教育事例紹介 看護学


インターネットワークを活用した海外の大学からの遠隔授業の試み


金井Pak 雅子、尾岸 恵三子、柳 修平、飯島 治之、浅川 典子
谷本 真理子、長谷川 毅、伊東 栄子、江口 晶子、田野井 哲夫、伊藤 雅夫
(東京女子医科大学看護学部)


1.はじめに

 少子化の時代になり、高等教育機関はこれまでの「学生を選ぶ時代」から、「学生から選ばれる時代」に変化しています。大学も企業のように学生(顧客)をどのように確保するかが大きな課題となってきました。
 学生から選ばれる大学にするためには、いかに魅力あるカリキュラムを構築し、充実した教育内容を提供すべく、大学教育が改革を求められている状況です。学生にとって魅力ある大学とは、教育内容、そしてその教育内容を教授することができる資質を持った教授陣の充実にほかなりません。


2.保健情報学(Health Informatics)に関する教育

 近年、IT化の影響を受け、情報に関する教育が学校教育の中で広く取り入れられるようになってきました。義務教育の課程においては、コンピュータの具体的操作方法、インターネット、ExcelやWordなどのソフトウェアの使い方などが教育内容に盛り込まれています。さらに、情報とは何か、情報がもたらす社会生活の課題についても中学生レベルを対象にわかりやすく解説されています。大学教育においても、情報関連の学部や学科目が設置されてきており、また一般教養科目の中に情報学・情報学演習が開講され、学生が学問としての情報学を学習する機会が増加しています。
 保健医療分野における教育においても、情報学が必須科目として位置づけられてきています。それは保健医療分野の実践、具体的には医療施設においてIT化の導入が目覚しく、情報に関する知識や技術が医療者に求められているからです。さらには、ITを活用した研究・実践への応用が医療施設のみにかかわらず、在宅や介護分野においても推進されてきています。
 医療施設におけるIT化が発展する一方、対象であるクライエント(患者)の情報をどのように構築するか、またそれらの情報についてクライエントを取り巻く医療チームのそれぞれがどのように共有するかなどについての概念化の基本的考え方については、未開発な状況です。高等教育機関において、情報に関する教育を教授する必要性は確認されていますが、保健医療分野において情報をどのような概念に基づいて構築するかについては、ほとんど教授されていないのが現状です。したがって、情報に関する教育は、コンピュータの使い方などのいわばhow to教育がカリキュラム内容の大半を占めています。保健情報学の内容を充実させようとする動向はありますが、学問として、その概念から教授できる資質をもった教員が現在の日本国内において皆無です。[1]
 一方、米国においては、health informaticsに関する学問体系の追求が10年ほど前から推進されており、テキサス大学において、初めてHealth Information Scienceの講座が大学院に開講されました。現在、修士課程および博士課程が設置されており、看護師や医師として実践している医療専門職の学生が在籍しており、health informaticsに関する研究を教員ともどもさかんに行っています。


3.テキサス大学からの遠隔授業

 大学としては教授内容に関して、専任教員のみでは不可能な場合、非常勤として雇用する形態が一般的です。日本国内において、保健情報学の概念について教授することができる教員が不足している中、この内容を常勤で補おうとすれば、米国から教員を雇用することになります。それは、費用対効果の側面から大学としてはかなり厳しい現状です。また、海外から非常勤を雇用することも同様に非現実的です。
 しかし、学生にとっては常に時代の最先端の学問についてその専門家から教授されることが最適であり、それは高等教育の使命でもあります。この問題を解決する方法として、本学看護学部では、テキサス大学からインターネットを活用して遠隔授業を実施することにしました。テキサス大学と本学とは大学間の提携もしており、さらにHealth Information Scienceの講座の教授陣には、テキサス大学の看護学部から講座開設時に移籍した教員がおり、遠隔授業開始以前から本学看護学部とは連携がありました。
 テキサス大学からの遠隔授業を最初に実施したのは、2002年12月です。テキサス大学側にネットミーティングのソフトがあり、本学からそこにアクセスする方法を取りました。本学の情報システムは、病院との関係もありファイアウォールが大変厳しく設定されているため、ADSL回線を一時的に借りて実施しました。ADSLは時間帯によっては、回線が混雑しており映像にブレが生じることが発生したため、翌年からは光ファイバーを設置しました。光ファイバーの設置に関しては、それまでの遠隔授業の実績と将来展望をもとに、予算申請を行い大学側から許可をいただきました。光ファイバーを使用するようになってからは、映像・音声においてタイムラグがまったくといってよいほど消失しました。具体的には、あらかじめ打ち合わせておいた時間帯で学生100名に対して大スクリーンに映像を映し出して授業を行う方法です。テキサス大学の教員からは、使用するPowerPointの資料を事前にメールにて送っていただき、学生は事前学習をしてから授業に臨んでいます。
写真1 学部授業風景
写真2 大学院授業風景(遠隔授業の画面)
4.遠隔授業の効果

 遠隔授業の効果に関して、教育評価の視点からは実施前と実施後の比較をすることが客観的評価方法として望ましいのですが、遠隔授業そのものが行われていなかったため、この比較は非現実的です。実施前の学生には、保健情報学に関する学問の紹介のみが行われ、その内容に関してはほとんど教授されていませんでした。実施後に関しては、保健情報学としての学問体系および保健情報学の将来展望などが教授されています。現段階では、保健情報学とはどのような学問かについて大枠を理解することが教育目標で、それを応用することは目標としていません。
 学生の自由記載による授業評価を実施しています。学生からは以下のようなコメントがあります。


5.共通性

 インターネットを活用しての海外からの遠隔授業は、光ファイバーがあればどこにおいても確実にできることです。本学看護学部は、静岡にもキャンパスがあり、昨年は静岡のキャンパスと3地点を結んで遠隔授業を実施しました。静岡のキャンパスはADSL回線ですが、多地点を結んで実施に関する問題はありませんでした。
 学問領域がさらに専門分化していくことが予測され、さらに特定の学問領域を教授できる教員が限られている場合、本学で行っているようなインターネットを活用すれば、世界中どこからも遠隔授業が可能です。世界の人的資源の有効活用を行うことにより、学生に対して最前線の学問を最先端の研究者が教授することを約束することができます。このことは、各大学で常勤雇用をしなくても、質の高い教育を提供することができ、ひいては大学経営を経済的に圧迫することがなくできることが魅力の一つとなります。
 海外からの遠隔授業は、時差もあり相互の多大なる協力が不可欠ですが、顧客である学生への教育内容の充実となることは確実です。


参考文献
[1] Majima,T.,Kanai-Pak,M.et al:Issues and problems of information science education in nursing undergraduate programs in Japan. 8th International Congress in Nursing Informatics, Rio de Janeiro, 2003.



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