教育事例紹介 体育学・スポーツ科学


e-classでストリーミング機能を用いた観察学習


田附 俊一(同志社大学社会学部教育文化学科教授)


1.同志社大学と保健体育教育

 同志社大学は、11月に創立130年を迎えた新島襄が設立した大学です。新島は、リベラルアーツ大学として高名なアメリカ・マサチューセッツ州のアーモスト大学で学び、1875年京都にキリスト教主義の学校を開きました。今出川校地は京都御所の北に位置します。1986年に京田辺校地が開校し、両校地は公共交通機関でdoor to doorの約1時間で結ばれています。
 保健体育科目は京田辺校地の広大な敷地で開講されています。本学にスポーツや体育系の専門課程はなく、保健体育教員は各学部に分属し、保健体育研究室として磐上館と称する建物を拠点に、全学の保健体育教育を担っています。1991年の文部省大綱化以降、保健体育科目の履修を各学部が決めています。全学に提供される保健体育科目は、保健体育研究室で検討され、25種目のスポーツ・パフォーマンス(実技系種目)、理論と実技・実習を融合した融合科目群、そして講義科目の提供に至っています。2005年より日本体育協会のスポーツ指導者養成講習会免除適応コース承認校にもなっています。


2.e-classの利用

  知・徳・体の三位一体のリベラルアーツを教育のコアの一つにしている本学で、私は基礎学力やコミュニケーション能力の低下が危惧される昨今の大学生に向けて、単に専門的知識を学ぶのではなく、自ら学ぶことを学習し、コミュニケーションを通して、人間として生きていくための「ちから」を、からだを介して学んでほしいと思っています。
 「学ぶ」とは、脳も含めたからだのすべてを使う行為と考えています。五感はもちろん、第六感も含まれます。その点で本稿の趣旨に反するかもしれませんが、授業、とりわけスポーツや体育の授業では、ITによるバーチャルではなくリアリティの学習が求められます。しかし、時間と場所の制約がある授業で、少しでも意図する学習を支援するため、e-classを利用した授業を提供しています。e-classを利用している科目は「スポーツ運動と教育」です。
 なお従来、動作解析、ワープロ、表計算、そして統計処理のソフトを用いた授業を行い、電子メールを介したディスカッションやレポートの提出と校正、Webによる情報収集も実施してきました。


3.「スポーツ運動と教育」のバックボーン

 「コーチング」という語は、近年、スポーツだけを対象とせず、クライアント自らが自己の能力を引き出して目標に向かう取り組みの支援を意味します。ある時には他者がクライアントになり、また、ある時には自問自答やセルフコントロールによって自身がクライアントになります。このコーチングを机上の知識にとどめず、実践で生かして、それを経験値として蓄積するには、現象を「観察」することから始める必要があります。「人は、あらかじめ観ようとしているものしか見えません」から、まず現象と比較するモデルを決め、そして何を観るかを決めなければなりません。モデルは、過去の知見によって得られますし、一般的に優れていると評価されている人を「観察」し、その人たちの共通点から、あるいは優れている人とそうでない人を比較観察して探し出すこともできます。
 スポーツでは、そのモデルに近づくために「こつ」を伝えて支援するのですが、自己と他者はそれまでの経験が異なりますから、「こつ」が「伝わる」には両者の「共感」が必要となります。この「共感」は「観察」にも関わっています。なぜ、クライアントはできるのか、あるいは、できないのか、また、なぜ、そんな表情をするのかなどを「観察」から推し量るのは、「共感」の試みによってクライアントのからだの感覚に迫っていくことにほかなりません。言葉は、概念化、抽象化されたものですが、自身のからだの感覚は、極めて個人的で具体的なものです。
 この過程は、スポーツ科学や体育学では、指導や習熟に関わる分野ですし、スポーツ科学や体育学の専門課程のない本学では、表情などから相手の気持ちをくみ取る、現代人が失いつつある“人間社会で生きるための大切な能力”を育むと考えています。このすべての人に必要な能力を育む支援が、この授業のバックボーンと言えます。


4.e-classでストリーミング機能を使う「スポーツ運動と教育」

 登録者数の上限を30名としている「スポーツ運動と教育」の主たるテーマは、「自分の目指す動きができるようになるにはどうしたらいいのか」、また「どうしたら生徒や学生、あるいは選手がうまくなるように支援できるか」です。受講生は、個人、あるいはグループで、自分たち以外の受講生に提供するスポーツや運動の指導実習を通して、教える、つまり自分の意図を伝えることの難しさを経験します。受講生は特定のスポーツ種目の指導実習をするのではなく、Kosel[1]の「人が社会生活を営む上で必要な身体能力」を身につける運動プログラムを、実施場所の陸上競技場にある様々な用具[2][3]の使用を想定して立案し、実施します。
 授業の進め方は次の通りです。受講生は、1)モデルとなる運動例のビデオを見ます。併せて過去の優れた立案例を参考にします。2)陸上競技場にある用具や自分で準備できる用具を使った45分から60分の運動プログラムを立案します。3)グループや個人で順々にこの運動プログラムを実践します。4)実践した運動プログラムについて、指導した側とされた側のそれぞれの立場から、ディスカッションします。
 本来、できるだけ少人数のグループごとに、この実習をすることが望ましいと考えます。しかし、授業回数と時間に制約がありますので、限られた時間に「モデルの学習→立案→実習→ディスカッション」をすることは困難です。また、できれば、実習をビデオで記録し、それについて受講生全員で観察し評価することも望ましいと考えます。
 そこで、この時間的制約の解決策の一つとしてe-classを使っています。各回に実習するグループ内で分担し、指導とビデオ撮影の役割に分かれます。撮影されたビデオは、本学総合情報センターへ学内便で送ります。総合情報センターは、このビデオをデジタルデータに変換し、さらにRealPlayerファイルにエンコードしてストリーミング・サーバに置き、本学のe-classシステムから閲覧できるように準備してくれます。これで、受講生は時間に縛られることなく、さらにネットワーク環境によっては自宅からもこのビデオ映像データを観察することができます。
 e-classシステムでは、レポートのひな形の配布、レポートの送受信、連絡などができますので、受講生はあらかじめこのシステム上にアップロードされたレポートのひな形をダウンロードし、任意の時間にビデオ映像を観察して、レポートを書き、送信することができます。以上が、e-classを利用した授業の大まかな進め方です(図)。
図 e-classを利用した授業の流れ
 さて、ビデオ撮影には二つの方法があります。一つは受講生が撮影する方法です。この方法では、撮影者がどのような意図で撮影したかも議論の対象となります。前述のように、人は観ようとするものしか見えません。実習をライブで観察すると、全員がそれぞれ自分の意図に基づいて360℃を自由に観ることができますが、ビデオカメラで広く撮影した映像は被写体が小さく、何をしているのかがわかりにくくなります。そこで撮影者は、限られたエリアを大きく撮影する必要に迫られます。このとき、どの場面をどのように撮影するかの判断に、その人が何を観ようとしているのかが反映されます。このビデオ映像を受講生がそれぞれ観察するとき、「なぜ、こんな撮り方をしたんだろう?」と考えることが、他者との共感を試みるきっかけになると考えます。他方、コーチングに見識を持った人が撮影すれば、その撮影の仕方を分析することが勉強として位置づけられます。また、一つの実習を複数で撮影すれば、それぞれの映像を比較観察し、観点の違いが明確になるでしょう。
 ビデオを観察して評価したレポート自体を、受講生間で評価すれば、同じ実習に対する視点の違いを知ることになります。


5.まとめ

 本稿で紹介した方法は、教員にとっても受講生にとっても従来以上の負担が強いられます。特に、受講生は予習や復習をしなければなりませんので、「受講して良かった」と評価を受ける、質の高い授業を提供したいと考えています。
授業方法のアイデアは、教員の意欲や経験、施設や設備などの環境によって、いろいろと生まれ、実践されることと思います。そこで、最も大きな課題は、「3.『スポーツ運動と教育』のバックボーン」で記したような教育目標の達成をどのように評価するかという点です。調査などの方法によって統計的に判断できるでしょうが、教育は人を対象とするのですから、一人ひとりの臨床的事例の評価方法も試行し、それらを積み上げるなどして、その方法も確立する必要があるでしょう。


参考文献
[1] Andreas Kosel:Schulung der Bewegungskoordination. Verlag Hofmann Schorndorf, p.10m, 1992.
[2] 田附俊一:フィットネスプログラムとして実施している46のUbungsformen(練習形態)の検討. 同志社保健体育, 第39号, pp.37-59, 2001.
[3] 田附俊一: デジタルスポーツ・運動形態(Ubungsformen)データベース. 同志社保健体育, 第42号, pp.55-96, 2004.


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