特集 教育の質保証を目指したe-Learningの取り組み
太田 雅久(甲南大学理工学部教授)
1.はじめに
e-Learningシステムは、通常、学習への動機付け、学科目の予習及び復習、さらにそれらの発展的学習などを目指して導入されている。このシステムの有効活用には学習者の自主性が暗黙のうちに前提とされている場合が多い。大学教育で学生の自主性が問題となっている現状で、自主性を喚起するための教材コンテンツにおける奇抜なプレゼンテーションや興味を引きつける工夫は確かに重要であるが、その場限りの自主性に終わっては大学教育において不満が残る。
どの学問分野においても有効なe-Learningシステムの構築が可能であるとは限らないし、未知の領域へ踏み込んで問題解決に対応できる能力の養成を目的とする大学教育において、学生自身のインフラとして必要とされるものは真の自主性、すなわち「持続可能な自主性」であると思う。一般に教育の場で常識とされている「予習・復習」の重要性は、この「持続可能な自主性」によって実行が可能になると思われる。教える側において「予習・復習」の必要性は常に強く認識されてきたものの、実行を可能にせしめるように仕向ける教育システムの具体策についてはあまり語られてこなかったのではないだろうか。
ここでは、e-Learningシステムの効果的な活用を視野に入れ、学生の「持続可能な自主性」を養うことを可能にするような「予習・復習」システムの構築に関する試みを紹介する。この事例を述べる中で、このシステムの基本要素の一つであるBBSを利用した双方向コミュニケーションシステムがe-Learning教材の活用に有効である可能性について述べたい。
2.「予習・学習・復習を実践する教育システム」
ここで紹介する「持続可能な自主性」の育成を目標とする教育システムの要素は、(a)講義あるいは実験・実習における対面型(face-to-face)の指導、(b)情報通信ネットワークを活用した双方向の学習支援システム、(c)予習を講義時間外に効果的に実行でき、理解度の自己採点可能でかつ教員の指導にその情報が活用できる電子教材管理システム、(d)学習あるいは実験・実習の成果を発表できる発表会(あるいはディベーティング)システムの四つの項目から構成される。
我々の物理学教室においては、この20年来、基礎物理学実験(科目名称は「ラボラトリー・フィジックス」)で、プレレポートを書かせることにより徹底した予習指導を実践し、オーバーヘッド・プロジェクターを用いて一人ひとりが実験結果を報告する発表会の場を設けて復習指導に力を入れてきた。この経験を生かし、IT技術や情報通信ネットワークシステムを活用して斬新でかつ効果的な「予習・学習・復習を実践する教育システム」を構築しようとしている。このシステムは、実験・実習科目に限らず一般の講義科目についても構築可能であり、学習内容を一段と深いレベルで理解させ、学習していく手順を理解させることにより学習への自主性を持続させる効果が得られるものと期待している。ここでは、上記の「ラボラトリー・フィジックス」について具体的な教育システムの内容を示す。
図1
3.具体例(ボルダの振り子)
基礎物理学実験のテーマの一つである「ボルダの振り子」について例を示す。システムの概略は図1に示されているように、予習・学習・復習の三つの段階と上記の四つの要素(a、b、c、d)から構成されている。この構成を念頭において、以下のような教育内容を実施する。(現在実施されている内容に追加し、新しい教育システムとして立ち上げようとしている項目は、「ビデオクリップ」と「理解度テスト」の部分である。10テーマに対してこの教育システムを実施する。)
(1)予習段階
1)実験目的を理解させる
地表で質点あるいは質点系に作用する重力の大きさ(g)を測る。そのために、質点系(金属球)を糸につるした単振子の振動周期(T)を測ることでgを間接的に求める。下線部については電子教材にリンクさせて解説する。下線部を理解させるための電子教材を準備し、そこへのアクセス状況及びネット上で行う「理解度テストI」の結果をデータベースに記録してプレレポートチェックの際の指導に活用する。
2)実際の装置の説明
ここでは金属球をつるした糸の長さの測り方、金属球の半径の計り方をビデオクリップI(約3分程度、主要事項のテロップつき)で学習させる。「理解度テストII」を実行させ結果をデータベースに記録する。Tを測定する方法に関するビデオクリップIIを見る。「理解度テストIII」を実行させ結果をデータベースに記録する。
3)データ処理の解説
誤差解析を含むデータ処理の手順を電子教材で示す。「理解度テストIII」を実行させ結果をデータベースに記録する。
4)関連する物理学と数学の解説
この実験をもとに関係する物理学の知識などを広域的にとらえ、専門科目間の有機的なつながりを自主的に構築できるように手助けする。このテーマでは例えば
●線形振動と非線形振動
●減衰振動と共鳴
●質点系間の引力(変形している場合)
●定数係数の二階微分方程式の解法
●質点系の慣性モーメントの求め方
●デカルト座標と球座標での運動方程式
予習段階ではこのような内容を電子教材で提供する。特に予習段階において図1の(b)で示されているように、教員は学生と公開型のBBS(「e-広場」と呼んでいる)を用いて双方向のコミュニケーションをはかる。この「e-広場」に関しては、後で講義科目において活用してきた実績と電子教材活用のための有用性について述べる。
(2)実験段階
教員およびティーチングアシスタントとのface-to-faceの実験指導を行う。教員は評価の情報をデータベースに記録する。
(3)復習段階
学生はレポート作成と結果を発表するためのパワーポイントファイル作るかOHP用のトランスペアレンシーを作ることが主な仕事になる。発表と質疑応答の中で教員は適切なコメントを行う。評価の情報をデータベースに記録する
図2 「量子学IA」クラスディスカッション一覧
4.「e-広場」の有用性
e-Learning教材等の電子コンテンツの活用を効果的にすると考えられるこの双方向コミュニケーションシステムは、BBSを基本として以下の考え方で開発されてきた[1]。
1)機能を最小限に絞り、かつface-to-faceに準ずるコミュニケーションを可能にする。
2)送受信の応答をできるだけ短くし、最小のキー操作、最小の労力で多数回のやりとりを可能にする。
この2年間、いくつかの講義科目において「e-広場」を実施し、講義科目に対する学生の緊張感と関心を持続させることができたと考えている(図2〜4)。本年度の具体的な実施状況に関するデータを表にする。(ここに示した講義科目はすべて半期型のものである。)
表 「e-広場」の実施状況
講義科目 受講者数 発言回数 学生当りの通信回数 量子力学IA 54 924 17.1 量子力学IB 49 445 9.1 統計力学I 95 405 4.3 統計力学II 86 344 4.0 原子物理学 175 890 5.1 量子力学II 123 472 3.8
図3 ディスカッションの内容
図4 成績管理画面
1回の通信量には文字制限(500字)を設けてることにより、論旨を明確にさせるとともに教員の対応における負担を配慮している。これまでの実施で、半期1科目(受講生100人程度)の場合、1,000件程度の通信を行うのに特別な負担が教員にかからないことがわかってきた。また、学生の意識を講義期間を通じて教科内容に引きつけることが可能で、自主性の継続を養うのに適したシステムであることがわかってきた。
この結果から、学習者の関心を継続的にe-Learning教材に引きつけ、指導者とのコミュニケーションによって「持続可能な自主性」を育てるのに「e-広場」はe-Learning教材活用の最適な支援システムであると思われる。我々は「予習・学習・復習を実践する教育システム」においてそのことを検証していく予定である。
参考文献 | |
[1] | 太田雅久他:平成15年度大学情報化全国大会,p.164,平成16年度教育の情報化フォーラム,p.92,平成16年度大学情報化全国大会,p.258. |