教育事例紹介 法律学


サイバーコートシステムと法学教育のIT化


笠原 毅彦(桐蔭横浜大学法学部教授)


1.サイバーキャンパス・サイバーコートプロジェクト

 2001年から始まった、桐蔭横浜大学のサイバーキャンパス・サイバーコートプロジェクトでは、「サイバーキャンパスプロジェクト」として、大学の講義を活性化するためにITを導入し、キャンパスをインターネット上に広げる試みを「サイバーコートプロジェクト」として、司法のIT化の可能性を探り、遠隔裁判の実証実験の試みを行ってきました。
 サイバーキャンパスの目的は、現在、大学の講義のほとんどを占めている「知識の伝達」をオンラインに移し、講義は、得られた知識を前提とした質疑応答を中心としたものにすることにより、いわゆるソクラティックメソッドを実現しようとするものです。具体的には、

1) 講義のWebサイトにアップロードされた教材・資料等に事前に目を通し、
2) 事前にオンラインの掲示板の会議室で、学生間で与えられた課題を議論することが求められます。これにより、知識を持ち、論点を理解した学生が講義に出席することになり、質疑応答式講義が可能になります。講義中に議論が終わらず、会議室でその続きが展開されたり、疑問点を解消したり、教員そっちのけで、学生同士で問題を設定して議論が始まったりと、まるで、講義がゼミになったかのような活性化を経験しました。さらに、
3) 講義のVODを使って復習し、あるいは、就職活動・病気等の理由で出席できない学生を補助し、
4) チャットによる個別相談、バーチャルオフィースアワーができるようにしてあります。

 このような参加型の講義展開により、以下の効果が期待できます。

1) 「教わる」から「学ぶ」、「受身」から「参加」と学生の受講態度が変わり、
2) 「いつでも、どこでも」学ぶことのできる、「ユビキタス環境」が実現され、
3) 学生間の議論という共同作業による「コミュニケーション」を図ることができ、
4) 全員の目にさらされた発言レポートによる評価は、「成績評価の客観化」に繋がります。
 利用を動機付けるために、筆者の講義では、会議室の議論とレポートのみで採点し、定期試験は成績に不満な学生のみが受験するようにしています。参加者が劇的に増えました。
5) また、会議室に「OB・先輩・友人の参加」を依頼し、専門家の意見を聞くことができるようオープンな場にしています。
6) さらに、同じ内容を教えている非常勤の大学も含め、複数大学にまたがって、一つの会議室で議論してもらうことにより、多様性に富んだ意見が出るように工夫しています。

 学生は、半分冗談、半分本気で、このシステムのことを「予習・復習強制システム」と呼んでいます。確かに、学生の負担は急増します。ただ、学生間の議論を中心としているとは言え、学生と同じくらい、あるいは、それ以上に教員の負担が大変です。同様のシステムを採用しているハーバード大学(「ロティセリー(回転焼肉機)」と呼ばれています。)では、学生と職員がコンテンツの9割を作成しているといいます。TA等、教員を支えるシステムが必須というのが実感です。
 このサイバーキャンパスプロジェクトは、次のサイバーコートプロジェクトに、技術的に多くを依存しています。サイバーコートプロジェクトで培った技術をサイバーキャンパスに応用し、また、逆に、サイバーキャンパスでの経験を、授業科目としての「サイバーコート(遠隔模擬裁判)」に生かしています。


2.サイバーコート

(1)サイバーコートシステム
 保守的と呼ばれる法の領域でも、IT化の影響はあちこちに見られるようになってきました。株券がなくなったり、登記簿が電子化されたり、手形や船荷証券、さらにはお金まで。
 司法制度自体にも、督促手続のIT化や、証人尋問へのテレビ会議システムの導入、電子メールによる申立てという形で、諸外国と比べると遅れ気味ですが、少しずつ導入されつつあります。
 サイバーコートプロジェクトでは、司法にどのようなIT技術を応用することができるかの実証実験を行うために、本学にある二つの法廷、模擬法廷と陪審法廷をIT化し、実験を繰り返しました。システム構築の基本方針は、「特定のOSに依存しないオープンソフトで作ること」、「デファクトスタンダード以外のソフトに依存するフォーマットでデータを作らないこと」、「スコームに準拠すること」に置きました。残念ながら、条件を満たす市販ソフトがなかったため、KDDIの研究所との共同研究の形で、LinuxとFreeBSDでシステムを作り上げました。
 ISDNではなくIP-Netを使った多地点を結ぶテレビ会議システムを置き、ネットワークの帯域に依存しますが、高品質の画像を保ちつつ裁判関係者の数以上の画面と音声を確保するシステムにしました。これにより、裁判官・当事者の他に、遠隔通訳を置くことができます。収録された複数の動画は、サーバにデジタルデータとして保存され、同期を取ってMpeg4に変換され、IPストリーミングの形でインターネット上に放映できるところまで自動で行うことができるように作り込んであります。さらに、資料としての利用を考え、動画に目次画面を生成するサムネイルソフトを組み込み、訴訟資料(裁判資料)として容易に利用できるようにしています。また、音声認識による自動書記を組み込み中です。
 さらに、XMLとMpeg7の時代になれば、動画とデジタル化された文書等の静止画を統合的に管理することができるようになります。現在は、システムにLegal XML とMpeg7を組み込むための研究を進めています。
図 サイバーキャンパス・サイバーコートシステム概念図
(2)サイバーキャンパスへの応用
 このサイバーコートシステムを講義に応用することにより、講義を収録した瞬間に、その講義をサーバに保存し、リアルタイムで放映できることはもちろん、一切編集なしでVODの形で、インターネット上、講義の配信をすることができます。もちろん、実際の講義は、始まる前の雑談が入る等、編集が必要なケースが多くあり、実際、編集の手を加えています。しかし、外部に販売することを目的とするのでなく、学生の復習や休んでしまった学生への提供としては、未編集でも十分と考えています。


3.サイバーキャンパス

 「通信教育でも、遠隔教育でもない。講義の活性化のための補助ツールとしてITを使い、キャンパスをインターネット上に拡大するシステムである。」という趣旨を明確にするため、あえて、サイバーキャンパスという言葉をそのまま使っています。
 講義集録・配信に関しては、サイバーコートシステムを使うことで、かなりの負担軽減を図ることができます。残る掲示版上の会議室、チャットには、暫定的に市販ソフトをLinux化して利用していましたが、ようやくオープンソフトex-Campusの作り込みができあがり、来年度から利用する予定にしています。これにより、ライセンスを気にせずに、担当教員が望めば、大学内外を問わず、誰でも参加できるシステムになりました。(もちろん、科目履修者に限定する教員の方が多いのですが。)
 しかし、できあがったシステムが、学生にとっていかに有用であったとしても、教員が利用しなければ、画餅に帰してしまいます。講義を収録されることを望まない教員、講義のコンテンツをアップできない教員、キーボードを恐怖する教員等々。実際、法学部では、数名の教員にお願いして、細々と普及に努めています。どうしても教員の負担が増えてしまいますから、コンテンツの作成を補助し、会議室での議論を誘導するTAをどう組織するかが重要になります。
 幸か不幸か、プロジェクト二年目にロースクールができあがり、横浜本校と六本木サテライト教室を結ぶ必要が出てしまいました。必要に駆られてIT化が必要になったのですが、全面的にサイバーキャンパスシステムを採用せざるを得なくなりました。このため現状では、法学部ではなく、ロースクールで盛んに利用されています。


4.講義科目としてのサイバーコート

 上述したサイバーコートシステムのサイバーキャンパスへの利用だけでなく、法学部、ロースクールとも、演習科目として、遠隔模擬裁判を行う「サイバーコート」が置かれています。実務指向のロースクールでは、ほとんどの大学が模擬法廷を置いていますが、数年後と予想される司法のIT化を見込み、将来の裁判を経験してみようというものです。模擬裁判の授業自体は、13年前から模擬法廷で行っていますが、単なる現実の裁判の入門的な講義としてだけではなく、要件事実を理解し、訴訟法の観点から実体法を見ることができる学生の養成等、コンテンツ次第で非常に高い教育効果が期待できる科目だと考えています。
 「遠隔」模擬裁判は、将来の裁判像を先取りして経験するだけでなく、これによって生じる可能性のある問題点を考察することできます。実際に行ってみて、音響特性の問題等、研究上、様々な発見がありました。教育面に関しては、他大学との協働が面白い成果を生んでいます。
 昨年、京都産業大学の有志と「サイバーコート」を一緒に行いました。サイバーキャンパスの掲示板の会議室で資料をやりとりし、サイバーコートシステムのテレビ会議システムで打ち合わせる形で、遠隔地二校でサイバーコートの実験を実施しました。今年は、正式な遠隔合同科目として、両方の大学で単位をそれぞれ付与する「サイバーコート」が時間割に載ることになっています。



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