教育事例紹介 社会福祉学
ソーシャルワーカー養成のための教育コンテンツの開発と活用
前田 美也子(武庫川女子大学文学部助教授)
1.コミュニティで活動するソーシャルワーカーを目指して
社会福祉基礎構造改革以降、地域を基盤としたソーシャルワークを展開できる専門職養成が求められています。それに伴い、社会福祉士の国家資格取得を目指す学生が配属される現場実習も、従来からの相談機関・施設実習に加えて地域福祉型実習が増えてきました。これは、社会福祉サービスが提供される場が施設・機関、在宅、コミュニティと多様化・拡大化してきたことを示しています。このような社会的変化と社会的要請に教育現場が敏感に反応するためには、学生の学習環境をいかにコミュニティへと広げていくのか、また様々な地域社会の資源を教育サービスにどのように有機的に結びつけていくのかという点が問われてきます。
本稿では、以上のような問題意識のもとに、教室内外でのコミュニティ体験を通して、学生・地域住民・教員の相互作用的な学習環境を個別・グループ・コミュニティレベルへと拡大することによって、ソーシャルワーク専門職としての基本的力量の獲得を目指した取り組みの一端を報告します。
2.教育の情報化への取り組み
(1)μCamによるプレゼンソフトの自主学習
本学では、2004年度後期にブリティッシュコロンビア大学で開発され、現在全世界の80カ国以上、2,600を超える高等教育機関で利用されているWebCTを導入しました。本学のWebCTには、μCam(ミューキャン)「Mukogawa
Online Campus」という愛称がついています。
μCamは、教員の教育活動と学生の学習活動を支援するシステムで、主な機能には、授業の予定を知らせる、講義資料を公開する、テスト・アンケート、用語集、教員・学生間でコミュニケーションを図る(電子会議室、電子メール、チャットなど)機能があります。
当ゼミには地域に関心を持ち、実習先として社会福祉協議会など地域福祉現場を選択する学生が比較的多いと言えます。よって、世代や生活環境の異なる様々な人々とのコミュニケーション能力が必要となってくることから、ミクロ・メゾ・マクロの各レベルでの介入を統合した学習方法を用いています。
個人レベルでは、研究テーマに基づく文献紹介・発表に加えて、自己表現能力を知るために、スピーチやプレゼンテーションの実演を行い、撮影された映像を見ながら自らの言語的・非言語的コミュニケーションの特徴を分析しました。その後、μCam上にある「プレゼンテーション入門」のソフトで復習します(図1)。
図1 「プレゼンテーション入門」の一画面
本学では、「プレゼンテーション入門」以外に、「INFOSS情報倫理」や「統計学入門」のeラーニング教材(日本データパシフィック社製)を用いて自主学習ができます。
(2)Mmoaによる授業の電子教材化
同様に、本学では、2002年度より電子教材作成ツールMmoa(モア)「Mukogawa multimedia Original Annotation」を三菱電機と共同開発し、一部の授業では、動画を含む電子教材を学内でネット配信し、授業の復習、欠席者・公欠者の学習補完、テスト勉強に役立てています。Mmoaの機能には、映像(動画)、インデックス(索引)、テキスト(文字)、URL(HTMLファイル)、軌跡の五つがあります。
筆者は、基本的な自己表現能力とプレゼンテーション能力の修得を目的として、専門演習の一部を電子教材化しています。
小グループ・ゼミレベルでは、学生がペアとなりプレゼンテーション方法について調べた結果を発表し、具体例をロールプレイで示した後、全員で相互評価しました。学生は各自の観察力、批判的思考力、コメント力などを高めることができ、μCamの電子会議室を使用すれば授業外でも改善点の話し合いや議論も可能です。ゼミでは調査・研究に必要な面接技法、会議運営法など相談援助技術の修得に展開させていきます。
コミュニティレベルでは、世界的な組織でコミュニケーション技能を体系的に訓練されている地域の女性団体の協力を得て、「上手な話し方」やスピーチ、面接指導を取り入れました(図2)。50〜70歳代の人生の諸先輩の温かな支援により、初対面の人に何をどのように伝えることが大切なのかを体験的に学び、撮影した映像を共有・分析し、相互評価することで学生、団体のメンバー、教員にとって成長の機会となりました。次の段階としては学生が研究テーマに関する調査のため実際に地域でインタビューするなど応用力・実践力を身につける機会につないでいきます。
図2 「上手な話し方」の一画面
3.現場実習の事前・事後学習としての地域実践とニュースレター製作
本学の所在地は阪神大震災を経験しており、震災後11年を経てなお地域には残された問題や新たな生活問題が顕在化してきています。既存の制度やサービスでは十分対処しえない高齢者をめぐる諸問題をどのように発見・理解し、解決に向けて支援していくのかという課題は社会福祉を学ぶ者にとって重要なテーマであると言えます。
そこで、当研究室では社会福祉協議会をはじめとした地域福祉実習の事前・事後学習として地元のあるマンションの管理組合と当研究室が協働して「助け合い相談室」を運営し、学生が定期的に一人暮らしの高齢女性の在宅を訪問・交流しています。訪問記録、ケース検討、相談室運営、訪問学生の調整などに関する話し合いを行うことで居住者の高齢化に伴う潜在的ニーズを学生がキャッチしつつ、共に楽しみを分かち合う機会は世代間交流、コミュニケーション技法の獲得、高齢者やコミュニティの理解にもつながっているようです。
以上のように学生が地域住民と人間関係を築きながら自分たちにできる支援を考案し、実践する過程を共有、伝達するためにニュースレター「ひだまり通信」を編集・作成し、配布しました(図3)。
図3 学生が作成した「ひだまり通信」
高齢女性の方をはじめ、助け合い相談室の運営委員の方、マンションのコンサルタント会社の方、実習機関の指導職員などから適切なフィードバックがあり、好意的な評価を受けました。企画、取材、撮影、原稿執筆・レイアウト、配布など製作過程をすべて学生のみで行いました。地域での社会福祉実践活動がIT活用によって視覚化され、特に高齢者と実習機関から評価されたことは学生の自信と達成感に結びついたようです。
4.μCamのテスト機能を活用した社会福祉士国家試験対策の試み
社会福祉学系大学の大部分が専門教育の充実・強化と同時に国家試験対策をどのように位置づけるのかという点に苦闘しているのではないでしょうか。筆者は本学に着任以来、授業とは別に国家試験の共同学習を強く求めている学生有志と空き時間を合わせ、週1回の勉強会を開いてきました。毎回の過去・予想問題など学生に配布する印刷物・文書管理の効率化と学習効果を上げる方法を模索していたところ、Excelで入力した問題データをμCam上に取り込むツールが開発されていることを知り、μCam活用の道が開けました。勉強会の学生有志による過去問題入力と本学の情報教育研究センターの積極的支援、CSKシステムズの協力により、短期間で図のような試験対策テストが完成し、学生の自主学習が可能になりました(図4)。
図4 社会福祉士国家試験対策テスト
今回入力した問題は1年分ですが、早速、モニタリングを行うため、学生有志による利用を促し、利用後懇談会を開いたところ、大変好評でした。利点としては1)試験対策の選択肢が増え、意欲が高まった点、2)問題集を過去数年分購入する必要がなくなったという経済的利点、3)繰り返し、継続的・集中的に学習できる点、4)瞬時に採点ができ、時間が節約できる点、5)回答に要した時間が分かり、問題の速読・解読テクニックが自然に修得できる点、などがあげられ、「学費分以上のサービスが得られたと感じた」という率直な意見もありました。また、効果的な利用方法としては、1)一定の基礎知識の整理をしたうえで活用したほうがよい、2)学内で集中できる物理的環境が必要、という意見が出され、画面上の問題・解答形式などに関しては学生の目線での改善点が示されました。
以上の過程を経て、学生には1)IT活用による試験対策への親近感、2)仲間/共同体意識の芽生え、3)時間・経費などコスト意識の芽生え、4)自己の学習スタイル確立に向けての模索、などの点についてプラスの変化が見られました。学生を主体とした国家試験対策とIT活用方法について今後の方向性を探ることができたと言えます。現在は学内のみからのアクセスですが、2006年4月からは外部接続が可能となるため学生はいつでも自宅で繰り返し試験対策学習を行うことができます。
5.学びのコミュニティ形成とIT活用
今後は、地域の事例を取り上げながら、問題解決型学習を導入し、問題発見、アセスメント、分析、支援/活動計画作成、活動実施・動員、活動評価へと学習が展開できる方法を組み込んでいきたいと考えています。IT活用によって、学生と地域住民、また社会福祉関係機関等がコミュニティの問題解決過程に参画・協働できる実践研究の空間を具現化できれば望ましいことでしょう。
換言すれば、学生の学習環境をバリアフリー化、ユニバーサルデザイン化し、大学と地域社会とのパートナーシップによる「学びのコミュニティづくり」の拠点として、新たな大学の役割と機能を再定義することがIT活用のさらなる発展につながると考えます。その意味でも、ソーシャルワーク専門職養成課程において、情報教育科目が必置化されるような働きかけを推進することが求められていると言えます。