特集 教育の質保証を目指したe-Learningの取り組み


<特集企画にあたって>
 大学教育の質が問われている中で、学生個々に合わせたきめ細かな教育の実現は、大学にとって一つの課題とされています。この課題を解決するための一つの教育手法として、授業を補完するためのe-Learningの導入があげられますが、現状では綿密な授業設計に基づいて効果的に活用している事例はまだ多くはありません。
 本特集では、教員と学生、学生間のコミュニケーションやアドバイス、学生の理解度把握などの機能を設けたe-Learningを導入し、教育の質を高める工夫をされている事例を3大学より紹介いただきます。

通信制授業とeスクール授業をブレンドした実習科目の開発


野嶋 栄一郎
(早稲田大学人間科学部長)


1.はじめに

 これまで、大学教育では研究面に比重が置かれてきた。しかし、近年では研究と同様に実践的な教育の質の向上が着目されるようになった。それを受けて、各大学において、ファカルティ・ディベロップメントのための様々な試行が積極的になされるようになった。これに伴い、IT技術を利用した新たな教育方法・教育システムの構築が、大学の将来を左右する課題となりつつある。
 早稲田大学では、創設以来1950年代に至るまで、「早稲田講義録」と呼ばれる講義ノートを配信し、通信制教育を実践した歴史がある。今回のeスクールの設立は、早稲田大学における通信教育の歴史を復活させるとともに、21世紀型の教育のモデルの開発を試行する契機となった。

2.早稲田大学eスクールの特徴

 早稲田大学人間科学部では、1992年よりインターネットを利用したいわゆるe-Learningの基礎的な研究・実践を積み重ねてきた。そして、これらから得られた知見をもとに、2003年4月に、早稲田大学人間科学部eスクールを開講するに至った。eスクールは「人間環境科学科」「人間情報科学科」「健康福祉科学科」の3学科から構成され、3学年約450名(2006年3月現在)の学生を抱えている。eスクールにおいては、以下の5点が特徴として示される。

(1)通学制と同等のカリキュラム
 eスクールにおけるカリキュラムは、通学制のカリキュラムと同等であることを原則としている。

図1 eスクール 受講トップ画面

(2)社会人への学習機会の提供
 ユニバーサルアクセス型高等教育時代を迎え、生涯教育への関心が高まっていることから、社会人の学習機会を増大させることを目的としている。現在では、60%近くの学生がeスクールでの学習と仕事を両立させている。

(3)教育コーチによる教育支援
 すべての教科において、担当教員の他に1名の教育コーチを配置している。教育コーチは、修士修了以上の学識を持つものが担当し、担当教員とともに、BBSでの対応、学習相談などの支援を行っている。

(4)ホームルーム/サークルの設置
 eスクールでは、遠隔地で個人学習が主体となる。そのため、学生としての 共在意識を持ってもらうため、ホームルームを設置している。学生は、授業科目とは別に、入学時から4年間、必ず一つのホームルーム(約30人)に属する。また、サークルも設置され、夏冬の集い、大学スポーツの観戦、などを行っている。

(5)民間企業とのコラボレーションによる運営
 教育の管理・コンテンツ作成の支援・科目登録・情報配信の管理などの業務は、大学が出資した早稲田大学ラーニングスクエア株式会社が担当している。一方、教育プログラムのデザイン、教育コンテンツの提供、学生への個別対応、スクーリング、教育評価・入試業務は大学側で行っている。このように民間企業と連携して、それぞれの得意とするところの役割分担を行うことによって、より精度の高い教育システムを提供している。
 
3.早稲田大学人間科学部eスクール授業科目「実験調査研究法」の紹介

(1)「実験調査研究法」
 我々のeスクールは、通学制のカリキュラムと並立する形で授業科目を設置している。すなわち、通学制の学生に提供する授業と通信制の学生に提供する授業は、できる限り同じ水準のカリキュラムを提供することを原則としている。したがって、まったく同じ教育目標を掲げていると言える。「通学制の授業とeスクールの授業をブレンドした授業」の習得に照準を当てた基礎実験科目・実験調査研究法のうち、以下に「心理学的測定法」の授業の構成を紹介する。

(2)「心理学的測定法」
 この授業は半期2単位の科目で、授業の目標は、サーストン、リッカートの両態度測定の理論と尺度構成の方法を学び、態度尺度の項目作成、項目分析、質問紙の作成、調査の実施、データ解析、報告書作成の一連の作業を、実践を通して学び、最終的に態度測定という技法を習得することにある。
 この学習の山場は、質問項目のアイテムライティング、推測統計学を利用した項目の1次元性の吟味、Excel等を利用したデータの集計と初歩的統計分析、論文作成などである。そして、これらの作業を15週内に完成させることが求められる。

(3)通学制の授業とeスクールの授業のブレンド
 通学制の授業を受講する学生に、これら一連の作業を課すことに何も問題はない。しかし、eスクールの学生にこれら一連の作業を課すことにおいては、とりわけ一堂に会して具体物を提示し、それについて質疑応答を繰り返すような場面においては、困難を極める。さらにアイテムライティングの良し悪しを集団で吟味し、評価し、改善するという作業をeスクールでどう消化するかは大きな問題である。しかし、この問題は、まったく相似な授業内容が、通学制、通信制双方で教えられている我々のeスクールの特徴を利用し、完全とは言えないまでも、とりあえず解決された。
 妥当性の意味からも、信頼性の意味からも項目の表現を吟味する作業は、学生が最も苦手とし、一番時間を要する作業である。社会人が中心であるeスクールの学生は、結果として判明したことであるが、この点において、実に的確な表現力を有している。通学制の学生の作業過程に、eスクールの学生のコメントを加えることは、結果的に、通学制の学生に適切なアイテムライティングのアドバイスを得ることにつながり、一方で、eスクールの学生は、自作の項目ではないが、作業途上の項目を評価し、コメントを付け加えることによって、意見項目を完成させる作業に参加することになる。二つの授業をこういう形でブレンドすることによって、通学制の学生は、eスクールの学生から項目作成に関わる良質なコメントを得るという支援を受ける。一方、eスクールの学生は、自分たち単独では実現することが難しい、項目作成の共同作業の部分を、通学制の学生の途中途中の作業工程の評価に加わるという形で実現しうる。

(4)二つの授業のブレンド
 さて、ここで通信制と通学制の授業のブレンドに関して、図2を参考にしながら詳細を説明する。授業には二つの別々の流れがある。一方は、通学制における実験調査研究法の授業の流れ、一方は、eスクールにおける実験調査研究法の流れである。通学制の授業を開始する前に、あらかじめeスクールの学生から届けられた提出課題を整理し、授業に組み込む準備をしておく。通学制の授業は、eスクールから付加された提出課題を利用しながら進められる。一方でeスクールのそれに同期する授業は、あらかじめスタジオで作成された授業概要の概説と、教育コーチによって作成された通学制の当該の授業のドラフト(学生からは、授業の映像記録のリクエストもある)の二つの資料から学習がなされる。そして、最後に課題が提出される。

図2 実験調査研究法・授業の流れ

(5)ブレンドした実験調査研究法の授業の評価
 この授業方法は、2005年度春学期の実践を経ただけである。よって、今後実践を重ねる中で改善が加えられるべきものと考えられる。しかし、少なくとも以下の点は指摘できる。

1) 通学制の授業にeスクールの授業をブレンドすることによって、項目作成に関わる多くの改善を加えることが可能となった。
2) eスクールの各所に点在する学習者により、多様なサンプルのデータ収集が可能となっている。
3) 通学制の協力なくしては実現できなかった、多人数同時ディスカッションの成果をeスクールの授業に取り込むことができた。

謝辞
 本稿執筆にあたり資料作成等の支援をいただいた大学院人間科学研究科の村瀬勝信君、岸俊行君に感謝いたします。

参考文献
[1] 野嶋栄一郎:早稲田大学人間科学部e-schoolの試行と課題.高等教育におけるe-Learning−その成功の条件−メディア教育開発センター. 国際シンポジウム2004報告書, pp.127-130,2004.
[2] 西村昭治:ブロードバンド網を活用した生涯教育の実践−早稲田大学人間科学部eスクールの事例−. 人間科学授業アーカイブの開発とケーブルテレビ網を利用した生涯学習への適用(研究代表者 野嶋栄一郎),文部科学研究費補助金報告書, pp.69-91.

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