
3)質問を講義参加者全員が共有
話を途切れさせることなく次々に質問が入ってくる経験はこれまでほとんどなかったため、講師の評価はかなり高かった。これまで最も重要な関係者であるフロアの聴衆は質問を出すとともに、モニターを利用することによって、正確かつ継続的に質問を見たり確認したりして、質問そのものを共有することができるようになった。
(2)さめない内に感想を:感じたばかりの感想も可能に
1)帰りの電車で感想文を
第二は、終わった後の感想である。「感想は旬のうちに」がキャッチフレーズである。「来週までに今日の感想をまとめよ」ではなく、「次の日までに送ってくる」こと、可能ならば「帰りの阪急(電車)で打ちなさい」という指示を行った。携帯メールで送れるように、最低字数を200字に制限した。毎回のことでもあり、打ち手・読み手のことを考えても、200字から300字程度が妥当と判断した。
シンポジウム終了後5分で感想が入り始めた。驚くべき速さの対応である。感想メールは深夜早朝まで続いた。予想以上に早く、継続した反応であった。携帯メール利用と打つスキルの高さを実感した。
2)感想を1日で講師の元に
集約された感想は、直ちに講師ごとに分別し各講師にメールで送られた。2名の講師への感想メールに対しては少なからぬ驚きと感謝が次の日には各講師から寄せられた。ある講師には、九州の本社に帰られた翌日の夕方に60本をこえる感想メールをお送りした。講義終了後1日を経過していなかった。それ以上に、もう1名の講師には翌日の朝に20本を越える感想を提供することができた。半日で自分の講演に対する反響をメールに添付された文章で確認できるようになった。
3)講義を直ちに短い感想で表現させる
講義終了後直ちに書かれる感想文の質は、決して高くなく、十分に推敲されたものではない。これまでのような時間をかけた感想や意見を求めることも併用されるべきであるが、ここでは逆に講義聴講後の旬の感想を聞くというように発想を転換した。しかし、毎週の講義に対して簡単でもいいから何か感想と意見を持たせ提供させるためには、時間と量をベースにした「高い質」を要求する必要は特にはないであろう。
3.開かれる可能性と問題点
(1)利点と可能性
利点としては次の諸点が挙げられる。
1)双方向授業の実現に役立つ
2)反応を考慮した講義が可能
3)こちらから回答したり指導したりも可能
(2)留意点
以下のような点について留意し、注意改善する必要がある。
1)モニターが教室のあり方を変える
モニターの利用は不可欠であり、もっと容易にモニターを利用できること、より性能の高い明るいモニターを装置することが重要である。また、モニターと白板、講師の位置など教室の構造を考慮する必要がある。
2)レベルの高い操作アシスタント
Outlook ExpressとWordを利用しているが、基本的な機器操作・ソフト利用にはある程度習熟したアシスタントの存在が必要である。それによって、途切れることなくフロアからの情報を処理しフロアに返すことが可能となる。終了後のデータ処理や感想の集約などの仕事も含め、講義サポートの役割はますます大きくかつ不可欠なものとなろう。アシスタントは受講する学生自身であり、コストの点でもすべての講義でアシスタントを置くことも可能である。
3)学生は情報処理のしやすい100人以下の少人数で
講演会やシンポなどスポットの大講義は別として、継続的にこのシステムを利用するためには、学生を目の届く範囲の100人程度に限定する必要がある。情報は携帯メールによって提供されるが、現実の返答や説明、交流の基本はあくまでアナログ的である。また1週間程度の間のデータ処理と応答処理を前提すると、提出されるデータ量を制限することも不可欠である。
4)携帯利用を確認し制限できる条件を
メールの無制限な利用を認めると、講義にとってマイナスとなる行動をとることが予想される。また話を十分に聞かずメールを操作することになる。したがって、通常は携帯を利用させずメモ・ノートを取らせ、一定の時間と条件の下でそのメモから質問や意見を発信させる。純粋に私有される個別情報端末としての利用に限定することが重要である。
5)発信される情報と形式を厳密に
携帯メールでの意見提出の使用頻度は増大し、件数が増えると、形式を無視したメールが寄せられ分類や処理が煩雑になり、コストや時間、手間の点でシステムの運用が困難となる場合もある。そこで、件名などに所定の条件を満たさないメールは受け取りが拒否できるようにし、「自己責任」を明確にすることも必要であろう。
6)携帯アドレス情報の保護と処理
情報交流に利用された個人携帯端末のアドレス情報をいかに保護するのかが重要な問題の一つである。情報流出の問題と目的外に利用させない約束が不可欠であり、またウィルス感染への対策の問題も重要である。このシステムの利用者(特に教員)に明確かつ厳格な制約と義務を課せる必要があろう。
7)その他の問題
講義中メールを一斉に発信させるときの電波状態に留意する必要がある。特に閉鎖的なホールなどでは送受信が困難である場合があり、事前のデモが必要であろう。
4.おわりに
携帯はカスタマイズされた「モニター付のミニ発信端末」である。どの教室も「情報処理の質と量を限定した無線式のミニ実習室」と考えることができる。各学生は取扱いと保守を本人の自己責任とコストで行い、使用後は普通の講義室に戻る。
大きなホールをミニ端末室に変えることができた。隅々から質問が寄せられた。本来ならば質問が出しにくい大講義やシンポジウムなどでの実施が有効であり、今回はそれを目指したものであった。アンケートからは圧倒的な賛成の声が上がっている。しかし、システムへの慣れはこのパフォーマンスを低下させる。利用に制限が加えにくく、好きなときに好きな「遊び」にふけることが可能な点を持っている。したがって、大教室での利用の場合は、学生との間で携帯操作時間と利用方法に関してしっかりした確認と約束をしておくことが大切であろう。
本来少人数講座の場合、紙や発声に基づく「手作りの発言討議」の実現が望まれるところである。しかし携帯の利用はこうした発言討議を否定するものではなく、それと共存し、発言討議を導き出す導入口となるものと期待される。また情報の作成と提供と処理の容易さ、利用の簡便さからして、携帯を純粋にモニターつきのミニ発信端末として利用することこそ大きな意義があり、それを最大限有効に利用するには、限られた人数と利用時間の制限といった利用環境の制約は否定できない条件となると考えられる。
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