教育事例紹介 経済学

経済学における導入教育としてのIT活用〜学生の多様化に対応した取り組み〜


児島 完二(名古屋学院大学経済学部准教授)


1.はじめに

 学生の基礎知識の多様化で、大学はその対応に迫られている。経済学部でもその傾向が顕著であり、学部教育で必要となる数学、政治・経済、歴史など高校までの基礎学力を持ち合わせていない新入生が増加している。また、社会の動向に関心が希薄な学生も多いので、現実の経済の仕組みや動きについての知識も乏しい。
 一方、大学では4年間の学士課程で一般教養レベルから専門的な内容までを網羅しているが、高校までの知識が不足している学生には消化しきれなくなっている。できるだけ早い時期に基礎知識を身につけ、専門的な内容まで到達させる策が求められる。しかし、社会科学系学部の定員数が多い私立大学にとって、多様な学生すべてを一様にケアすることは極めて難しい課題である。
 ここではITを活用して、できるだけ多くの学生に対し効率的な経済学の基礎知識を補完する方法を紹介する。そして、関心が希薄な学生へ向けた実習用教材の利用について言及する。


2.基礎知識の確立としてのIT活用

 経済学で扱う対象は広範で、その分野も理論、政策、歴史から始まり、金融、財政、国際経済、労働、社会保障、産業、統計など多岐にわたる。学生側からすれば、非常に多くの分野を学習しなければならない。しかし、すべての科目で基礎的な内容から教授されることもなければ、綿密な科目間連携が施されているわけでもない。
名古屋学院大学経済学部では、学生の多様化に対応するため「経済学基礎知識1000題」(以下、1000題と略す)というプロジェクトを立案し、ITを活用しながら基礎知識の確立を目指す取り組みを実施している。
 この取り組みの特徴は、学部の全教員によって簡単な設問とその解説を用意し、カリキュラムや授業と連動させたことである。利活用するITツールは必ずしも高度なシステムではなく、簡単な択一式の設問を出題し、正答率などの学習ログを集計するというものである。出題と採点・解説の提示は「自学自習システム」として授業で活用し、全学生の基礎知識の確立に利用している。
 1000題と対応したカリキュラム・科目編成にして、できるだけ多くの授業で展開できるようにした。具体的には、下表のように10分類し、カリキュラムの基本活用科目で活用している。

表 カリキュラムと1000題の対応表

  大分野 カリキュラム基本活用科目
マクロ経済 ◎マクロ経済学入門,マクロ経済学
ミクロ経済 ◎ミクロ経済学入門,ミクロ経済学
財政 〇財政学入門,財政学
金融 〇金融論入門,金融論
歴史と経済史 〇経済史入門,経済史
グローバル経済 〇国際経済学入門,国際経済学
データの処理 〇統計学入門,統計学,OA実習
日本経済の仕組み 〇日本経済入門,日本経済論
法と政治制度 〇憲法1,〇民法1,政治学,商法
10 ビジネス英語 TOEIC英語演習1・2 ほか
◎ は必修科目、○は学科指定科目

 自学自習システムは予習・復習教材として授業時間外で利用されるが、テストに出題することで学習インセンティブを与えている。このような方法で学生に対し、具体的な学習範囲や学習方法の一つを明示できるようになった。
 DBに蓄積された厖大な学生の学習履歴データによって、様々なことが明らかとなる。正答率の高低によって学生の基礎知識の水準を測るとともに、設問の適切さが数値によって表現される。例えば、図1の例題では正答率は89%、選択肢3(減税)とした誤答が6%で間違い選択肢の中で最も高いという結果が得られている。

図1 出題画面の例

 他の教員が出題した内容も閲覧できるので、IT活用によって科目間連携が実現できる。また、学生にとって必要な基礎知識の範囲やレベルの設定は、実際の学習履歴データから自ずと示される。1000題に関する取り組みの詳細やその効果については、参考文献[1]および関連URL[2][3]を参照いただきたい。
 以上のように学生の知識の多様化への対応には、個々の教員の努力だけに委ねるのでなく、1000題のような組織的な取り組みが必要である。さらに今後は、一つの大学だけでなく、他大学の経済学部の連携や協働が要請されよう。


3.実習科目における経済データの活用

 大学の教室で学ぶ経済学には、実感が湧かないことが多い。それは、教員の説明内容を学生が自分の日常生活から得た経験をもとに想像しなければならないからである。扱うテーマは身の回りの現象であるにもかかわらず、学生一人ひとりの経験の相違によって全員の興味・関心を十分に引き出せない。それを補完するために、工場見学やビデオ・Web教材の活用などが行われている。これらは学生の関心や理解度を高めたり、学習の動機づけとして有効であるが、教員に手間やコストがかかるということで敬遠されがちである。同様に大教室での授業に比べ、実習科目は小人数クラス編成や教育設備など多くのコストが発生する。
 名古屋学院大学では、1996年以来、全学生にノートパソコンを必携させ、情報教育を実践している。従来、情報関連科目(3科目)は情報リテラシーの習得を目的として、一般教養科目に配置されていた。カリキュラムの改編でこれらの情報関連科目を専門基礎として取り込み、経済学部の1年生が全員受講する実習2科目とした。それに伴い実習内容も専門科目で利用される内容に絞り、できるだけ専門と関係の深い例題を導入した。具体的には、グラフでのデータ表現を完全にマスターすること、架空のデータでなく現実の経済データを活用することで、教室で学んでいる内容をイメージ化することを狙いとした。

図2 学生の実習課題

 図2の例題は、過去30年以上にわたる日経平均株価の月次データをもとにして描画する。日本銀行サイトからダウンロードできる時系列データは、ほとんどの受講生にとって、自分が生まれた日から今日までの歴史である。グラフの横軸に配置した☆は自分の生年を示しているが、実際の体験とデータを重ねることにより興味を喚起する工夫をしている。そして、縦軸の株価は通貨表示に変更し、目盛線などを編集することで他人に分かりやすい表現にする方法を学ぶ。
 適切なグラフを描くだけでなく、経済に関連する事件を加えることで、テキストや参考書を輪読するよりもさらにイメージが膨らんでゆく。もちろん日本経済の流れは専門科目での学習内容なので、既習事項をグラフに書き込ませるようにする。このような日本経済に関わるマクロデータの課題をいくつも用意した。
 1年生が全員履修するので、専門科目の展開はこれまでと比べ容易となった。最低限のスキルと実習課題は確認されているので、それをもとに専門の授業科目や実習科目を展開すればよい。また、グラフ作成の基本を習得しているので、統計学や計量経済学への実習が容易になる。このように基礎部分を標準化するメリットは大きい。
 また、実習には高額な統計分析ソフトや演算処理システムを利用していない。その理由として、高度で専門的な研究用ツールは多くの学生にとって利用できないこと、将来、ビジネスパーソンとしてそのようなツールを活用するかどうかは経済学部の場合には疑問が残るからである。(もちろん一部の優秀な学生で専門性が高い職種に就いた場合には有用であると思われる。)Excel実習であれば、自宅でも学習できる学生も多く、社会人で求められる表計算処理の基礎を身につけるメリットもある。また、高校までのパソコン実習とは異なり、現実のマクロ経済データを処理することで、専門科目への興味を喚起できる可能性もある。
 官公庁が提供する経済データおよびその利用環境が整備されつつある。近年、ネット上から入手できるデータ種類・量は多くなった。しかし、経済学部生向け学習教材用としてデータを提供しているサイトは希である。このような経済学部初学者向けの学習教材用サイトは、全国の大学においてニーズがあろう。
 興味・関心が希薄な学生に対し、教壇から一方的に教授するだけでは教育効果は薄い。上記のような専門科目と情報実習科目の連携は一つの対策である。すなわち、実習科目で自ら作業をしながら、「できた!」「面白い!」「役に立つ!」と実感させることは、意欲が欠落した学生を覚醒させるのに必要であろう。毎回の授業で目標を持って課題に取り組ませ、それに向けて進めてゆくコーチングというスタイルが授業の中にも求められているように思われる。


4.おわりに

 今回紹介した二つの取り組みで共通することは、対象とする学生は、一部の優秀な学生だけでなく、全学部生ということである。また、個別教員だけによる利用でなく、組織的なIT活用にある。すなわち、教員一人ひとりの努力をITによって繋ぎ合わせ、一人でも多くの学生達の学習効果を高めるようとする事例である。後述の例では、全学生に対し実際の経済や経済学への興味づけをいかに行うか、興味を喚起することができるかについて紹介した。学生は興味さえ持てば、日頃から新聞やニュースなどをチェックする習慣を持つ。そして経済社会システムやその周辺に起こっている社会問題にも自ずと見識は深まっていく。授業では理論体系に従って説明することが多いが、それ以前につけておくべき知識や希薄な興味・関心をいかに向上させるかが重要となっている。一つの手段がITツールではないだろうかと期待する。

参考文献および関連URL
[1] 児島完二,荻原隆,木船久雄: 経済学基礎知識1000題による学部教育の標準化と質保証. IT活用教育方法研究,Vol.9.No.1,pp.11-pp.15,2006.
[2] 名古屋学院大学 特色GP: http://www.ngugp.jp/
[3] キャンパスコミュニケーションシステム体験版:
http://www.ngu.jp/CCS/images/gakusei/jj220.html

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】