教育事例紹介 社会福祉学


VOD教材による個別学習と動機付け
〜VTRを含む福祉機器学習を例として〜



井村 保(中部学院大学人間福祉学部講師)


1.はじめに

 福祉分野の学習には、例えば、障害者が利用できるコンピュータ機器や在宅介護機器などの福祉機器の取り扱い方のように、実物の操作体験などの学習が効果的な内容も含まれています。このような実体験を伴う学習は、対象となる内容の理解を深めるとともに、学生にとっての動議付けにも有効であると考えられます。しかし大学での教室講義では、実習授業とは異なり多数の学生が同時に受講する集合教育のため、このような体験学習は時間的制約により困難です。
 そのため、講義によっては写真にとどまらず、積極的にVTRを用いることも多くあります。しかし、このとき市販の教材用VTRなどをそのまま視聴させる場合もありますが、独自に撮影・編集した映像を視聴させながら解説を口述で加える場合もあります。そのため欠席者などへのフォローが必要な場合には、単にVTRを貸し出して見せるだけでは内容の理解にはつながらないこともあり、自習者等への効果的な対応の検討が新たな問題となっています。
 このような背景のもと、教室講義を収録して、さらにビデオ挿入を含めたVOD(Video on Demand)方式による教材作成し、複数の方法により学習効果を比較検討しています。


2.VOD教材化のコンセプト

 VOD教材の作成にあたって、講義を行う教員の負担を最小限にするためにも教室講義の再現を基本としました。なお、ここで前提となる教室講義の方式は、講義室における対面講義であり、主としてマイクロソフト社のPowerPoint(以下、「PPT」とします)を用いていますが、補助資料として数分のオリジナルVTRを数本挿入しているものとしています。
 講義時における教員の講義(口述解説)をPPTに同期させる方法としては、同ソフトウェアの標準機能にある「ナレーションの録音」があり、この機能を使えば容易に講義時の教員の音声を取り込みスライドと同期させることができます。しかし、配信上の問題に加えて、「VTR」や身振りや手振りなどによる表現や指示を伝える教員の姿の「教員映像」も記録できないことになるため、教室講義に比べて視覚的効果が低くなってしまいます。そのため、市販のオーサリングソフトを用いて講義風景をビデオ撮影しPPTのスライド、ナレーションと同期させることで一般的なマルチメディアを利用するVOD教材を作成しました。


3.VOD教材の例

 今回作成したVOD教材の一つとして、中部学院大学人間福祉学部における「健康福祉情報論」(健康福祉学科1年対象、選択・2単位)のうちの、「情報保障」関連分を紹介します。この講義では、障害のある人が使えるPC周辺機器の紹介や、その使い方をVTRで説明しています。なお、本学のPC教室にもそれらの周辺機器が実際にあるのでそれを見ることも勧めていることなどから、VTR学習によって学生の興味を引き出すことができれば、さらなる体験学習へと発展していく可能性もあります。
 教室講義ではVTR放映はスクリーンで見ることができますが、収録時にはどのように収録するのかがポイントになり、2通りの方法により比較検討しました。
 第1の方法は、収録した教員映像と放映したVTRの差し替え(編集)を行う対応方法です(図1は画面イメージ)。講義本編の映像を差し替えることで、全員がこのVTRを視聴することになります。

図1 映像差し替えによるVTR挿入

 第2の方法は、別の機会にVTRの視聴や他の教室内にあるPCの操作を実際に体験させる内容が中心ですが、講義収録以外にVTRを追加収録して参考ビデオとしてポップアップさせて再生させる方法です。ただし、自動でポップアップするものではなく、スライド画像内にポップアップを促すメッセージを合成したスライドをオリジナルのスライド画像と差し替えることで表示させ、それにより操作した場合のみ視聴するものとなっています(図2は操作手順と画面のイメージ)。なお、このポップアップ画面の表示中には本編(講義)は自動で停止させているので、講義が勝手に進まないように配慮しています。

図2 ポップアップによるVTR挿入

 いずれの方式であっても、ビデオ利用については、福祉機器の教材のように動きを用いた例示・解説が有効な内容においては、教室講義のみならず、VOD学習においてもその存在は効果的であることが「内容がイメージしやすい」、「実際の様子を見ることで分かりやすい」などのような評価コメントからも確認できています。なお、編集の手間についての詳細は割愛しますが、それぞれ一長一短があります。


4.収録教材の活用方法

 このように作成されたVOD教材は、各授業の復習や欠席時の自習に利用できるだけでなく、それらをライブラリとして保存して活用することで、新しい授業スタイルでの応用も可能になってくると考えられ、現在は試行錯誤を繰り返しています。
 高校までの教育において「考えること」が不足と言われることが多いですが、これは学問としての探究心がないだけでなく現場の理解に繋がる問題意識を発掘しにくいことが懸念されます。豊かな見識をもつ専門職を育成するには、安易に答えのみを求める試験対策だけではなく、幅広い見地から問題点を発見し考えるプロセス(アプローチ)を重視した自己学習も大切になってきます。このような場合には、VOD教材を通信教育などのように独学に近い状態で在宅にて学習を行うことや集合教育として教室講義(対面授業)を行うときの予習・復習のために利用する方法より、講義時間中に受講者は各自のペースで個別視聴して教員は質問に答えていくという講義スタイル(この方式による開講クラスを「VODクラス」と呼ぶことにします)にも発展できると考えられます(図3は授業風景のイメージ)。

図3 「VODクラス」の授業イメージ

 さらには、試験には出なくても現場で必要となる関連知識の習得を目指すことも大切です。しかし、それぞれの学生が興味を持つことは異なり、個別対応が必要な場合も出てきます。ここで、VODクラスで利用した教材が細かなテーマ単位でライブラリ化されていれば、その取りかかりとして、ゼミナール等においてそれぞれの内容に応じた素材(VOD教材)を指定して個別学習を行わせる授業(この方式による開講クラスを「ライブラリ教材利用授業」と呼ぶことにします)も可能になります(図4は授業風景のイメージ)。

図4 「ライブラリ活用授業」のイメージ

 いずれの方法であっても、受講する学生が主体的にVODを視聴学習することが求められますが、分かりにくい箇所や聞き逃した箇所を容易に反復視聴できるので、理解を高める効果があると考えられます。


5.今後の課題

 今回言及していないその他の課題としては、評価システムが挙げられます。実用的に考えた際には、多肢択一式問題を含めた課題を採用して採点を自動化し、その成績により次のステップへ進級することの可否決定のシステムとの組み合わせも、実際に受講者の学習進捗状況の確認や質疑応答を行うために、LMSやブログなどの他ツールとの併用も必要になります。
 これらの内容には得手・不得手がありますが、社会福祉分野に限ることなく、他の分野でも共通して適用できるものと考えられ、今後は多様な受講スタイルに対応できる教示方法の確立が今後の課題となってくるでしょう。


参考文献
井村 保:VTRを含む福祉機器学習のe-Learning手法に関する検討. 全国大学IT活用教育方法研究発表会予稿集, 私立大学情報教育協会, pp.190-191, 2005.

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