教育支援環境とIT
本学は、1939年に当時工業立国を目指す日本の発展の一端を担い、地域産業の要請に応えるため、優位な技術者の育成を目的として大阪南部における唯一の私立工業高校である大鉄工学校を設立したことに始まります。1965年4月に阪南大学商学部商学科を設置し、現在は流通学部、経済学部、経営情報学部、国際コミュニケーション学部、企業情報研究科の4学部5学科1研究科があり、「情報」と「国際」を柱とし、21世紀に活躍できる人間性豊かな人材の育成を目指しています。
近年のIT化の取り組みとしては、2004年4月より学内外アクセスのシームレス化と事務システムと教育システムのシームレス化のコンセプトに基づく統合Web教育支援環境HInT(Hannan
Internet Community Tool for E-Education)の運用を開始しました。本システムは本学の「IT化による学習機会の多様化」の教育方針に基づいて、「どこでもいつでも学習ができること」を目的に開発されています。本教育支援環境の対象者は、学生約5,200人、非常勤講師を含む教員約300人です。特徴は事務システムとデータ連携した個人別ポータルサイトを全教員、全学生に準備し、事務連絡や教員と学生のコミュニケーションを充実させました。さらに授業映像記録・配信や教材配布、レポート提出、テスト、アンケート、自動出席管理、成績管理などの標準的なe-Learning機能を全科目に装備しました。また、メールを含む全機能をWebベースとすることで学内アクセスと同様の操作で学外アクセスを可能とし、学内はもちろん、自宅からでもインターネットカフェからも24時間学習可能な環境を実現しています。また、携帯電話からも本システムへのアクセスを可能とし、コンピュータやインターネットが利用できない環境でも学習を支援できるシステムです。本稿では、本システムの運用を開始して2年を経た後の教育の具体例を紹介するとともに、運用する上での問題点を利用率に着目し、システムの改善や運用体制の整備を考察します。
図1に本システムの全体概念図を示します。本システムは単独の教育支援システムではなく、既存システムをはじめ多くのシステムとの統合にて教育支援を実現しています[1]。中核となるのはポータルサイト(図1のPortalシステム参照)です。本システムのすべての機能の入り口であり、全情報が本ポータルサイトに集約されています。そのポータルサイトへ情報を提供するシステムは、既存システムでは、教務等の事務システム、Web履修登録システム、情報提示ホームページであるキャンパスインフォメーション、ネットワークドライブのホームディレクトリであり、新しいシステムとしてe-Learningシステム(授業映像記録配信含む)、メールシステム、PCL+などの教室システムなどです。これらのシステムが有機的に連携し、データベースの共有またはデータ互換によって実現された統合システムが「HinT」です。本学教職員が積極的にシステムの設計に関わり、教育に有効なシステム設計を実現しました[2][3]。
図1 HInTの統合教育支援環境の概念図
図2は本システムの入り口である個人別のポータルサイトの画面イメージです。ポータルサイトには、各人の時間割が表示され、その科目名をクリックすると当該科目のe-Learningサイトへ移行します。また、その科目の授業に対する重要な情報である「休講・補講連絡」「講義連絡(レポート課題も含む)」がある場合、時間割の科目名の下にはそれぞれの色分けされたアイコンが表示されます。したがって、学生はアイコンが出現したとき、重要なお知らせがあることが一目でわかります。さらに、各事務組織からの事務連絡やメールの新着情報もポータルに表示されます。スケジュール機能は学内共通のイベント情報が提示され、アルバイトなど各人の個別スケジュールも随時追加できます。また講義連絡などにてレポートが課された場合は自動的にToDoリストへ追加され、個人別情報の管理も可能です。複雑なシステム統合により実現されたHInTですが、入り口であるポータルサイトは学生にとってユーザフレンドリで直感的操作可能なGUIとしました。
図2 HInTの入り口であるポータルサイト
図3に本システムのe-Learningサイト(ネット学習)を情報系科目のシステム設計論で活用した例を示します[4]。図3の画面イメージの左側には、本科目の13回分の授業構成が示され、その一つをクリックすると、画面右側に1回の授業で利用する教材が提示されます。本例は電子教材配布、オンライン小テスト、オンラインレポート課題、授業映像記録・配信の4種類の教材から構成されています。授業の構成としては、最初にPowerPointで作成した電子教材を配布しますが、配布教材は不完全で、重要な文が空欄になっています。授業を聞きながら空欄を埋めるという講義の進め方です。さらに授業途中に小テストを行います。これは授業前半で説明した内容をごく簡単な選択式小テストにて確認するもので、自動採点機能を利用して満点になるまで繰り返させます。その後授業を続け、最終的にレポート課題を課します。ヒントは教材や小テストの中にあり、見直しながらの課題作成となります。レポートをe-Learning上で提出して授業は終了です。終了後に授業映像を記録したコンテンツを教員がアップロードし、授業映像配信をセットします。小テスト、レポート課題、授業映像記録は自宅など学外から24時間e-Learningサイトで参照することができます。さらに最終試験も本e-Learning上にて実施しました。選択式と記述式問題を組み合わせた問題で、グループポリシーでのドライブアクセス制限や、PCL+によるURL制限、アプリケーション起動制限などの機能を利用して、資料すべてを参照不可とする環境を実現しました。
図3 HInTのe-Learningサイト
図4に2年間の本システムへの毎日のアクセス数を示します。全ユーザおよそ5,500人のうち、週1回以上利用した人数は全体の45%です。2年間を通じて平日のアクセスが多く、定期的にアクセス数が減っている部分は土曜日、日曜日、または夏季休暇、春季休暇です。ただ、2年目は1年目に比べて、これら休みの期間のアクセス数が増加しています。学外学内からのアクセス別に見ると、1年目は平日昼の学内アクセス数が圧倒的に多かったのですが、2年目は平日休日ともに学内学外アクセスの差が少なくなっています。2年目に入りHInTの特徴を把握でき、自宅など学外からも同様の操作ができることが周知されてきたと考えられます。さらに学部別利用実績(図5参照)では、最も利用の多い1月の試験期間において、経営情報学部で85%を超える学生が月5回以上アクセスしており、最も高い利用率となっています。逆に最も低い学部は経済学部ですが、およそ70%の学生が月5回以上アクセスしています。このように学生には定着してきていますが、専任教員の利用率は65%、非常勤講師の利用率は45%と教員への普及が進んでいないことがわかります。
さらに授業にてHInTを活用した教員数の割合を表1に示します。専任教員、非常勤講師を含めた全体の教員の25%が授業にてHInTを利用しました。本学は社会科学系の大学であり、専任教員130名のうちほとんどが文系出身の教員であることを考慮すると、これらの利用率は決して低くはないと考えられます。2年目の2005年度の経営情報学部の専任教員の42%が授業で活用しており、高い利用率を示しますが、流通学部、経済学部、国際コミュニケーション学部ともに2年目のほうが授業での利用率が下がっています。本件の理由については次章にて考察します。
図4 HInTの2年間のアクセスログ推移
図5 HInTの学部別・教員別の利用率の推移
表1 授業でHInTを利用した教員の割合
年度 全員
(専任+
非常勤)流通学部 経済学部 経営情報
学部国際コミ
ュニケーシ
ョン学部非常勤 2004 23% 27% 32% 29% 35% 17% 2005 25% 26% 31% 42% 27% 21%
前述したように、本学は文系出身の教員が90%を占めます。経営情報学部以外の学部でHInTを利用した授業が2年目で減少した理由は、使用する教室に起因すると考えられます。経営情報学部の授業ではコンピュータ教室を利用する科目が多く、PCL+の教室システムやe-Learningサイトの小テストなど授業中に利用する範囲が大きいです。しかし、一般教室での大人数講義の場合、授業にて直接利用する場面は稀です。レポート課題などHInTを使って提出させる方法もありますが、授業中に課すレポートは必然的に紙レポートとなり、HInTでの提出はできません。教材配布も授業中に学生はダウンロードできず、あらかじめプリントされた紙媒体の教材配布です。このように一般教室での授業での活用は、現在のままのHInTでは困難を伴いますので、一般教室で活用できるシステムへ改善する必要があります。従来の教育支援システムはデスクトップやノートパソコン上で動作することが前提ですが、一般教室での大人数授業には対応できないという問題があります。そこで発想を転換して、携帯電話をはじめ、スマートフォン、PDA、ゲーム端末など学生が個人で利用している様々な携帯端末で学習ができる教育システムを構築する必要があります。
さらに、文系科目の教員にHInTを活用してもらうために、電子教材作成支援制度を実施しました。これは学生アルバイトを利用して、講義ノートなどの紙媒体をPowerPoint等へ電子化する、あるいは教材からe-Learning上の小テスト、レポート課題を作成するサービスで、情報センターの予算として1年で約200万円を確保し、時給800円で学生アルバイトを利用できます。主に経営情報学部の情報コースの学生が教材の電子化サービスを行っており、成果として英語関連科目、経済学、簿記など、21の文系科目でHInTの利用が促進できました。さらに、情報リテラシー科目や資格講座などの繰返しトレーニングが必要な授業での活用も増えました。3章で紹介したシステム設計論でのHInT利用も、小テスト作成、授業映像記録・編集・配信はすべて学生アルバイトでまかなっています。教員の負担増加はほとんど皆無でありながら、e-Learningコンテンツ作成と授業映像配信が実現しており、本制度をさらに充実させることがHInT利用率向上のキーポイントとなると考えられます。
本学では複数システムを統合したWeb教育支援システムHInTを構築し、2年間運用しました。授業での具体的な利用例を示し、HInT利用率を紹介する中で、学生にはほぼ普及しましたが、教員の活用が少ない問題点を示しました。利用率の問題には電子教材作成支援などの施策を実施し、一部の文系科目に対して利用率向上の効果がありました。今後は、地域住民との交流や卒業生の再教育での活用、入学予定者の入学前教育での利用など携帯端末を利用したより広い活用方法を模索する予定です。
参考文献 | |
[1] | 花川 典子,赤澤 佳子,森 章,前田 利之,井上 俊治,筒井茂義: シームレス環境を実現したWebベース統合教育支援システムの構築. 電子情報通信学会論文誌, Vol.J88, D-I, No.2, pp498-507, 2005.2. |
[2] | Noriko HANAKAWA, Akira MORI,Toshiyuki MAEDA and Shigeyoshi TSUTSUI: Development of an Integrated System for Education and Administration, The International Journal The IPSI BgD Transactions on Internet Research. Volume 1 Number 2 (ISSN 1820-4503), pp.38-pp.46, 2005.7. |
[3] | Noriko HANAKAWA, Yoshiko AKAZAWA,Akira MORI, Toshiyuki MAEDA, Shunji INOUE and Shigeyoshi TSUTSUI: A Web-based integrated education system for a seamless environment among teachers, students, and administrators, International Journal of System&Computer in Japan, Volume 37, Issue 5, pp.14-24, 2006.3. |
[4] | Noriko Hanakawa, Toshiyuki Maeda, Yoshiko Akazawa,“Discovery Learning for Software Engineering -A Web based Total Education System: HInT-”, Proceedings of the International Conference on Computers in Education (ICCE2004), pp1929-1939, 2004.12. |
文責: | 阪南大学経営情報学部 企業情報研究科助教授 花川 典子 |