教育事例紹介 経済学
いまやPowerPoint(PPT)を用いた授業というのは経済学部の授業ではありふれたものになり、学生にPPTのアンケートをしても「珍しくもない」という素っ気ない回答まで出だしています(参考文献[1]参照)。しかしPPTを用いた授業というのは文字やデータを表示したり、アニメーションで文字を動かすだけのものでしょうか。そして、それでPPTを活用したと言えるのでしょうか。
本稿では、これまで筆者がアニメーションをどのように活用してきたかを紹介し、どのような方向性をもつものかを考えてみることにします。
筆者のゼミナールでは様々な経済分析手法を学びます。この中に波動を分析するスペクトル分析があります。 文系(筆者は経済学は文系ではないと考えていますが)の学生にはスペクトルというと、何のことか理解できないようです。そこで、図1のPPTを見せることにしています。左側から白色光Aが放射され、プリズムで7色に分光するものです。もちろん、白色光の意味や7色ではないことは後から説明します。次に白色光Bを分光し異なるスペクトルを示せばほとんどの学生は、これで一目瞭然、スペクトルの意味を理解します。
図1 スペクトル
もちろん、教室にプリズムを持ち込んで実際にスペクトルを見せることを考え、分光器を教育研究設備に申請して事務局にいぶかしがられましたが、現在のところこのPPTで十分のようです。
金利計算では残債方式による返済を学びます。債務残高に応じてどのように利子が付いていくかを理解するのに小学生が用いる算数セットの計算棒のようにPPTを利用し説明します(注)。ここでは期間が6年の逓増償還を考え、図2のように説明します。借入額を6等分したものが緑の四角です。緑の四角に付く利子が赤の三角で、赤の三角に付く利子が青の丸です。そして、青の丸に付く利子が黄緑の丸です。図は3年後ですから緑の四角に3個の赤の三角が付きます。さらに1年後に付いた赤の三角には2個の青の丸が付き、2年後に付いた赤の三角には1個の青の丸が付き、2年後に付いた青の丸には1個の黄緑の丸が付いています。
図2 金利計算
この合計を3年後の返済額として償還するわけです。ここから1・3・3・1の構造が読み取れ、パスカルの3角形の第4段目、すなわち2項定理の3乗が出てくるわけです。もちろん、
P(1+r)3 = P(1+3r2+3r+1)
ですから納得できるわけです。しかし自分でこの構造を発見した学生はいたく感激し、長い間記憶にとどめています。
経済学ではしばしば関数関係を図で示し、さまざまな分析をします。図3はIS-LM理論でもちいられるLM曲線の導出を説明するPPTです。従来は黒板にいろいろな色チョークを使って作成していたものです。「自分で写さないと分からない」という学生アンケートもありますが、こと作図に関しては「きれいで分かりやすい」というものが圧倒的です。それもそのはずで、PPTファイルを持っていれば描く順番が分かりますし、何度でも納得がいくまで試すことができます。
図3 LM曲線の導出
百歩譲って、2次元の図は黒板の板書でも可能として、3次元の図はどうでしょうか。図4は物価変動を許した場合のAD曲線の導出を説明するものです。
図4 AD曲線の導出
静止した図では2次元平面に3次元を連想させることは難しいようです。しかし、PPTをもちいてP = P1平面をアニメーションで押し出せば容易に連想できます。実際、この作図から導出したAD曲線は、rが変化しますのでY−P平面への射影であり、決してPを与件としてY−r平面に出したIS曲線やLM曲線と同様のものではありません。3次元作図が理解を容易にしています。それにしてもAD曲線をrを与件としたY−P平面での軌跡と考えている人のなんと多いことでしょう。
経済学では均衡概念がもちいられます。これを説明するのに次のようなヤジロベエをもちいることにしています(図5、図6参照)。
図5 均衡状態
図6 不均衡状態
均衡とは釣り合った状態で、図5のような止まった状態です。そして止まった状態を現実の状態と考えるのが均衡論です。実現される値は需要と供給が一致しているわけです。調整されている間は実現されませんので暗くなっています。筆者の専門は不均衡動学で、学生には「ヤジロベエはぐらぐら動いているから面白いのであって、止まっていては面白くありませんね」と言うことにしています。
経済学の有名な定義にロビンズの定義があります。是非とも覚えさせるために原文で提示し、英文解釈します(図7参照)。
図7 ロビンズの定義
主語は緑の[]で括り、関係代名詞、動詞、特殊な訳語、語句の関係などを矢印や下線のアニメーションで示します。
日本語訳では分からない、「経済学は科学なんです」というシンプルな文章が英文解釈で容易に読み取れます。
アニメーションをもちいる利点は、1)精密な表現ができ、2)順序が再現でき、3)繰り返し利用ができることにあることが分かります。紙幅の制限でこれ以上述べられませんが、参考文献[3]はその実践例です。
注 | |
詳しくは参考文献[2]pp.90-92参照。 |
参考文献および関連URL | |
[1] | http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~yamadaka/data/enquet-page.htm |
[2] | ファカルティ・デベロップメントとIT活用. 私立大学情報教育協会, 2006. |
[3] | 山田勝裕:パワーポイント版・経済原論. 晃洋書房, 2004. |