教育事例紹介 法律学


法科大学院におけるe-Learningの意義と活用事例


中村 壽宏(神奈川大学大学院法務研究科助教授)


1.はじめに

 法科大学院は、法曹養成のための新しい教育機関として発足したものですが、その教育方法は、教員と学生の対話によって事例から論点を抽出するという知的作業を中心としており、知識だけではなく法的な思考方法を同時に身につけさせるというものとなっています。その点で、従来の知識伝達型の学部教育とは一線を画すものがあります。そもそも、法科大学院教育は、生身の人間同士のコミュニケーションを教育の中心にすることを理念としていますから、こういった教育方法をとる以上、もっともe-Learningに適さない教育分野と言ってよいかもしれません。
 しかしながら、同時に、法科大学院は司法試験受験の準備をする場でもあり、学生は、限られた時間内に膨大な知識を効率的に吸収することを迫られます。
 そこで、筆者は、法科大学院における学習は四つの局面からなるという前提で、法科大学院におけるコミュニケーション重視の教育をe-Learningで支援するという方針を立てました。その四局面とは、「リテラシーとしての基本知識の獲得」「特定の議論に参加するための準備」「クラスルームにおける対面討論」「問題を総合的に理解するための補完的学習」です。簡単に言えば、「体系的知識の獲得−予習−講義参加−復習」という一連の流れと把握することもできます。ここで体系的知識の獲得と講義の予習を区別して把握する理由は、法学においては一つの事例に複数の法領域の問題が内包されることも珍しくないため、各法領域ごとの基礎知識の獲得と特定の講義に対する予習は切り離して考えたほうがよいと考えるからです。
 この四つの局面のうち最も重要なのは「クラスルームにおける対面討論」ですが、上述の法科大学院の教育理念から、ここにはいっさいe-Learningを導入しないこととしました。つまり、e-Learningは「クラスルームにおける討論」を充実ならしめるための道具であると理解して、その他の三局面において活用することを念頭においたわけです。


2.法科大学院教育においてe-Learningを活用する意義はどこにあるか

 法科大学院教育には、制度設計上の三つの問題点があると思われます。
 第一は、試験合格のみを目標とする一点突破から学習過程を重視するプロセス教育へと移行することに伴い、学習量は増大したにもかかわらず学習時間は短縮されたという問題です。旧来の司法試験に合格するための平均学習時間はだいたい6年前後と言われていますが、法科大学院では原則として3年強で合格レベルに達することが予定されており、しかも試験科目は純粋に増えているからです。そのため、一回の授業に含まれる情報量は莫大なものとなり、多くの学生が講義の予習・復習に追われ、消化不良のまま次の講義に臨むことも珍しくないようです。
 第二は、法科大学院では「実務と理論の架橋」というコンセプトのもとで、現に実務に携わっている法曹を教員として参加させていますが、このようないわゆる実務家教員は法曹としての職務と教育を両立させる必要があるにもかかわらず、実際にはなかなかキャンパスに常駐できないという問題が生じています。そのため、実務家教員と学生との間に確固たる情報経路を確保する必要に迫られています。
 第三は、法科大学院は、多様性重視という建前から、法学部以外の学部を卒業した学生を多数受け入れているわけですが、一つの教室にある程度の知識を有する法学部出身者とそうではない他学部出身者が混在するため、学生の知識量・レベルに差がありすぎる場合は効果的な講義ができないという問題が生じてきています。
 これらの問題を解決するために、神奈川大学法科大学院では、以下のようなe-Learningシステムを活用しています。


3.神奈川大学のシステムの概要

 まず、先に挙げた第一の問題点に対処するために、「講義情報データベース」を構築して学生に適切な量の予習情報および復習情報を提供するとともに、「ディスカッションデータベース」を活用して事前事後における情報交換・意見交換ができるようにしています。講義情報は、全科目について各回ごとに独立した1個のデータを作成し、そこで「授業の概要、目的」「到達目標」「学習のポイント」「設例」「基本用語、重要法令・判例」等の項目に分けながら、講義の内容をあらかじめ開示しています。ここでは、さらに事前作業の指示や事後的な講義の訂正・補完情報の提供も可能となっています。これらのデータベースは、いわゆるグループウェアシステムをベースとして、独自にアプリケーションを開発して構築しました。
図1 神奈川大学法科大学院におけるe-Learningの構成
 また、主要科目のすべての講義をe-Learningコンテンツに編成して講義情報に追加し、学生が講義を再度視聴できるように配慮しました。このため、すべての講義教室において、板書はすべて液晶タブレットを用いてプロジェクタで投射するという方法を採用しています。e-Learningコンテンツは、教室内を撮影したビデオ映像(教員のジェスチュアが重要になることがあるため)と音声にこの板書記録をシンクロさせる方法で作成しています。
図2 講義情報データベース画面
 次に、第二の問題点に対処するために、「遠隔双方向通信システム」を導入しています。これは、各拠点にUSBカメラを備えたPCを設置し、多地点間を相互に接続して動画像と音声をやりとりしつつ、同時に画面上に置かれたホワイトボードやアプリケーションソフトを共有して共同作業をするというものです。
 さらに、第三の問題点に対処するために、SCORM規格に準拠した「学習管理システム(LMS)」を運用しています。ここでは、法科大学院の授業内容とは直接連動させず、むしろ授業参加の前提となる基礎知識を学ばせるため、初歩的な内容のコンテンツを準備しています。法律をはじめて学ぶ学生が各法領域ごとの基礎知識を効率よく吸収できるように、内容は極めてシンプルなものとしています。また、要所に確認テストコンテンツを配置し、学生の理解傾向などが測定できるようにしています。
図3 学習管理システム(LMS)画面
 そして、これらの仕組みに統一感をもたせるために学習ポータルページを構築し、上記の「講義情報データベース」「ディスカッションデータベース」「遠隔双方向通信システム」「学習管理システム(LMS)」にはすべてここから入ることができるようにしています。事務関係のお知らせや教員からの情報提供、あるいは外部業者の各種データベースサービスへのリンクなどもこのポータルページに搭載しており、また毎日1問ずつ基本的な法律知識に関するミスクイズを載せるなどして、学生がほぼ毎日このポータルページにアクセスすることを期待しています。
図4 学習ポータルページ

4.おわりに−残された課題

 このように、神奈川大学法科大学院ではクラスルームにおける授業を充実させるためのe-Learningを展開していますが、いくつかの問題がなお残されています。
 その第一は、コンテンツ作成の労力に関する問題です。講義情報データベースは、科目担当教員に毎回欠かさず講義情報の提供を求めるものであるため、作業をスムーズに進めるためには教員をサポートする要員が必要になります。特に問題となっているのは、SCORM規格準拠のコンテンツ作成も、教員にとって新たな教育的負担となっているという点です。
 第二の問題は、システムを管理する要員が不足しているという点です。現時点で、このシステムを総合的に管理できる要員は筆者のみとなっています。このため、筆者が講義等で忙しくなると、システムの維持に支障が出る危険性があります。幸い、導入したグループウェア、学習管理システムとも堅牢性に優れており、これまで自然発生的なシステムダウン等はありませんが、人為的な運用ミスの可能性はありますし、OSのセキュリティアップデートは必須作業ですから、せめてサーバメンテナンスを担当できる要員を増員できないか目下検討しているところです。


参考文献
中村壽宏:法科大学院におけるe-Learningの意義と活用―ハイブリッド四層モデルとコンテンツの標準化. 九州国際大学法学論集第9巻第1号, pp.1-.21.



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