特集 教育改善のための教育・学習支援


立命館大学におけるFDの再定義の課題


沖 裕貴(立命館大学大学教育開発・支援センター教授)


1.はじめに

 現在、立命館大学では、他大学と同様、FD活動として様々な教育改善活動、学習支援活動が取り組まれている。その中で本稿では、2006年度大学教育開発・支援センターに設置された「授業改善の支援に向けた調査・検討WG」の議論を中心に、義務化を視野に入れた本学のFD活動の再定義に絡む課題について報告する。


2.立命館大学のおけるFDの再定義の課題

(1)これまでの経緯
 これまで立命館大学は、多様化する学生への対応として、大学教育開発・支援センターを中心に、教育実践フォーラムの開催や公開授業・研究会の実施、初任者研修の実施やざっくばらんに授業の悩みを話し合う「ランチタイムFDサロン」の開催など多種多様な企画を実施してきた。また、2007年度からの大学院教育におけるFD義務化に続き、2008年度からの学士課程教育におけるFD義務化を念頭に置いて、2006年度に大学教育開発・支援センター内に「授業改善の支援に向けた調査・検討WG」を設置し、学生委員も含めて、1)本学におけるFD活動の定義の明確化、2)本学におけるFD活動の整理と体系化、3)本センター主催FD活動の中期計画の策定、4)FD活動を企画・運営する人材の育成に関して約1年間の議論を続けてきた(2007年3月段階では中間報告まで)。

(2)狭義と広義のFD
 FD(Faculty Development)に関しては、狭義と広義があることがよく知られている。本学のFD活動に関する教員の認識は、授業アンケートの実施や教育実践フォーラム、公開授業・研究会をはじめとする大学教育開発・支援センターのFD企画に参画することと、大学コンソーシアム京都のFD事業に参加することに尽きると言っても過言ではない。少なくともこれまでの教職員の認識は、FDの努力義務化を定めた大学設置基準(1999年一部改正)に記される「授業の内容及び方法の改善を図るための(大学全体としての)組織的な研修及び研究」という狭義の活動に偏る傾向が見られた。
 大学設置基準に書かれた定義は、現状では特段大きな齟齬を引き起こすものではない。しかし、今後FDが義務化された際、その対象領域を授業内容と方法論に限ることは、日々教職員が力を注いでいる教育改善活動や学習支援活動を矮小化してとらえる危険性をはらんでいる。また「研修」という言葉から連想される「研修会や講演会への参加」のみがFD活動と誤って認識される危険性も指摘されよう。本学では、これらのことを受けて、まず現状に沿った形でのFD活動の定義の明確化に真っ先に取り組むことを確認した。

(3)新しいFDの定義
 WGで議論された本学のFDの定義は、「建学の精神と教学理念を踏まえ、学部・研究科・他教学機関が掲げる理念と教育目標を実現するために、カリキュラムや個々の授業についての配置・内容・方法・教材・評価等の適切性に関して、教員が職員と協働し、学生の参画を得て、組織的な研究・研修を推進するとともに、それらの取組の妥当性、有効性について継続的に検証を行い、さらなる改善に活かしていく活動」と規定された(現在のところ、中間報告での仮定義)。
 ここで重要なことは、FDの目的が教育における理念や目標を実現することであり、対象領域が個々の授業のみならずカリキュラムも含むことである。また、FDの主体は教員ながら、全構成員自治を標榜する本学の特長である「教職協働」と「学生参画」をFD活動に明記した点である。さらにFD活動は個人的な授業研究や教材研究に頼るものではなく、設置基準にも明記されている通りその実施を組織的(大学全体と学部・学科・研究科)に保証するものであること、そしてその成果や効果を継続的に評価・検証に付し、さらなる改善に向けてPDCAサイクルを機能させることが謳われていることである。
 この定義は、現在のところ、広義のFDの概念としての「広く教員のライフサイクル全体に関わる」[1]ものではない。しかし、少なくとも現実に教職員や学生が日常的に関与し、組織的に取り組んでいるすべての教育改善、学習支援活動を包含するものであり、FDが義務化された際には、当然FD活動として認知されると同時に、評価し、報告されなければならないものと考える。

(4)検討の基盤
 本学におけるFD活動の再定義は、2006年度前期に行った全教学機関に対するヒヤリング調査をもとに検討された。このヒヤリングで明らかになったことは、各学部・学科で現実に行われている教育改善活動や学習支援活動には、大学教育開発・支援センターの主催する教育実践フォーラムや公開授業・研究会以外にも極めて多彩なものが存在し、かつそれらが日常的に取り組まれているということであった。
 たとえば、ほとんどの学部・学科で定期的に基礎演習をはじめコア科目の改善・標準化に関する担当者会議が開催されているほか、到達度検定試験の開発、標準シラバス・標準テキスト・標準試験・標準評価方法の開発が組織的に取り組まれている。さらには学部執行部と学生や院生あるいは留学生や社会人学生との定期的な懇談会が開催され、教学面での要望や意見聴取などが行われている(次ページ表1)。

(5)FD定義の見直しの潮流
 また、本WGで検討してきたFDの再定義は、FDの義務化を目前に控え、全国的な潮流にもなりつつある。京都大学高等教育研究開発推進センターの田中毎実氏によれば、絹川正吉氏らと進めている新FD研究会での取り組みとして、FDの再定義を最重要課題に挙げ、その方向性を「大学教員集団の日常的な教育改善活動を通じての、教育する集団への自己組織化」であると述べている[2]。田中氏は、FD義務化が実施されれば、これまでの研修会・講演会への参加や学生授業評価の実施などの「イベント的・制度化型」のものから、学部や研究科で日常的に行われるすべての教育改善活動、学習支援活動を組織化した「相互研修型」に転換していかざるをえないと述べている。イベント的な研修会や講演会は、FDの啓蒙段階ではそれなりの意味を持ったが、一人の教員が毎年何回も参加できるわけではなく、また、その効果も限られているため、今後は学部や研究科ですでに行われている教育改善活動や学習支援活動をFD活動として認知し、組織的に支援することにより、実質的なFD活動に育て上げていくことが必要だという認識である。これは本WGで到達したFD活動の新たな定義と一致するものであると言える。

表1 各学部における教育改善活動、学習支援活動(抜粋)
  教育改善(カリキュラム、授業)に関わる活動 学習支援、学生の要望把握のための活動
法学部
カリキュラムについては、企画委員会で検討し、次の改訂に向けて精査中。また、授業方法等の変更については学部長と世話人との間で随意に検討会を実施。
法科大学院では標準シラバスを採用。学部でも内容的には標準化されているので、将来的にシラバス、テスト、評価方法等の標準が図られる予定。 
基礎演習、専攻セミナー、司法演習、専攻演習に関して、セメスタに3〜4回担当者会議を実施。授業方法や評価方法等について検討。
また、コア科目についてもコア科目担当者会議を持ち、予復習の徹底、TA/ESの使い方、成績評価等について検討。
今年度、授業アンケートで予復習を行う学生が40から65%に増加。
さらに分割講義の担当者間でも難易度の調整等を実施。
担当者会議で議論をするほか、学生委員会でアンケートを実施し報告している。
五者懇談会を実施し、学生との意見交流の中で具体的な提起を行っている(予復習)。
コア科目、専攻セミナーについて定例的に教員、学生、TAを交えた懇談会を実施。有意義な交流を図っている。
経済学部
キャリア科目(キャリア・デザインI、II)の開発に絡み目標設定を検討。特にキャリア・デザインIIは企業研究や調査、OB・OGのプレゼンを含め、グループワーク中心の授業設計。
教育力強化に絡み、基礎学力の測定にSPIを利用。アカデミック・ライティングに漢検の外部講師利用、国際化に学部独自で短期留学を積極的に推進、また、海外実習も実施。
コア科目の社会経済学・経済学入門については担当者会で内容に関して検討会を定期的に開催。また、基礎ミクロ経済学や社会経済学初級では頻繁に研究会を持ち、標準シラバス、標準テキスト、標準評価方法等を開発している。さらに、基礎演習については担当者会議を持ち、成績のばらつきをなくす取組を進めている。
新規科目については検討会を実施。
高大連携に絡み、連携授業に関して担当者会議を頻繁に実施。
五者懇談会を開催。それに従い、コア科目の公開や到達度評価の在り方を検討中。また、学生の要望に基づき、試験問題の公開や模範解答、成績分布の公開を実施予定。今後、他の科目についてもその方向で進めていく予定。
オリター団との会談や意見交換会を開催。
教育の枠組みの再検討するための基礎データとして、社会性や履修科目等に関する学力実態調査の実施。また、英語、数学に関するプレースメントテストを長年実施しており、到達度別クラスの編成資料としている。さらに、卒業生へのアンケート調査も実施して3年になる。
経営学部
基礎7科目は内容や評価方法について担当者会議による検討をおなっている。また、基礎7科目の到達度検定試験である「総合基礎経営学」を企画委員会で開発・検討し、教育目標の設定・達成に努めている。
特殊講義(企業の人が担当)については打ち合わせ会議を頻繁に開催。
基礎7科目(3人で担当)については内容や評価方法について検討会を持っている。
複数教員の担当する基礎7科目について、テキストの共通化、キーワードの共通化を進めている。
奨学金学生の面接(学生主事)、単位僅少者の面接(1回生は基礎演習の担当者、2回生は学生主事)を実施している。
産業
社会学部
コア科目や実習科目について、担当者会議を定期的に持ち、授業内容や評価方法について協議。社会調査士課程運営委員会や英語部会、語学部会においても担当者会を持っている。
基礎演習やコア科目について形式を統一している。
「キャリア探偵団」やコンソーシアムにおけるNHK、ジャスラックとの連携講座について、担当者会議を組織して運営している。
07改革に向けて改革WGを組織し、2年間協議を続けている。また、個別には演習系科目の改革について企画委員会で検討、情報リテラシーについても担当者会議で検討。さらに専攻ごとにも改革について議論を進めている。
五者懇、研究科懇談会の実施。また、社会人学生懇談会、留学生懇談会も実施。
キャリア意識調査や福祉インスに対する留学希望・就職希望調査等を実施し、教学面での改善に利用

(6)今後の課題
 今後は、FD義務化を契機に、FDの取組状況に対する認証評価も、研修会・講演会への参加率や学生授業評価の実施率などではなく、教育改善に対する効果の検証が求められる時代が来ることは間違いない。その対応として、実質的なFD活動の推進は必要欠くべからざるものだと言えるが、FD活動の成果としての教育改善を挙証するために、どのような達成目標、行動目標を据え、何をもって評価指標とすべきかの検討が今後の大きな課題となるであろう。立命館大学でも、FDの成果や効果に関する評価検証指標の開発を来年度の重点課題に据え、検討を始めたところである。しかしながら、これらの研究や開発は、個別大学では十分な検討が困難な部分もあり、大学コンソーシアムや関西地域で設立が進められているFD連絡協議会等で、地域の大学が英知を出し合い、共同で研究・開発する仕組みができあがることが望まれる。

参考文献
[1] 有本 章: 大学教授職とFD. 東信堂, 2005.
[2] 田中毎実: FD義務化をどうとらえ、これに向き合うか?.高等教育政策研究セミナー報告, 大学コンソーシアム京都, 2007.

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