特集 大学教育への社会の期待
松下電器・コーポレート技術研修センターは1964年に発足した技術研修所から約四十年余の歴史を積み重ねてきた。対象となるグループ技術者は約30,000名で、2006年度の研修実績は延べ人員で40,000人である。現在は松下電器の三つの人材育成重点課題、即ち経営後継者育成、グローバル人材教育、現場力強化、各々の分野で、約300コースの教育プログラムを提供している。(図1)最近の傾向は現場力強化のニーズが高くなっている。「現場力」とは単に分業化された専門スキルではなく自律的な問題解決能力のことであり、研修設計上重要なポイントになっている。
図1 コーポレート技術研修Cの研修体系
我々が大学教育の実情に触れる機会は少なく、技術系新入社員研修や産学連携活動を通じて推察することしかできない。したがって、正鵠を得た見解になるかどうかわからないが、その範囲で二、三感じる点を述べてみたい。まず、上記活動の概略を紹介したい。新入社員研修では彼らを組込み系・情報系に分け、約2ヶ月の集中トレーニングを行う。組込みソフトウェア研修(図2)で説明すると、研修の中心はソフトウェア開発の模擬プロジェクト(総合演習・応用演習)である。この狙いは1)即戦力の養成、2)ソフトウェアモノづくり体験、3)課題抽出と問題解決手法の取得であり、CMM(注)レベル4程度の開発を模擬体験することで実践感覚が養える。加えて、プロジェクトマネジメントや問題解決手法といった、実務的スキルも学ぶことにしている。この模擬プロジェクトは受講生、開発現場双方から好評である。システムの要求仕様書からシステムテストまで実体験することで、大学で学んだ知識の定着と、教科書にはないチームワークやコミュニケーションの重要性を肌で感じることができるというのが大きな理由である。
図2 新入社員研修(組込み系)
産学教育連携は、昨年度は神戸大学とのMOT教材開発、大阪産業大学との3D-CAD教材開発など実施してきたが、本題には一昨年度大阪府立工業高等専門学校のシステム制御学科4、5年生に対して実施した、産学協同実践的IT教育訓練支援事業(経済産業省)が参考になる。これは弊社の組込み系新入社員研修を簡略化し、高専の既存カリキュラムの枠組みの中で試行したもの。受講生や先生方の感想では、特に企業研修の雰囲気が実感できたという点が大きく評価された。課題は集中方式の企業内研修に対し、高専の細切れの授業体系が大きな障害となったことである。これは大学でも同じである。
このような取組みを通じて、研修講師は最近の新入社員や学生の特徴をどう捉えているのであろうか。大きく二つあって、第一に自ら仮説を立て検証していくプロセスを踏めない、言わば「手取り足取り」を求める人が増えていると感じている。第二に、概して基礎学力が弱い。例えば、ソフトウェアでも作業の見積もりや品質の予測など、データに基づいて理論やモデルを構築するのに統計学の基礎は必須であるがここをカバーできる新入社員はまずいない。
以上のことから、「大学教育に対する社会の期待」として、2点に絞って言及する。第1点は、我々が企業内で行っている新入社員教育をそっくり大学教育に移管できないだろうかということ。新入社員教育も開発現場の要請で年々進化しており、大学教育とのギャップは拡大していく恐れがある。大学から企業まで、シームレスの教育体制が実現できれば申し分ないのだが。第2点は、大学で教える基礎教育の内容と社会との関わりを学生が実感できるよう工夫して欲しい。流行のコーチングやコミュニケーションも心理学や社会学の基礎理論から理解できれば得るものは大きい。このあたりは、企業教育では教員・時間ともに不足し困難な領域でもある。
注 | CMM(Capability Maturity Model)ソフトウェア能力成熟度モデル |