巻頭言
椎名 市郎(中央学院大学学長)
大学の情報化の歴史は、PCの設備や環境を拡充したハード化の時代から、PCの特性を生かし、情報の共有化や授業方法の改善を重視するソフト化の時代を経て、現在は私情協の提言のように、FDやSD、ガバナンスや第三者評価という大学行政の戦略的手段としてマネジメント化する時代へと重点移動してきている。情報教育もまた、基本ITスキル修得重視の時代から、PCの「専門知識や資格」が強調され学部や学科が増設された時代を経て、現在はPCのソフト・ハードのもつ可能性をe-Learningやサイバー・コンソーシアム等で実験を重ね、海外との異文化交流も含めた「人間力」養成手段まで止揚されてきている。
20世紀の特徴は、大量生産、大量消費、大量廃棄の拡大型物質優先の産業構造を前提に、利益優先という企業側の論理に立脚したものが中心にあった。しかし、21世紀は情報通信技術の発達によるグローバル化や地球環境問題を踏まえ、市民や消費者側の論理が注入され、コーポレート・ガバナンスやコンプライアンスなど企業と社会、企業と消費者の問題に限らず、一国の利害と地球規模の調整、地域・宗教紛争と国連の役割などいわゆる「相対化」をバランスよく調整することが重要となってきている。
高等教育論の世界も、かつては人材の送り手の教育専門家や大学側、そして文部科学省などが主たる論陣をはっていたものが、最近は、人材を受け入れる産業界側からの教育提言がされている。この背景には、産学連携による社会・教育変革があると思われるが、平成不況で経済大国の凋落を見る中、産業界から教育への危惧や遅々と進まぬ大学の意識改革への警告があると思われる。ここにも教育側と産業側とのバランスある「相対化」教育論が教育改革には必要である。
ちなみに、経団連以外でも産業界の教育提言の代表的なものには、経済産業省−社会人基礎力に関する研究会『中間取りまとめ』と、経済同友会−教育問題委員会『教育の視点から大学を変える−日本のイノベーションを担う人材育成にむけて』などがある。産業界の大学教育への要望は、「教養ある社会人の育成」としての基礎力養成、リベラルアーツ型教育の必要性を強調している。
産業界の具体的な提言は極めて基本に忠実である。教育は、まず、読み、書き、算数、基本ITスキル等の「基礎学力」と仕事に必要な「専門知識や資格」の修得と組織で生き抜く思いやりや公共心、倫理観、マナー、自己管理処理能力などの「人間力」養成を期待している。この提言を実現するためには、産学官の各「個(領域)」が情報科学の特殊性を利用して、相互に連携しあい、それぞれの特徴を生かした場を教育に提供していく補完し合う「相対化」の環境創りが社会・教育改革では大切である。
その意味で、千葉県柏市企画部が中心となり平成18年度から近隣大学10大学とコンソーシアムを企画・立案・運営し、本学も企画段階から部会の幹事校として協力しているが、このような相互連携の中で新しく何が生まれてくるのか注視している。私立大学は、入学者の質と量の確保と国際化への立ち遅れが喫緊の課題であるが、社会全体の「相対化」の場の中で教育再生に挑戦する試みが既に大学で行われてきている。この環境を整えるため、本年2月経済財政諮問会議での「産業人材育成パートナーシップ」の一日も早い実現と私情協の支援が望まれる。