特集 教育改善のための教育・学習支援
本学では、「大学全入時代」を目の前に控え、入学生の学力の「格差をともなった全般的低下」への対応を図るために、2005年度から2年間にわたり、全学的にその方策について種々検討を重ねてきた。理工学部、社会学部、国際文化学部という三つの学部を擁する瀬田学舎においては、その対策の一環として、三学部共同運営による龍谷大学ライティングセンターを2006年10月より試行的に開始、2007年4月より本格的稼働に入る。本センターは、以下に述べるように、単なる文法上の指導だけではなく、学生のもつ潜在的な力を「引き出し」、それを「伸ばす」ような学習・教育支援を目指すものである。本稿では、ようやく第一歩を踏み出したセンターの取り組みを紹介する。
龍谷大学ライティングセンターは、大学生としての論理力・思考力を高めるための学習・教育支援という役割を担ってオープンした。「読み・書き」の学力不足が顕著に認められる中で、ともすれば、レポートの添削、表現の単なる技術指導になりがちであるが、それにとどまらず学生との面談を通じて、相手の思考力とりわけ論理的思考を高めることに重点をおいている。加えて、このことが学生のコミュニケーション力、つまり相手に自分が考えていること、自分の興味関心のあるテーマについて理解できるよう伝える力、相手の考えを理解し、内容をかみ合わせながら対話を組み立てていく力を引き出し、伸ばすことにもつながると考えるからである。また、こうした取り組みを通じて「アカデミック・ライティング」とはどういうものかについて、学生の理解を深めることも目的にした。また、必要に応じて、文献や資料検索の方法、図書館利用の方法、調査の方法などについてもアドバイスを行う。チューターが助言や指導を行うにあたっては、学生の研究内容・学習内容に必要以上に立ち入らないことに留意しながら進められている。しかし、このことは実際には非常に困難を伴うことであり、実質的な指導責任を負う教員との連携・調整が今後の課題でもある。また、現在では個人指導を中心に行っているが、将来的には集団指導の一つとしてのワークショップの開催、ライティングや大学の「学び」に関する講演会、学生の自主学習に役立つような資料や教材の作成などについての情報提供や発信をしていく予定である。
センターの運営には、瀬田学舎にある3学部(理工学部、社会学部、国際文化学部)が共同であたることとし、教学副部長と各学部教務主任を中心とするライティングセンター運営委員会を立ち上げた。この運営委員会にてセンターの運営、チューターの体制や業務など全般的な事項を審議し、教務委員会などを通して各学部への周知をはかった。具体的な業務の担い手には大学院生をチューターとして採用した。
センターを運営していく上で、チューターの果たす役割は決定的に重要である。今年度は所属研究科や学年(チューターは修士課程1回生から博士後期課程所属まで幅広い層が担っている)のバランスを考えた上で、二人一組として配置した。
チューターがセンターの目的を理解し、役割を果たしていく上では、チューター集団としての力量を上げていくことが求められる。また、集団としてのまとまりも不可欠である。チューターの力量を高めていくための研修については、これからの課題である。初年度としては、チューター会議をセンター運営委員長(教学副部長)のもとで開催し、理解を深めた。また、個々の相談についての方針の決定や困難な状況への対応については、スーパーバイザーとしてセンター運営委員長がその任にあたった。具体的には、メーリングリストを活用し、日々の業務内容や問題点をその都度メールで報告し、必要な情報を常に共有する環境を整備した。このことは、センターを運営していく上では、非常に有効な方法であった。
センターでは、チューターが学生と面談をし、対話を通じて学生が自らの問題意識や学習課題を明確にできるよう支援している。具体的なレポートやゼミ報告におけるレジュメを持参してくる学生には、まず何を相談したいのか、何に困っているのかを引き出しながら、問題意識を深めることの重要性に気付かせたり、論理構成が不十分であることへの理解を導きだすようサポートしている。重要なことは、指導者であるチューターが、すぐに答えを示したり、あるべき姿を先に提案しないことである。
昨年10月にスタートし、最初の1ヶ月間は学生への広報・周知につとめた。11月中旬以降から次第に利用されるようになり、一日平均2.1人、合計71件の相談件数があった(開室は講義期間中の週3回、10時〜15時まで)。
図1 相談者の学年別割合
図2 相談内容の内訳
センターの設立にあたってはとりわけ初年次生へのサポートを中心的に考えていたが、結果としては卒業論文などへの取り組みが具体的に始まり、「ライティング」そのものが身近な自分自身の課題となる4回生が多い。したがって、相談内容は、卒業論文や卒業研究がもっとも多く36.8%、ゼミ報告(プレゼンテーションの方法などを含む)が23.7%、レポート課題が15.8%、研究計画などについてが6.6%、その他(ゼミ申請書の書き方など)が17.1%を占めていた。
もっとも多かった卒業論文や卒業研究についての相談の中身としては、テーマ設定の方法、章構成、まとめ方についての相談や論文の体裁、文献の引用方法や図表の挿入方法など技術的な質問も多くあった。中身に関わる相談については、ゼミ担当教員の指導が基本的に重要であることを伝えながら、その指導と齟齬をきたさないよう配慮した。ケースによっては、指導教員のところにつないでいく工夫が必要であった。レポートの場合も同様に、テーマ設定の方法や書き方、必要な文献検索の方法についての相談が主である。そのほか、大学生になってはじめて経験するゼミ発表についての相談、ディベートの方法、プレゼンテーションの方法、ゼミ発表レジュメについての相談がみられた。
取り組みの中で、いくつかの問題点が明らかになった。
その一つはセンターの場所である。これは当初からの懸案事項であったが、建物・教室事情もあって、学生の動線上、目に入りにくい場所にセンターを設置せざるをえなかったという点である。センターの場所や室内の雰囲気は、学生の利用しやすい環境を整備する上で大きな課題である。本来、学習・教育環境の整備という点からは、その拠点でもある図書館の一角に設けるなどが、非常に望ましいことであろう。
二点目はセンターの対象にかかわる問題である。大学における学習を考えるとき、初年次生、とりわけ1セメスターにおける教育が決定的に重要である。スタート時においては、周知を図り利用を進めるために、間口を広く開け、どんな相談でも受け入れた。もちろん意欲のある学生も訪れ、3、4回生から大学院生まで利用が広がった。しかし、入学生の現状から端を発したセンター本来の設置目的からすれば、低年次生、とりわけ初年次生の利用をもっともっと広げる必要がある。この点で、1回生時におけるゼミや基礎的な学習との連動・連携をとっていくことが非常に重要である。
三点目は、チューターの育成とスーパーバイザーの設置に関する問題である。今年度は試行錯誤しながら何とか軌道に乗せてきた。これはチューターの自己研鑽・努力によるところが大きい。これから本格的に稼働するにあたっては、自己努力では限界があることは明らかであり、チューターの指導力の向上や指導の一貫性をめざして、システムとして研修を取り入れる必要がある。また、その一環として「アカデミック・ライティング」と大学における教育に一定の理解があるスーパーバイザーの設置が不可欠である。
初年度は、スタートしたばかりということもあって、大学での学習やライティングに関する相談はすべて受け入れることを原則とした。どんな相談であっても、基本的には内容を聞き、聞いた上でしかるべき対応をとることにした。今後も学生の学習・教育支援という役割からは、この方針を貫きつつも、相談内容によっては対応する課題を精査したり、学部教育、とりわけ教員との連携を密にとっていく必要がある。
「何を勉強していいのかわからない」、理論的に考えることが苦手だなど、大学の学習にとまどう学生、他方ではもっともっと専門的な学習を自らの力でどんどんしていきたいと希望をもち、また力もある学生が混在しているのが本学の特徴である。前者には、重点的に大学の総力をあげて教育を充実し、底上げをはかることが必要である。センターはそこに大いに資するものである。同時に、後者については、学生の持っている力をいっそう「伸ばす」教育が求められる。そうした学生がセンターに訪れることも多い。センターのチューターが現役の大学院生であることにより、後者の学生はそこに「よき大学人としてのモデル」を見出すに違いない。