特集 教育ミッションとIT化(4)

 大学の学部学科の新設や改組などが容易になったことに伴い、各大学が有する教育理念や建学の理念をどのように教育で実現しようとしているか明らかにすることが求められています。また、大学での学習プロセスでは、「実感を通じての理解」という初期プロセスが重要です。しかし、近年の大学教育、とりわけITを活用した教育においては、単なる「内容の伝達」という形式的なプロセスのみが達成され、もっとも基本となる「板書を写す」などで達成される「実感」プロセスをどのように実現すべきかさえ見落とされる場合があります。
 このような点を踏まえ、各大学の持つ教育目的を実現するために、学生のQC(Quality Control:品質管理)の観点からどのように教育へITを活用していくべきか、そのヒントとして本特集を企画しました。本特集では、大学の教育方針や理念を中心にまとめていただきましたので、IT活用以外の取り組みについても紹介いただいています。



IT活用による複数言語教育プログラム


村上 正行(京都外国語大学マルチメディア教育研究センター講師)
梶川 裕司(京都外国語大学マルチメディア教育研究センター副センター長)
堀川 徹志(京都外国語大学マルチメディア教育研究センター長・学長)


1.本学の概要

 1947年創立の京都外国語学校を母体として開学した本学は、「Pax Mundi per Linguas―言語を通して世界の平和を」を建学の精神とし、多様な言語と、多様な文化が出会い、理解しあう「多言語・多文化の大学」として、高度な語学力と国際社会で活躍するにふさわしい常識と豊かな教養を身につけた人材の育成を目指しています。現在、外国語学部として英米語学科・イスパニア語学科・フランス語学科・ドイツ語学科・ブラジルポルトガル語学科・中国語学科・日本語学科・イタリア語学科の8学科および、大学院外国語学研究科(博士前期課程・博士後期課程)、短期大学英語科、留学生別科から構成されており、在籍学生は約4,600名、専任教員は127名です。
 本学の教育課程の特色は、1)専攻する言語の確かな語学力修得を縦軸とし、専攻語圏の地域研究を横軸とした高度な言語運用能力の獲得と深い専門的知識の修得、2)15カ国語に及ぶ多様な第2外国語(必修)と第3外国語(選択)の修得を積極的に推進することによる多言語習得と、そこから生まれる多様な視点からの異文化理解、3)異言語・異文化を深く理解することに必要な人間性・社会性の育成をめざした教養教育の充実を図っていることです。とりわけ近年は、グローバル化が進展する中、単に外国語を話せるだけでなく「その地域を理解するために外国語を学び、外国語を学ぶことによって日本を知る」という方針のもと、教育研究活動を推進しています。
 その理念に基づき、特にITを活用した特色ある教育研究活動として「マルチリンガルCALL授業」と「京都文化情報の多言語データベース構築」があります。また、これらの取り組みは、それぞれ平成16年度文部科学省「特色ある大学教育支援プログラム」に採択された「入学者の質的変化に対応する学習支援−学びの環境づくり」(京都外国語短期大学)および、同「現代的教育ニーズ取り組み支援プログラム」に採択された「官学連携による観光振興−多言語で京都を発信する」(京都外国語大学)に関連したプロジェクトです。


2.マルチリンガルCALL授業

 この取り組みは本学が推進してきた多言語習得の推進の一環ですが、それまでの取り組みとは大きく異なった、以下の三つの特徴を持っています。

1)英語を基軸とした二言語同時学習
2)対象となる二言語を専門とする教員2名によるティームティーチング
3)CALL(Computer Assisted Language Learning)を中心としたマルチメディアの活用

 これまでの多言語習得プログラムでは、それぞれの言語ごとに個別に授業を行ってきましたが、この取り組みでは、二言語を同時に教授学習するというコンセプトを持っています。実際の授業では、それぞれの言語を専門とする複数教員がティームティーチングで連続2講時(180分)授業を行い、両言語の文法、語彙、発音等の比較言語学の観点から分析、比較文化の観点からの考察を行うことで、両言語と両文化への理解の深化と、言語運用力の向上等の実用面での強化を目指しています。
 二言語同時学習を実現するためにティームティーチングを採用し、その実践例は初等中等教育では数多く見られますが、大学での専門教育において異なる専門分野の教員が、それを行うといった試みはあまり見られません。しかし、各語学科の専門基礎科目履修後に位置づけた高い専門性を持つ科目での授業であるため、一人の教員が二つの言語の専門分野に精通することは極めて難しく、ティームティーチングが必然的に要求されたのです。
 そしてこのティームティーチングを十分に機能させるためCALLシステムで用いる教材が多数、開発されました。担当教員間の話し合いの中で、講義で取りあげる主要なテーマ・語彙・文法について必要に応じて授業中に演習させるため、それを効果的・効率的に行うものとしてCALLの導入が決定されました。講義はすべて3室あるCALL教室で行われますが、これらの教材が、自学自習にも活用できるように、マルチメディア教育研究センターとの連携によって情報処理自習室での利用が可能な環境を構築しました。
 平成15年度にこのプロジェクト初の科目として、英語とフランス語の二言語同時学習を行う「CALL EF」を開講しました。この科目の学生による授業評価では、講義全体、二言語同時学習、ティームティーチング、教材の4点における満足度が高く、さらに即効的な言語運用能力向上よりも全体的な語学力の向上についての評価が高くなりました。両言語や両文化圏の相違の認識に対する評価も高く、また大学の授業全般への学習意欲が向上していることも明らかになりました。この「CALL EF」への高い評価と、学科間の連携の中で、平成16年度以降、英語と他の言語の組み合わせを増加させてきました。現在、既開講及び18年度開講予定の科目を表に示します。
表 マルチリンガルCALL授業の進展
平成15年度 平成16年度 平成17年度 平成18年度
(予定)
対象言語
CALL EF 1 CALL EF 1 CALL EF 1 CALL EF 1 英語・フランス語
  CALL EF 2 CALL EF 2 CALL EF 2  
  CALL EE 1 CALL EE 1 CALL EE 1 英語・イスパニア語
  CALL EG 1 CALL EG 1 CALL EG 1 英語・ドイツ語
    CALL EC 1 CALL EC 1 英語・中国語
      CALL EP 1 英語・ポルトガル語

3.京都文化情報の多言語データベース構築

 これは、前述の「地域を理解するために外国語を学び、外国語を学ぶことによって日本をも知る」という本学の教育方針に基づく新たな取り組みです。これまで学内のみで行われていた教育研究を「京都」という地の利を生かして学外へ広げようというプロジェクトです。学生は京都−自国の文化を専攻語で表現するスキルを身につけることができると同時に、日本的なものが凝縮された京都について学ぶことで、自身のアイデンティティの確立に繋がります。地域(京都)にとっては、学生たちの学習成果が学生により多言語で世界に発信されることにより、観光振興のみならず、よりいっそうの文化交流、異文化理解の機会が生まれます。さらに教員にとっては、これまであまり経験してこなかった社会との交流、さらには連携の機会を提供しています。
 この中核にあるのが、京都の文化と伝統を、本学で開設している8学科の言語で蓄積し、インターネットを通じて発信するという、多言語京都情報データベースの構築です。このデータベースは、世界に向かって京都情報を発信しますが、本学の教育にとっては、二言語同時学習を中心とした語学科専門科目の貴重な教材となるものです。
 このプロジェクトの実現に向けて、平成16年度秋学期、リレー講義形式の「京都文化論」が開講されました。この科目は、本学の教員の講義に加え、科目コーディネータ(本学教員)が京都市産業観光局、商工会議所、経済同友会等から講師を招き、それぞれの講師が深い造詣を持つ京都の祭、行事、伝統工芸、伝統芸能、文化財等々の講義をお願いし、学生にリアルな京都文化に触れさせ、それへの認識と知識を深めさせます。そして17年度は「京都文化論」の受講の成果を、専攻語でまとめる「京都研究プロジェクト」を開講し、各々の学生に研究成果をまとめさせます。
 これらの科目の受講生が、多言語京都情報データベース構築の中心を担います。このように学生中心で構築を行いますが、「京都文化論」に配置する科目コーディネータと、「京都研究プロジェクト」で学生の個別指導を担当する7学科のチューター(外国人教員)とで、定期的に意見・情報交換を行い、正確で充実した内容の成果を公開できるような支援体制をとっています。学生の研究活動は、主にグループ単位で行わせますが、この過程で異なる言語を専攻する学生たちがコンテンツについて議論し合う中で、各々、学んでいる言語に対する認識を相互に深める機会となることを狙っています。各々の研究成果が発信されるまでの過程は、デジタルポートフォリオとして学内の研究用データベースに登録します。そして、コーディネータ、チューターが進捗状況を把握し、適宜指導を加え、十分な成果が達成された段階で公開を承認し、学外へと発信するグループワーク支援システムを構築します。その概念を図に示します。現在、学生の研究成果を学外に公開する準備を行っており、平成17年度後半には公開予定です。
図 グループワーク支援システム概念図


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